源究60

   

紅葉の中・・鐘楼
NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日
721 つれづれ想う 11/29 726 gentleness 12/5 731 青春 12/13
722 Compliance 11/30 727 忙中閑閑 12/7 732 歴史の淀み 12/14
723 お悔やみ 12/1 728 座席&舞台裏 12/8 733 継続は力? 12/15
724 除夜の鐘 12/2 729 こうありたい 12/10 734 杯中蛇影 12/16
725 負の循環 12/4 730 風評 12/12 735 袈裟を透す 12/17

721:つれづれ想う

徒然も心細きままに思ひ嘆きはるを・・・・・・
 秋が深まり、落ち葉との格闘の日々、小生の心中は当に源氏の世界。確信が持てないというかやればやるほど空しさを感じる。情報公開と守秘義務。制度上のことではなく、問題を共有し、お互いの思いを語らう。UR都市再生機構の問題を渡邉行政改革担当大臣が「何もURでしか出来ないことではない。民間に多くの業務を移すべきである」とUR理事長との話合い番組をみた。前身はご存知の如く1955年の日本住宅公団、高度成長に伴う人口の大都市集中に対して、住宅整備を行った。大規模公団の殆どの開発を手がけた。
 今の時代、果たしてその役目はあるのか?六本木を開発した森ビルは純然たる民間企業、そのことを大臣が話している。
 理事長との話はどうもしっくりしない。
 そのあと、様々な巻き返しがあったという。内閣の中でさえ、一人浮いてしまう役回り。 まさに、防衛省問題と底辺では繋がる構造。
 URのHPを開くと、派手なトップページに気づく。Googleで検索すると、1億9千ほどの結果が表示されるから当に化け物。トップページの下段にあった。コンプライアンス:情報公開:個人情報保護という3つ。
 そうか、公的機関は同じなんだ。裏を返せば、秘密主義を暗に認めていることになる。どうもルールに縛られ、防衛線を初めからはっている。それを崩すなんて考えるのが大バカもの。
 今に見ていろ!結果はにっちもさっちも行かなくなり、ギブアップするからな。
 しかし、福祉は生きている人間の緊急の問題。住宅の場合ならば1DKであろうが3LDKになろうが、多少の時間の待ちは可能だ。
そこが根本的に違う。
 今から水戸に向かう。時間がないので小休止。
やれやれ ああーシンド!夕方暗くなってのご帰還。人間は比較することで自分を慰め、耐えることができる。本日の2つ目の会議は障害者文化祭の運営会議。1800名入る県立文化センターで実施する発表(寸劇;合奏:ダンスなど)がメイン、今年は出場団体の数を減らした。それでも13事業所の発表がある。一つが15分の時間制限、今年で14回目、私は最初から関わっているが、昔は大半が施設の発表であった。近年は内容が大分変化している。3障害で精神障害の団体の出場が増えた。それに当日指定席で参加者を午前と午後に分ける、今年初めて座席数が不足するという大勢の参加者が予想される。
 この点だけを捉えれば、確実に障害者の社会参加が進んでいる。ああーやれやれだ。「ここだけの話、帰宅すると郵便受けに未配達の通知、書留が土浦税務署から」ああーやれやれ。一難去ってまた一難。よっしゃー取れるもんなら、取ってみろ!人間は耐えることができるのである。

722:Compliance

最近、やたら目に付く「コンプライアンス」(法令遵守)って何の意味?
 元は1960年代に米国で独禁法違反や株式のインサイダー取引などの事件が起こった時に使われ始めた法務用語。今では、違法行為や反社会的行為が蔓延しており、消費者の信頼を喪失し、事業継続が不可能になった企業が急激に増加している。その背景が騒がれる一番大きな理由だろう。最近ではシュウマイの老舗や世界のマグドナルド。当然のことだが事業所に取ってみれば苦情対応からリスクマネージメント活動ということは重要だ。
Complianceの本来の意味は「(命令や要求に)応じること」「願いを受け入れること」という。市場社会は需要と供給のバランスによって成り立っていることは誰しもわかること。その仲立ちをするものは金銭のやり取りから無償のサービスまで幅がある。
 手法も様々で、競争によって質の向上を図るという目論見がどうも上手く機能していない。より良き質のサービスは負担が嵩む。さすれば金が無ければ我慢しなさいということになりかねない。そこが福祉の盲点である。
 ヒルズ族とかセレブと勝ち組の勲章のような流行語。誰しもそうありたいと一度や2度は夢にみる。しかし、日が経つにつれ、その類の連中の実情が暴露され、待ったがかかってきた。それが今の状況だと私は見ている。
 私は僧侶と施設の理事長という2足の草鞋をはく。そこが一番の問題。毎日が現代の縮図を見る思いだ。
 本来の宗教は、福祉という言葉が生まれる以前から重要な役割として同様の事を担ってきた。それがいつの頃からかセクト主義になりさがってしまった。信じる者は救われる。それは宗派に関係ないルールだ。・・・・教を信じなければ救われないのか???そうじゃないだろうよ。
 宗教そのものが排他主義になり、差別化している実態は大きな問題だ。
 「こころ」と訳される英語に「Mind」と「heart」がある。Mindはどちらかといえば頭で考えるこころを言い、heartは胸(心臓)で感じるこころだと加島祥造は言う。
 確かに現代人は頭で考えることが多くなりすぎた。胸で感じることは自分が実際に体験した中で何らかの感動が伴い理屈抜きでこころが動かされる。
 福祉や宗教は、いくら頭で考えても結論は見いだせないもの。むしろ悲しみや喜びを共に感じ合える関係があって初めて成り立つ世界だ。
 コンプライアンスに関すれば、本来の原義にもどり、社会からの信頼を高める活動に取り組むことが今必要とされている。その方法がわかりませんってか?
 それはなー あんたが心底こころ動かされたことを大切に育てる生き方だと思うんだー。

