源究236t236

   

NO  テーマ  月日  NO   テーマ  月日  
 4231  アップダウン  8/27  4236  寂静   9/10
 4232  スクラップ&ビルド  8/30  4237  詭弁   ☆
 4233  戦国の世から  9/2      
 4234  歴史探訪  9/4      
 4235  グリーン・ウォッシュ 9/8      

4231;アップダウン

 本来の効果と異なった作用、それを副作用といいますが益と害に分れる。できれば有益であって欲しいがどうも副作用という言葉には害になることの方が多い気がします。医薬品の開発に不可欠な臨床試験は有効性と安全性をGCP省令によって厳しく定められている。良薬口に苦し・・・は昔の話、時代は変わりました。でも、リスクは無くならない。
 今朝の某新聞一面(AIの時代)・・・・AIが人類滅ぼす「プランD」 止まらぬ開発競争・・・・・・・想定を超える速さでAI開発が進んでいる「AI 2040」レポート。地球環境の変化に指をくわえて見ているだけ、現に戦争の起こっている最中にスポーツの勝敗に一喜一憂している。これはバーチャルではなく現実の姿です。創造と破壊このままでは人類の制御を超えた「超知能」が誕生するとされる・・・・・。アップダウンがあって社会のバランスが保たれるはずでした。それがどうでしょう?
 弱味につけ込んで容赦ない攻撃、SNSを使い相手を攪乱する。何のため?誰のため?原因と結果、AIが自ら進化を繰り返す「知能爆発」が起こり人類の制御を超えた「超知能」が世界を席捲する・・・・・こんなはずじゃ~無かった。
 
 前項のレポートに人類が進みうる「A、B、C、D、S」の5つの道筋が提示。完全に開発を止めるというプランSを除くと、最良は「プランA」、これに至る確率は現時点で10%・・・・・・と。
我々の知る範囲は限定的、益の部分だけを利用することが果たして可能なのか? それを信じている人がどれだけいるでしょうか?益をアップさせ、害をダウンする。これもまた同様に。(仏)煩悩・・・人間の心身の苦しみを生み出す精神の働き、肉体や心の欲望、他者への怒り、仮の実在への執着。
 哲学・倫理・法律・宗教がAI時代にどうなるか?世界宗教が誕生した2500年昔、世界の人口はどの位あったでしょうか?西暦-2000~-3000年の推定人口は1,400万~2,000万人。現在80億人を超えた。
(仏) 煩悩即菩提。永遠なるものを求め永遠に努力する人を”菩薩”という。 知識と智慧の違い。知識(情報)が簡単に獲得できる利便さ、その副作用がどういうことになるか?智慧とは・・≪事の道理や筋道をわきまえ、正しく判断する心のはたらき≫・・【哲】単なる学問的知識や頭の良さではなく、人生経験や人格の完成を俟(ま)って、初めて得られる、人生の目的・物事の根本の相にかかわる深い知識。ギリシャ語・・ソフィア。

4232:スクラップ&ビルド

scrap and build・・・採算や効率の悪い部門を整理し、新たな部門を設けること。実は人の心の中はどうでしょうか?組織や設備ならば判らないでもないが、人の心となるとどうでしょうね。仏教に六波羅蜜があります。布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧。菩薩が涅槃の世界に入るための修める六つの行です。その一つでも大変です。なにせ永遠なるものを求め永遠に努力する人を菩薩というんですから、その菩薩が涅槃の世界(如来)に入るために修するんですよ。「はたらく」という言葉を考えて見てください。人+動=働く。じゃ~「知識」はどうでしょう。否、これからどうなってしまうでしょう?六波羅蜜に智慧はあっても知識はない。人間の精神作用の知情意(知性・感情・意志)に知はありますね 。これをどう解釈したら良いでしょう!
 言葉の浮遊化・・・・浮いて漂っている状態です。言葉だけでなくデーターも同様。データーの真偽に確信がもてなければどうでしょう。何を壊し、何を新たに創造するべきか判断できますか? これでは責任の所在がハッキリしません。
 社会の無法化が進み秩序が壊れ混乱が生れる(因果)。そうならなければ良いのですが・・・布施・持戒・忍辱・精進という箍(たが)が無い桶に水はたまりません。 風がふけば桶やが儲かる。(ナマグサ抄:副作用)
 