723:お悔やみ

先月はメンバーさんの親が亡くなり通夜に2回続けて列席しました。なるべく私は焼香に行かせていただく。それは一言では言えない理由からです。間違いなく先に逝く家族、特に親にとってはメンバーさんのことを最後まで気にして逝かれたに違いないと思うからです。祭壇に飾られた遺影を見ていると凄く大きな責任を感じるのです。決して格好を付けているわけじゃなく、遺影から力をいただくのも事実です。
 残念というか仕方がないことなのでしょうが、通夜にメンバーさんはいつもいません。通夜の始まる前にスタッフが会わせて式には出ないようにしています。それから、家族会の生花などに気を使っています。中には尚恵学園という名を出したくないという家族もありますから。
 私達の仕事は、決して目立つ仕事ではない。陰からそっと支える仕事でしょうね。出過ぎは禁物ですよ。この辺がどうも事業所側のモラルだろうと私は思うのですが、一番目立つ場所に名札を立たせる施設もあるとか。
 今、尚恵学園には160名の方が利用されている。これからもお悔やみの件数は増えるに違いない。いま家族会が真剣に将来の在り方について話し合いを持っています。
 だが、某公立施設の在り方検討委員会はかなりニュアンスが違う。利用者をどうするかということよりも経営(職員処遇も含む)をどうするかが中心課題になっている。家族会の意識も民間事業所とは大分違う。(決して今の所管課を批判しているのではなく、将来の見通しをうやもやにしてきた今までの関係者の怠慢に文句がある。尻に火がついた現状を方向付けなければならない現執行部は大変だし、良くやっている。)
 お悔やみを一つとってみても老人施設とは全く異なる。遺族にとっては支援する対象者が先に逝くのと、支援しなければならない人が先に逝くことの違いだからである。
 そんな事を思っていたら、昨夜、ドイツからメールが入っていました。本人の了解は取っていませんが公開します。
 福祉さん
 『まよいなく さとりなく なまのいのち』  『存在は行為よりも先行する』
 この二つの言葉に魅せられています。
 存在そのものを好きになるというのか 敬うというか それがあってこそ
 どうしたらいいかが自ずと生じるのでしょうね。
 結果を求めないということでしょうか。
 障害がある人から多くを学ぶ。感謝だ。
 そんなことを ここのところよく考える。
 求めない暮らし いいだろうね。  「2007/11/30 15:26」

724:除夜の鐘

500枚のハガキを購入し、大晦日の除夜の鐘を突きに来ませんかと案内を出すことにしました。12月31日・日本全国で繰り広げられてきた恒例行事にやっと参加する資格を得たわけですから住職の熱の入れようは計り知れないのがあります。
 夜中の11時から早めに突き始め、先着200名様には記念の品を用意します。絵馬とカレンダーと釣鐘クッキーそれに豚汁、テントを張り焚き火の薪を準備しお客様をお迎えする予定です。
 なんでこんなに拘るのかと言いますと上手く言えませんが、お寺に来られた方と一緒に新年を迎えたいというのが一番の理由かもしれませんね。今年の7月31日の突き初めから1日たりとも休まずに突いています。でも実は住職である私ではないのです。
 今は1日3回、昼12時と午後5時、午後6時です。昼はまんだら工房のメンバーさんが交代で突いてくれています。後2回は近所のお嫁さんとお祖父さん。これが二人とも生き甲斐みたいな感じなものですから・・・・!
 最初から私は突きたい方にお願いしようという思いでしたから予定通りなのです。そして大晦日は1年のクライマックスなわけです。通知のハガキはメンバーさんに協力してもらい、宛名のラベル貼りや色つけをお願いしました。地域交流は盆踊りや尚恵祭で多くの方が訪れてくれるようになりました。除夜の鐘、今年は初めてですから全く誰も来てくれないかもしれません。
 でも、正月家に帰れないメンバーさんが50名位いるんです。誰も来てくれなかったら彼らと一緒に108回突こうと思っています。
 只今、朝の5時半、外はまだ真っ暗ですが星が見事に煌めいています。今年1年を振り返るには未だ早いような気がしますが、とても思い出せない位多くの事がありました。私自身の言動で多くの方に嫌な思いをさせてしまったこともありました。
 その時、正直に自分の気持ちを伝えることができなかった事もありました。反省しきりです。また、知人との別れもありました。キザな言い方かもしれません。亡くなった人が星になって輝いているように感じます。メンバーさんとの別れや新たな出会いもありました。むしろ今年は在宅で生活されている方が本当に多く尚恵と関わる年になったと思います。
 想像以上に厳しい生活をされている方が在宅にいらっしゃることに気づき、スタッフと共に驚いたことも何度もありました。
 制度が変わるという疾風怒濤の中に右往左往した1年でもあったわけです。何度も緊急の会合に召集がかかり、その都度空しさと憤りを感じた1年でした。数えてみたら相当数の役職を引き受け、不謹慎ではありますが好きな芝刈りも今年は2回だけという1年でした。このペースでは息切れすると思い、極力自嘲するようにしましたが、逆にストレスが貯まる結果となり、”源究”コーナーに独り言を書くペースも増えてしまって。
 体力は確実に衰えていることを痛感、朝晩歩くことに努力しましたが体力の維持のためというのではなく、精神安定のための漫ろ歩きの感が強くなってしまいました。
 1年1年を大切に充実して生きたい、これは誰しもが望むこと。1年の締めくくりの大晦日に思い切って鐘を突く。そして新たな年を新たな気持ちで迎えようではありませんか!
  12月31日 午後11時〜 観音寺。
師走になり、何か気忙しい日々を送っています。今日は午後から久しぶりに寺に引きこもっていましたが、性分はどうしようもないんですね。じっとしていられない。完全武装して近所をヲーキング、工場では以前には無かった活気を感じ、その周りを遠慮して歩きました。すれ違う自転車での集団は、日本語でない。どこの国から来た人だろう?神立は今、外国から働きに来ている方が一番多い。想像もしていない状況がここ10年の間に起こっています。
 

725:負の循環

あまり自分の体調に触れたくはないが、”負の循環”ということがあるように思う。左下の歯が悪く、抜歯し、仮入れ歯までは良かったんですが、その後しっくりいっていないので、右で噛むように自然となっていた。そしたら右側上の歯が取れた。歯が悪いと胃が悪くなると誰かが話していた。全く仰せの通り、今胃の周辺に不快感。そうなると気分が優れない。
 昨日わかったことだが、尚恵学園が「土砂災害警戒区域」に指定されていた。1年前に指定されていたのに我々には内緒?。そりゃーないでしょうということで早速、歯科通院のその足で県土木事務所、図面を閲覧すると当に敷地が指定されていた。今後どうすりゃーいいんですか?と尋ねたが建物を建てなければあまり心配はいりませんよという曖昧な答え。
 虫歯の治療で神経をいじった、麻酔が切れてきたのか歯が痛み始める。
 それから寺の敷地に携帯電話の中継基地を建てさせて欲しいという、既に契約は済ませてあったのを選りに選って今日思い出した。しかし、どこにしまったか全く記憶なし。あっちこっちをひっかき回し、疲れてしまった。もう一度契約し直そうと腹を決めたら、学園の私の机の上の書類の間にあったと今電話。書類までバカにしやがって。
 それからまだまだ続く。利用者さんが肺炎の疑いで急遽入院、1日3人の病院の看護体制を組んだ。風邪で休む職員も出てきて現場はしっちゃかめっちゃか。
 これも全て障害者自立支援法が悪い!入院したら施設にはお金が入らない。職員は付き添いで1日3人もだぞー!どうしてくれるー  ああー熱が出そう。
 少し横になろう。テレビを付けたのが悪かった、参議院の外交防衛委員会をやっていた。委員会の会場が自棄に広いなー。質問側の席がガラガラ、質問者はテレビ映りを気にして横目でカメラをチラチラ。ダメダー。寒気がしてきた。
 何が自立支援法抜本的見直しだ?頭に来たのは、パキスタンの船に給油した理由が、日本の油でしか動かないという説明、そしたらテレビで船長がどの油でも動きますとコメントしたという、それに対し、「エンジンに負担がかかる・・・あえぎながら動いているんです」の答弁。漫談やってるんじゃーねーだろう。今月になりハイオクは160円だぞー。危機感がまったく無いんだよ。
 これが今日1日、全く負の循環とは良く言ったもんだ。
 今、ハナが私の側で泣いている。エサくれーやって。ハナは歯が全くないくせに良く食べる。なんでだー?
 やっぱー早く歯を治そう!○ 入院されていたKさんは今日(5日)退院のはこびとなりました。ご心配おかけしました。
 それから自然治癒力というものがありますが、これは一体どうすれば高まるのでしょうか?細胞の活性化は多分、適度な栄養と運動でしょうか!猫のハナをよーく観察してみると、彼女は良く寝るし、昼間は走り回っています。よーく見ると私は全く逆の生活をしています。
 

726:Gentleness

生まれたときは、みずみずしく柔らかだ。
死ぬときは、こわばって つっぱってしまう。
人ばかりか あらゆる生きものや草や木も 生きているときは しなやかで柔らかだ。
死ぬと、しぼんで、乾き上がってしまう。だから、固くこわばったものは 死の仲間と言っていいだろう。
一方、みずみずしく、柔らかく 弱くて繊細なものは まさに命の仲間なのだ。
剣も、ただ固く鍛えたものは、折れやすい。木も固く突っ立ったものは、風で折れる。
もともと強くて、こわばったものは、下にいて、根の役をすべきなんだ
しなやかで、柔らかで、弱くて繊細なものこそ、上の位置を占めて、花を咲かせるべきなんだ
              『タオ・・・・・老子』第76章  林語堂英訳(加島祥造)

 林語堂が老子の「柔弱」を英訳するときにGentlenessという言葉を当てたという。日本語では「優しさ」と訳す。加島の「老子と暮らす」を読んで赤線を引いた。全く今の日本とは正反対の状況だ。{強い者が上にいて、弱いものが下にいる}
「柔弱」というそもそもの語源は、「柔」は矛(ほこ)と木からなる。しなるけれども折れないという意味を持つ。「弱」は弦を張った弓を二つ並べ、良くしなるものを意味したという。
 私は決してこじつけて言うのではなく、福祉の原点がここに有るべきだと思うのだ。私がこの世界に入った当時、福祉はしてあげるべきものという上から下を見るような考えをする人が多かった。その誤りを指摘した「福祉の思想」糸賀一雄著との出会い、今までに何度となく読み返した。私の幼時体験を披露する。「小学校に入りたての頃だった。近所の年上の遊び仲間がお寺の子を小馬鹿にする振る舞いがあった。私は何が癪に触ったのか思い出せないのだが、はっきりと覚えていることは泣きながらそのお兄ちゃんに立ち向かっていった」 今、当時の自分の気持ちを表すならば、「○○さんは好きでこうなったんじゃねーわい、バカにすんなーコノヤロー」とでも言えば良いのかもしれない。7つの時と57歳になる今の私は基本的には何も変わらない。怒りっぽくて涙もろい。
 上の和訳でいう、根の役を果たすものが今の時代人気がなくなっているから困った。糸賀一雄氏は障害者への福祉観がその国の文化を育てると言った。弱き者を国の繁栄の足手まといと考える。その事を嫌というまで知らされてきた彼らは黙って自分だけが我慢すれば良いと長い間目立たず耐えてきたのではなかったか!ベンチャー企業花盛り、事業の成功者だけが花を咲かせる。76章をNHKで金光寿郎さんが「これは世間とは反対のことを言っていますね」と対談で話した。
 人間の一生は時間の長短で測れない。一人一人の個を大切に考えることが根本にあるべきだ。さすれば自ずと花をさかすものが浮かんできて良いはずだ。 今回、老子中国語→英訳→和訳という中で、言葉の持つ真意を大切に伝えることの重要さを改めて感じたものである。