 地球の気候温暖化をどうすれば防げるでしょうか。COP(Conference of parties)締約国会議、、cop21(パリ協定)、cop3(京都議定書)で約束された目標はどうなっているでしょう。
 壊すことより作ることの難しさ・・・。是は六波羅蜜の布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧のひたすら努め励むことに通じる、締約していない国をどうするかは史実が教える。地球の生命史(40億年)にあがる大打撃をあたえた大量絶滅ビッグファイブの原因について解ってきたことは”巨大火山の噴火”が原因ということです。中でも最悪のものは陸上生物の種の97%が消えたという。(『Newton』;2025/12)
 人類は宇宙の謎をどれだけ解明できたでしょうか?もし、今、同様の巨大噴火が起こったとしたら・・・・ 火山噴火は人間の力では抑えることができない。だったら考えても仕様がないということなのでしょうか?山火事、大雨、大干ばつが頻発しています。この災禍を他人事と考えているのか、それとも・・・・何か他に対策があるのでしょうか?応需義務の無い締約では地球全体の問題はどうなんでしょう。人災 or 天災・・・・今こそ「(共生)の羅針盤」が必要。ネパールで氷河崩壊。

4233:戦国の世から

 日本史での戦国時代は応仁の乱(1467-1477)からで、その後100年、各地に戦乱が続いた。群雄割拠と下剋上の世。私が住職をしている神宮寺と観音寺が建てられたのが略同じ時代にあたる。約600年の間、代々の住職を合わせると30人を超えます。(神)32代、(観)35代の現住職が私ということになります。室町時代(1336年-1573年)です。ご本尊は地蔵菩薩(神宮寺)、観音菩薩(観音寺)。今、境内にある石碑で字が消え読めないものが多い。それと壊された石仏も・・・その中で”光明真言百万遍供養塔”という石碑は今でも文字がハッキリと読めます。要は地域の人々の信仰の証として大切に守られてきたのです。私が歴史に拘るのは恐らく斯様な育った環境だと思います。戦後81年の間、日本は戦争当事国とはならず不戦の誓いを守り復興を成し得たのです。過去を知る人たちの存在があったればこそです、それを忘れてしまえば大変なことになりますよ。平和と共生はあっても戦争と共生はありません。AIの時代だからこそ人間は何を考えるべきか?を熟考すべきなんです。それを弁えず便利な世を謳歌するのも如何なものか、その副作用がどうなるかは判りません。一人一人が確と心に刻み込み忘れぬこと、是が肝心!
 
 夏休みも終わりに近づき、学校の宿題に四苦八苦している子ども達、昔と比べ最近はどうなんでしょうか? 寺に突然の訪問客がありました。中学生とそのお母さん、市の広報誌を見て、この辺りに”防空壕”があって戦争中に兵隊さんがお寺に泊まって防空壕を掘っていた・・・・・という記事があったと見せてくれた。そこに観音寺という名前があったので来たという事でした。お父さんは車で待っているという。
 娘が夏休みの自由研究の課題にしたいという。場所が判りにくいので略図を書いて道順を教えてあげました。その後、≪ありがとうござしました。防空壕をみてきました。≫・・・とお礼の挨拶に来られた。
 仄々とした親子の姿を感じることができました。(夏の日の午後)

4234:歴史探訪

 あまり知られていない社会の裏面や物事の実態を実際に訪ねて知る。今は手のひらサイズの利器によって誰もが容易に調べることができる。fakeやspamばかりではないでしょうがそれを見究めるのは自分です。善用か悪用かによって果は異なる。表と裏も、現実と理想も然り・・・! 最近の墓石事情、石に彫られる字が変わりました。慈しみ和みなどの字をよく見かけます。それに”ありがとう”です。家への帰属意識の変容か?、・・・・・。
 ちょっと立ち止まって周りを見回してみたら、観光名所(?)の渋谷の交差点、鳥が空から見たらどうなんでしょう。歴史は目線の高さで足で歩いて見えるもの・・・・・。小欲知足の羅針盤。ゾロゾロ列をなして進まずに、時には見地を変え我が振り直す。それをするのもしないのも貴方次第。道徳・倫理・・・人生や社会に対する心の持ち様がさ~てどこに向かっていくのやら。 
 