727:忙中閑閑

ボウチュウカンカン・・・・虫取り殺虫剤みたいである。どうもこのままでは持ちそうもないぞー!何か世の中がより複雑化し、手続きまで面倒に成りすぎていないだろうか?私の所に励ましともご意見とも取れるメールが入ります。HPを見てくれた結果という事だけは確信が持てるのですが、なにせ顔の見えない文章での遣り取りだから仕様がないと言えばそれまで。
 相手が何を言いたいのか真意までは読み切れない。今、我々の業界は情報が飛び交っています。昨日も上部団体から大量の文章が添付されて送られてきた。読むのが一仕事。実はこの便利性の中で大きな危険性が孕んでいるように感じる。
 以前ならば、組織の中で委員会や理事会で確認したことを下に流すことを行ってきた。それが間を省いて情報だけが先に届く世の中になった。だから、その経緯を知らされていない者に取れば不信感になるし、情報を知り得たとしても如何に関係者に知らせるかという余計な仕事量が増えてしまった。
 特に政治絡みの情報はその辺が慎重に行わないと誤解が誤解を生む。本当はアンタッチャブルの世界なのだ。
 また、先行き不透明な中で協議されている内容が中途だしされるものだから、余計混乱をきたしてしまう。
情報化社会の中で一番危惧された状況が当に福祉の分野において行われている。
 そこでどうすれば良いのだろうか?思い悩んでいても埒があかない。 私のスタンスは、どっちに転んでも批判半分、評価半分。それなら余計なコメント付けずに右から左にそのまま流すやり方を取ることにした。それで不満があれば、どうぞ貴方がおやりになればといつでも私の今の役目は熨斗を付けて渡しましょう。
 また、自己責任ということが原則だと考える。情報をコメント付けずに流しますが、その判断は貴方の責任で対応していただきます。何か冷たいと感じられる方もあるかもしれない。しかし、他に方法が浮かばない。なにせ、毎日のように文章で送られてくる書類をいちいち役員会に諮っていては毎日集まる事態になる。それだって批判の的でしょうね。
 私が個人的な思いとして感じている事は、それぞれが一生懸命動いているという事だけは確かだと思いますよ。多分、上部の執行部は毎日でしょうね。集まって話しているのは自分の施設はどうなっているんでしょう?そっちが心配になりますよ。 そこで、私は自分にも言い聞かせていることです、どのように制度が変わろうともそれに柔軟に対応するだけの余力は持つべきだと。資金面はもちろん人的配置もしかり。それは、実はこの事業を興す基本ですものね。それが出来ずにあれこれ騒いでも何も変わらない。厳しい意見かもしれませんが、そのような人はやはり誰かに任せて自分が陰で支える役回りに成るべきだと思います。
 忙中閑閑(造語です)とは私の今の正直な気持ちです。忙しさの中にあってこそ深閑のこころを忘れずに。はーい吸ってーはいてー深呼吸。

728:座席&舞台裏

ナイスハート
フェステヴァル
2007(第14回)

県民文化センター
好天に恵まれた12月8日、第14回障害者の文化祭が水戸で開催されました。昨年は全ての行事が天気にソッポを向かれ、正直落ち込みが激しかった。それが今年になってから、どうしたのか天気までもが協力的、お陰様で様々な催しに多くの方が来てくれました。屋外でのバザーや絵画などの作品展、(株)アデカの恒例のケーキのプレゼントなどなど良かったー。なんと言ってもメインは大ホールでの発表です。今年は13団体、午前の部は全ての席が指定席で満杯という状況でした。時間差があって、出入りがあるのは仕方がないこと、でも発表する団体は熱が入り、精一杯のパフォーマンス。私は一番前の席に座ってずっと見ていました。今回はゲスト(五軒小の合唱:郵ちゃんバンド)の出演もあって、盛り上がり、とても良かったと思います。一回ごとにドンチョウを上げ下げしたのも良かった。何が出るのか緊張をもって楽しむことができました。
 客席の仲間も途中で一緒になって踊り始めたり、大声を上げたり、それぞれが楽しんでいたようです。
 そして楽屋や舞台裏の熱気もすごかった。出番を待つまで、気分を盛り上げ集中しようとする人達でゴッタ返し、中山れん太さん(元劇団四季)の演出でスムーズに進行し、フィナーレは今回CDになった、沼田先生(水戸工業)作詞作曲の”あきらめないで”を参加者全員で歌い、午後3時無事終わることができました。
 、水戸教育専門学校や水戸工業の学生VSの皆さん、中川隆子運営委員長を始め多くのスタッフ、本当にお疲れ様でした。私は名ばかりの実行委員長でしたが充分満足しました。
 橋本知事さんも大変忙しい中を来られて知事賞を頂いた仲間達との記念撮影、代表の作品は県庁11Fに展示されるようです。
 正直いって、初めの頃は関係者だけの集いであったと思います。発表も施設の方が大半、最近その流れに変化を感じます。NPOや各地で地道に活動している方達が参加してくれています。出演する人の家族や友人、VSなど。そして、来年は出演しようと考えている団体の方達も大勢見学に来ていました。障害種別に関係なく、皆が楽しむことがこの行事のねらい、それには難しい垣根はないことが条件。県も非常に協力的です。土曜日の閉庁にも関わらず、我々と一緒になって支えてくれています。
 福祉の後進県と言われ続けてきた”茨城”、これ以上下がることが無いという気楽さ(?)が妙な力の源になっているのかもしれない。多分私の知る範囲で身体:精神:知的の三障害が一同に会して、これだけの行事を行っている県は無いと思う。水戸黄門の印籠ではないが、”ひかえろー”っと一度言いたかった。
 知事に相変わりまして、茨城のPR
 欣ちゃん球団、国体ゴルフ優勝、総体水城ゴルフ部優勝、ねんりんピック剣道優勝、。。スポーツ部門(偏見)
 工場誘致率全国一とか?。茨城空港開港とか?。ひたちなか港とか?常磐新線とか??・・・すみません。あまり自信がありません。あしからず。
 ここだけの話、水戸から直行でお通夜の会場へ。いつになく、木魚をたたく調子が「よさこい節」になってしまって困りました。
 

729:こうありたい

職業上、申し訳ありません。お別れのセレモニーに立ち会う私の役回り、最近ですが実に様々な別れがあるということを感じます。
 昨日の葬儀はこうだった。亡くなった方は昭和15年生まれ、2歳の時に今で言う日本脳炎に罹患し、脳に障害を持つ。戦争の最中で田舎では医者にかかることも出来なかった。生めよ増やせよという国策、7人兄弟の2番目長女として誕生。その方が父親と同じ年齢(享年68歳)で亡くなったのだ。
 通夜で家族の話を聞いて「こうありたい」と思いました。彼女は実家に長男の家族と95歳になる実母と生活してきた、仏壇にお茶と出来立てのご飯を毎日上げることが当番、農業に従事する兄夫婦には毎日10時と3時にお茶を出す。洗濯物を取り込み、家の中で留守番をしてきたという。家族からは大切にされて育ったことが兄夫婦の話から充分推測できる。長く患って寝込むこともなく突然亡くなった。95歳の母親が朝起きてこない長女を心配し見に行くと息をしていなかったという。27年前に同じ年で亡くなった父親の元に旅だっていった。
 私は障害を持った子のご父兄の方達と話すことがよくある。決まって話されることはこの子を後に残して自分は先に逝けないということ。これが嘘偽りのない親の気持ちだろう。いくら人権や生命の尊厳を声高く叫んでも現実の世の中は障害を持つ人々にとって一人で生きていくことは厳しい。それが充分わかっているからホンネがいつも出る。葬儀には高齢の母親は出席されていなかった。最後に棺を6人の兄弟が囲み、皆さん目にいっぱいの涙を浮かべ花で飾った。
 地域で生活する。今のGHやCHはまやかしである。生活の場を地域に移しただけで全てが完結するはずがないじゃないかー。金が無いからですか?介護保険でのお年寄りのGHとの違い、障害者のGHの実態は非常勤の世話人一人で4人を見ていきなさいという。
 私は今の制度では地域での生活は保障できないと考えている。それを事業所の努力でどうにかしなさいということで果たして良いのでしょうか?
 今、私の所には7箇所のGH&CHがあります。34名の方達が地域で生活しています。怪我をしてしまった方2名をバックアップの施設で引き受けて生活をして頂いている。
怪我をした時こそ住み慣れた自室で療養したいのが普通でしょう!残念ですがこれができない。非常勤の世話人1名で何ができるというのでしょうか!これが実態です。
 長男”光”さんとの生活についてノーベル賞作家大江健三郎は下記のごとく言った・・・
・・・・私は文学生活のまだ初期のうちに、それは広島の被爆者たちの悲惨と人間的な威厳について具体的に目を開かれた時と重なっているのですが、知的な障害を背負っている子どもを迎えることになりました。 
 幼時には鳥の声のみを認め、30年たったいまも音楽をつうじてよりほかは人間とよくコミュニケイトしえない息子と共に生きることで、私は自分の内なるオスカルに、より長く生き延びることをさせえたとも思います・・・・・
           P18:『暴力に逆らって書く』朝日新聞社
 この抜粋から皆さんは何を感じるでしょうか? より長く生き延びることこれが親の内なるこころだと私は思う。障害をハンデイと捉えることは否とする人達は人間としての威厳を一人一人に認めようとする。自らの力で生活の糧を得ることができない人が糧を得るために外で汗水流して働く家族にお茶を用意して一緒に飲む。相手を思いやる気持ちがあってこそ、地域で生きることが可能となるのです。障害を他人事として避けて通る世の中は何か大切なものが欠落した薄っぺらな地域ですよね。今日は月曜日また1週間が始まった。
 

730:風評

忘年会シーズンになった。昨夜は某法人の役員会を兼ねた忘年会。酒の肴に様々な”風評”が乱れ飛ぶ。飲めない私には縁が薄いのだが酒を飲んで腹に貯まっていることをぶちまけることが出来にくい。だが私は素面で普段から好きなことを言っているから其程でもないのだ。その影響は素面だけに”風評”になってあっちっこちに流れているかも。
 昨夜は少し飲んだので代行で帰宅、すると運転する方が道を良く知っている。「ここ曲がるとお寺がありますよね」「そう、そのお寺です。」「住職さんですか?」「はい、そのようで」「以前住職を乗せたことがありますよ」「・・」  地元のタクシー会社に勤めていたという。こうやって話が一人歩きする。
 昨夜の忘年会は力が入った。自ら整形外科の医者であり、病院経営をしながら福祉事業を大きく展開している理事長が宴席で隣りになった。人材確保の難しい時代になったことを大分深刻に考えている。病院経営も大変だ。今流行っているという「おらーこんなの関係ねー」という言葉を身振りを混ぜてはしゃぐ。私も旧知の仲だから一緒になって盛り上がる、最後には手を取り合いながら二人で納得しているから酒を注ぎにきた人が、この二人何やってんだろうと後ろで唖然としている。
 感性がなければダメだという点を力説するからそうなってしまった。
感性ねー?感動といっても良いのかなー。今朝、職員とやり合った後だから妙に”感性”という言葉がこころに残った。「いつまでも○さんを尚恵でみるつもりなんですか! 理事長一人よい子になって!」確かに車イス生活にもう長いことなってしまった○さんの支援は悩みが尽きない。現場はそれが毎日だから、私に対しての風当たりも強くなる。「病院か老健に入ってもらったほうが○さんに幸せなんじゃないですか!」「・・・・・・」「私は何も○さんを追い出そうなんか言ってるんじゃありません。彼を介護している間、他のメンバーさんがポケーンとしているんです。そちらの事も考えなくて良いんですか!」あまりにも正論をはっきり言うものだから、私はぷっつんしてしまった。「俺一人よい子になっているなんて考えた事もない。○さんが今朝車イスで散歩していた。一緒に歩いていたらニコリと笑いかえしてくれた。・・・だからといって今のままで良いとは決して思わない。」「家族にその事を話す勇気がないんでしょう。」「学園からそう言われるのをいつもビクビクしている・・・・」この遣り取りの最後に私は”感性”かもしれないと話したのだ。こうやって私に直訴するスタッフがいることに後で冷静になると感謝している。
 理想には程遠い現実、それに直面する日々、スタッフ各々が何をすれば良いのかと自らに問い、答えを得ないままに毎日の業務を続けている。私もこの道に入り、35年を過ぎた。当然のことでしょうと一蹴されるのがオチだが昔と比べれば雲泥の差。
 でも、目に見えるものは確かに改善されてはきたが、目に見えない感性などがどうも薄れてしまったように感じている。
 感性の再生はいかにすればできるのだろうか?
 逃げたくなる自分自身を押さえ、現実に向かわせるもう一方の自分にエールを送ることなのか。
 しかし、このこと自体を自己満足と否定されれば世の塵となることでしかない。”風評”でマネージメントはできない。

731:青春

**やりたいことをやるのさ 何故それが悪いのかい 俺達若者だけに 今 できることがあるのさ
   夢があるから若い この青春という夢が  間違うことがこわくて それで何が出来るのかい  泥にまみれること
  美しい俺達さ******『青春』かぐや姫
今、CDを聞いている。私の年齢になってこんな歌詞に何かを感じるのは、どうな心境なのだろう。
 12月中旬に入り、歳暮が届く時期になった。こうやって1年1年を繰り返してきた。健康の大切さも今年は痛く感じた年になる。1年が勝負だと常に思うように仕向けた。焦りというわけでも無い。だがやりたいことが目まぐるしく浮かんでは消えた。
 振り返れば、自己満足するには充分過ぎる。決して自分一人でやれたことではない。多くの人に支えて頂き、今がある。
 しかし、表と裏があるのだ。これからは年齢と共に裏の自分に正直に生きていくことかなーと感慨に耽る。
 ”青春”というかぐや姫の歌はメジャーヒットをした曲ではない。だが、その詩の中身は今、若者に一番伝えたいことだ。””の話。昨日も宴席で髭先生と盛り上がったのは「感性」と「夢」の論議からだった。
 IT社会の負の遺産は、人間が自らの頭で考えなくても瞬時の中に答えがでることだ。泥にまみれることを避け、人間を物と考え、経済が成り立つことに疑問を感じなくなった。その例を上げろと言われればいくらでも上げられる。
 施設の職員の数に常勤換算という仕組みを導入したこと。これも机上での辻褄合わせの結果。その影響が今、様々な分野に出てしまった。福祉職の””が風前の灯火になろうとしている。今ならばまだ間に合う。そうしなきゃーダメだ。先人が何も無いところから泥まみれになりながら築いてきたもの。
 当時は障害を持つ親たちの運動が大きかった。諦めずに街頭に立って訴えた。感情を揺り動かし少しづつ賛同を勝ち得た。今はどうだろう?
 行政任せ、施設任せの親たちがあまりにも多い。権利を主張することは当然だと思う。しかしだ、親としての役割もあるはずだ。それは自らの子の気持ちを一番理解しているからだ。我々には正直、親の気持ちには成りきれない。
 私は現場を長く預かってきた。だから望んでも出来ないことも多いことは承知している。だが、自らの子供が入院した時に、付き添いも面会も施設にお任せという実状、このことに対して私は大きな疑問を持っている。
 それは「理事長が一人よい子になって・・・・」というスタッフの直訴の内側に歴然としてある。
 昨日は土浦市内のホテルで成人寮の忘年会、学園に残った人は誰もいなくて全員が正装してテーブルでの食事会を行った。私も参加した。普段、話す機会もないので各テーブルを廻って話をする。「お父さんやお母さんはどうしてる?」「死んじゃった・・」 「正月休みは家に帰るの?」「・・・・・」 話題が続かない。多くのメンバーさんが両親OR片親を既に亡くしている。
兄弟の時代になっているのだ。
 両親の目線が我が子にいつまでもいつまでも注がれますように・・・・・・・

732:歴史の淀み

”終末ケアー”という言葉は好きになれない。しかし、現実には難しい局面に立たされていることを認めざるを得ない。我々の実践は10年を一つのステップとして今まで事業の拡大をしてきたと言える。それは今何が必要か!ということへの挑戦であったとも言えるのだ。
 《家族の皆さんへ
 皆さんのお子さんが年老いてきました。このことは決して特別の事ではない誰にでも起こる当たり前の事です。でも、学園で生活する上で新たな心配事が増えています。健康に過ごすことがどれだけ大変なことであるか、医療と関わる機会が確実に増えているのです。今後どうすれば良いのか学園だけの考えでは身動きできない状況がくると思っています。
 現実に入院となれば、確実に付き添いが必要になっています。家政婦さんや家族にその役をお願いすることが難しい場合どうするか?
 学園での生活が可能であっても日課は他のメンバーとは違ったものにならざるを得ない。自室で静養する割合が増えること。行事等への参加も制約が出ます。今、家族会の皆さんがその事に関して一番感心があることなのに、口に出しずらい状況もわかるような気がします。それは尚恵学園から出て行かなければならないということを恐れているからでしょうか。本来は、この事態になることを含めての利用契約となるべきです。今、その事を避けて通れないと私は思っています。
職員の皆さんへ
 知的だけでなく身体的な疾患を合わせ持つメンバーが増えています。夜間勤務で不安を感じている職員が全てだと思う。
 体調の急変を思うと当直室で仮眠できないということを聞いています。事故を未然に防ぐことは我々の重要な役目です。しかし、私は職員の皆さんにその事を強く言えない。私も夜間勤務の経験があります。その時を思い出すから余計です。 
 尚恵学園の夜間勤務は純然たる夜勤体制ではないのです。今、その事を早急に考える必要を感じます。夜勤体制にすることで日中勤務の職員確保が困難になるという事が最大のネックとなっています。
 今の職員数では難しい。それが出来ない理由。
これは今をどうするかという問題です。今後どうするつもりなのか?その事が皆さんの気になっていること、それは今行っている皆さんとの面接から一様に感じることです。職員間のギクシャクした関係が出るのも逆に纏まることも根は一つです。
メンバーさんへ
 皆さんはどう感じていますか?昨日だった、車で土浦に向かっているとスタッフが一人のメンバー(無外)の手を握り、説得しているのに気づき後戻りしました。彼女は寮で何かドラブルがあったことを盛んに訴えていました。寮からスタッフが応援に駆けつけ、シブシブ帰っていきました。自分の意志を主張出来る方はまだ良い。大半の方は、それができない。皆さんはどう思っているのでしょうね。ずっと尚恵学園に居たいのですか?それとも何か他に? 私は皆さんの心の大きさに救われます。!”仕方がないでしょう”と言葉でなく体から発する。皆さんの仲間を思いやる気持ちは凄いものがあります。この先の保障をいくら得ても今をどうしてくれるの????これが重要なんでしょう。私の理想とする世界は”歴史の淀み”によって遙か遠くにあるように思えて仕方がない。自然豊かな神立の台地、皆さんと共に良かったと喜べる時がくるにはまだまだですね。

 無性に叫びたくなった。理事長としての弱音ではない。むしろ、世の中の淀みに対して。上手いことやってすり抜けようとするやつらに。
 

733:継続は力?

2回目の忘年会、幸い近所の居酒屋で行ったために、歩きでご帰還。飲めない酒だが、ほろ酔い加減もまた乙なもの。度を超してしまうと悲劇になるのですが。いつも歩きなれた道を、一面に煌めく星を見ながら歩いた。思い悩む自分がちっちゃいちっちゃい。
 9時過ぎに帰宅、ニュースで佐世保での銃乱射事件を知った。やたら多いんじゃないの九州での銃絡みの事件が。アメリカほどでは無いが、日本も自ら銃を持って身を守る世になるのだろうか!
 暮れには今年1年の総集編番組がある。痛ましい事件のオンパレードになること間違いなし。様々な事件はそのインパクトの強弱によって欄外になったり上位にあがる。当然、ほのぼのとしたニュースなど入る余地は無くなる。
 マスコミにもテレビや新聞の報道の格差がある。国会中継などテレビが入った場合と全く、異なる場面が出る。活字報道にはライターと読む側の解釈のズレと時間差がどうしても出てしまう。今、IT情報がテレビと新聞の間に割り込んで来た。活字と映像を同時且つ瞬時に送ることがメリット。
 さて、これらの世の変化に対し、順応できない状況が出ている。例えば情報の一人歩きを規制するために複雑なプロセスを用意する。福祉現場でも実は個人情報保護法が足を引っ張る。生育歴や病歴を隠すようになってしまった。家族が対応する場合であれば問題は少ない。しかし、施設などが対応する場合はモロに支障が出ている。
 何のための法による規制なのか!悪用を恐れているのか。性善説(孟子)か性悪説(荀子)、報道一つにしてもはっきりと色分けされてしまった。人間の本性は悪であり、仁義を先天的に具有しえないと。
 この考えに一体どの辺からなってしまったのだろう?思いやりや感謝という言葉は死語となり、恒例の清水寺の貫首による世相を表す言葉は”偽”だ。
 釈迦の言った末法の世が当に現代社会? 私は”偽”というよりも”奢り”に近い社会を危惧する。何に対しての奢りか!
環境破壊に関すれば自然に対する人間の奢り。経済に関すれば日本のトップ企業の奢り。政治に関すれば長年与党の席を占めていた自民党の奢り。それで安定していた野党の常態。官僚に関すれば税に対する奢り。賞味期限の偽装から始まった企業のコンプライアンスは当に老舗という暖簾による奢りだった。
 さすればそれをどうしろと言うのか? 最終的には一般市民の常識に委ねることでしかない。いくら法で規制しようとしても法を上手にくぐり抜ける機転(?)が利く者が現れる。
 私は決して日本が平和であることを責めとがめているのではない。むしろ、奢り無き平和社会の継続を心から望んでいる。
C型肝炎薬害被害訴訟の大阪高裁での判決が13日に出た。何故国は補償を躊躇するのかと誰しも疑問に思う。フェブリノーゲンという薬の危険性を見誤った国の責任は当然だ。また田辺三菱製薬の責任も重い。
 どうも厚生労働省は,医師会や製薬会社に弱腰である。福祉を叫びながら実は福祉に冷たい先生方が多すぎませんか。
私のこの思いはトラウマですから気にしなくても結構です。でもこのままだといずれバッジを外すことになるんじゃーないでしょうか。余計な事でした。

734:杯中蛇影

”杯中蛇影(はいちゅうのだえい)”疑いをもってしまうと何でも無いことにも怯え苦しむことになるという意味。
 そうだなー。当に今の私の心中は蛇にも龍にも占領されている状態だなー。いやいや大方の日本人がそうなっているんじゃないだろうか!今年ほど様々な事が連鎖的に起こった年はない。これからずっとこのような状況に晒されていくのだろうか? 日本だけの問題ではない。東アジアの諸国もそれぞれの問題を内包している。韓国は3日後に大統領選挙がある。北との融和政策をとる現体制が引き続き政権を取れるか否かは微妙だとう。その主な理由は韓国社会の格差拡大があるという。勝ち組負け組がはっきりしてきたそうだ。大卒者が90%になるという韓国社会もどうかと思うが、安定する公務員希望者への予備校まであるという。これは日本の比ではない。中国もしかり、亡命作家の言によれば、高度成長という表の顔とは裏腹に農村部や山間部の生活は極めて貧困だという。年間に全国で行われるデモや集会はもの凄い数になっているという。
 他国の情報が知らされていないという情報規制が今の時代でも起こり得るのだろうか?
 ロシアのプーチン大統領の後任者もほぼ決定したという。政府系石油会社の責任者という肩書きを持つ40代の人。
 人間は豊かさに憧れ、それを求めて努力する。動物との大きな違いは、自分で食べきれない程の食料(金など)を抱え込もうとする。暖衣飽食・・・その結果、生活習慣病という昔には無かった新たな疾病に苦しむ。今年からでしょうか健康予防策に保険が使えるようになった。メタボリックは冗談話ぐらいに軽く扱われている節がある。しかし、病気が進行し、人工透析になると、一人1年間で600万円の医療費がかかるというのだ。(正確には月40万〜100万。上限個人負担が月1万円、それ以外は保険で支払われる)透析に要する時間も最低で1回4時間、ベットの上で何をすることもできない。
 人間の生来備わった臓器には自ずとキャパシテイがある。極貧の時代と今の日本の状況は全く違う。有り余る食料がスーパーには並べられ、常に賞味期限切れを恐れてなのかどうかは解らないが陳列棚の入れ替えを行う。これが常態化している。
 国レベルでの比較になれば発展途上国の人がこのような日本の実態をどう思うか?羨望の眼でみつめるのだろうか?
資源が無い日本の生き延びる術は、良き製品を作って売ることにより外貨を稼ぐ、この教えは私が子供の頃50年前と大して変わっていないだろう。重工業より環境や医療などハイテク関連技術に重点がシフトされつつあるのも確かなようだが、日本人の意識レベルは一向に昔のまま、それゆけードンドンなのだ。
 無理しているなー。日本の農村地区に行けば、耕作されていない田畑が荒れ放題、そして以前として道路整備への陳情を繰り返す。
 憂慮している場合ではない。”杯中蛇影”が徒労に終われば幸いだ。
  

735:袈裟を透す

先ず声を潜めて、私は坊さんです。
 「おめーな! そんなこと言えるのかよ。足元よーく見てみれーや」と言われていますから、どうしても遠慮がちになるのです。 最近どうも政治への疑問が強くなりましてねー。どうしてなのかなー?と考えるんですよ。田舎坊主には、まったく政治なんて関係ないんですが、最近いろんな場所に顔を出す機会が増えまして、大体そこで交わされる話は政治家への不満、これが一番当たり障り無くて、問題も少ないんですね。なんーか変だと思うんですよ。でも、見知らぬ人との挨拶言葉にしては、急に寒くなりました。で終わりです。それじゃー会合の1時間持ちませんもの。苦痛になるんですよ。そこで思い浮かぶのが皆さん先生の事らしいですよ。話題に事欠かないですものね。
 それが妙なんです。出席者が何を話しているか当の先生は全く気づかない。一番先に紹介されてね。いい気になっているんです。これって可笑しくないですか。
 地方選出の先生と言っても実態は、皆さん地元に住んでなんかいませんよ。大変忙しいんだから。それで地元では秘書が頑張るんです。でも何を頑張るんですかねー?あれー可笑しいんですよ。長く秘書なんてやっていると、自分が先生だと勘違いするんですね。「うーんそうかそうか。解った」なんて安請け合いしちゃって。そうじゃないでしょう本当は、ご用聞きになるんじゃないだろか!
 私は葬儀の席で感じることがあるんです。背中で行われていることですからあくまでも袈裟を透してです。先生で弔問に来られる方、多いんですよ。アレはどこから情報を得るんでしょう?葬儀が始まるギリギリに来て、一番前の席に案内され、喪主の次ぎに呼び出し焼香をやるんです。複数の先生が来た場合は、丁場はたいへんなんだそうです。どっちが先かってね。ご当人も俺が議員では先輩だ、その事だけが気になるようなんです。
 そして、焼香が終わると遺族に挨拶して大体途中でお先に失礼するんです。大変忙しいんです。
 こういう私も実は同じかも。大体、葬儀の席では、「自棄に長いお経だな」「変な声」「お布施が高い」「遊び人」「。。。。」
義理で参列した人達は、こう思っているにほぼ間違いない。これも袈裟を透してですが、自分の焼香が終わると何か隣の人と話したくなるんですね。ガヤガヤし始めるもんです。坊さんと先生の違いは秘書がいないことかなー。モロですから。
 でもたまにね、こんな場面に遭遇するんです。一番後ろの席に座り、最後まで参列する先生がいるんです。これだけで票が増えますよ。ホントに。何かこうしなきゃーいけないみたいな暗黙のルールでもあるんでしょうか?
 これも最近私が経験した話。
 私のお経は短いんですが、市営斎場でのこと。おそこは近隣の斎場とは別格、余所の斎場の常識は非常識なんです。
手際が良いというか、仰々しい所作などまったくない。
 「ダメダメ、今日の坊さんは早いから・・・」とか言って係員が走り回っている。後で解ったんですが、火葬が重なっているので時間を調整して欲しいということだったようだ。それなら前もって言ってくれよ。それなりの事は俺だってできるんだから。しかし、非常識だと私は思うんだ。何も私に聞こえる声で「ダメダメ今日の坊さんは・・・・」なんて言うなよ。これ常識だろう!結局自分に返ってくるもんですなー。ナームナムだ。今年も残り少なくなって参りました。チーンチンだ。
 最後に声を潜めて、生臭坊主は一生直りませんが、がんばりまーす。合掌。