 ・・・人間は努力する限り 迷うものだ・・・(ゲーテ)
 だったら 努力しなければ 迷わない・・のでしょうか? (仏)人間の本性をどうみるか?肉体や心の欲望、他者への怒り、仮の実在への執着・・・など心身の苦しみを生み出すものを”煩悩”としています。煩悩は脳を煩(わずら)う・患うと・・・。
・・・裏をみせ表をみせて散る紅葉・・・(良寛辞世の句)。貴方ならこの句の深意をどう思いますか。紅葉の在るがままの姿に世を無常と観じるか否か。
 洋の東西を問わず、地球上で”人間”は特別なのでしょうか?人権は明治初期のright of manの訳語(大辞林)とかhuman rights(ジーニアス和英)とも。人権は<人間が人間らしく生きるために生来もっている権利>。 人間らしく生きるためには何をしてもよい????。 何の疑問も持たず使われてきた言葉がAIの時代には?。もしかしたら廃語が増え私達の義務・責任・負担の意も変わってしまうかもしれない。嫌ならば関わらないという単独無頼独人の世と化しのっぺらぼう。まるで審判無しの試合の様。。是れ余計な心配でしょうね。そう願いたいものです。(長月の朝)  

4235;グリーン・ウォッシュ

 地球温暖化対策・・・・・良心の呵責から逃れ、現実の危機から目を背けることを許す「免罪符」として機能する消費行動は、資本の側が環境配慮を装って私たちを欺くグリーン・ウォッシュにいとも簡単に取り込まれてしまう。・・・」(『人新世の「資本論」』:斉藤幸平)☆グリーン・ウォッシュとはうわべだけ環境保護に熱心に取り組んでいるようにみせること。(環境省:新環境表示ガイドライン、2026)
 現代の喜べない置土産?義務や責任が曖昧模糊となり、その影響は測り知れない。地球温暖化対策への足並みが揃わないのはその証!文明の危機と現代人の病理を予言し近代思想の価値の転倒を試みた『正統とは何か』(GK チェスタトン)
ネパールで起こった悲劇は全世界に動画配信された。その数日前に・・・<ネパールは天国で良かった>とカメラの前で恒例の海外視察(?)から帰国した人の動画が配信された。慙愧!・・
 
 人の価値は”引き際”に現れる。。。先人の教えです。
自戒、自責は共に自分が己と向き合うこと・・・それを勘違う。”慙愧(ざんき)”の慙はの上にる、”愧”は立心偏が横。元来は仏教語で自分の行動を反省して恥ずかしく思うことなそうですヨ。
 教育や働き方の改革も必要かもしれませんが、でも どう変えるかが大事。それよりも、先ずは己がどう変わるかが肝要。第二次大戦前の小・中学校で教科目に≪修身≫がありました。今こそ 復活させたら如何でしょうか。台風18号が熱帯低気圧に変わって再び勢力を強め台風になった。それを≪復活台風≫というそうです。改革と復活は違いますね。
 ★グリーンハッシュという用語があるそうです。グリーン・ウォッシュとの批判を避けることや、規制環境等の不明確さもあって「下手なことは言わないでおこう」という組織心理がはたらくこと。それが・・不信の悪循環に陥ることを防ぐため。・・とありました。(前項:環境省ガイドラインのP4より)。
 
 ≪下手なこと≫と≪上手いこと≫・・・・ ”下手なことは言わない””上手いこと言い逃れる”、どこがどう違うのでしょう。一本のヒモで輪をつくり遊んだ綾取りがいつの間にか消え、コンピュータゲームに変わった。単純から複雑に複雑から単純に。便利な世となり、遊びそのものも変わっているように思える。もう元には戻れまい。此の儘行くしかないのか。同音異義語、私達は辞書で調べたものである。其処に自分で調べる楽しみがあった。それがどうだろう!人工知能なるものが普及し辞書を使わなくなった。何かがすっかり変わってしまった。創造と想像はどちらも「そうぞう」。それに「力」を加えると創造力と想像力。今の人達はそんなのどうでも良いと思っていないだろうか。静寂と喧騒、明と暗、・・・いずれその違いもどうなるか・・・・?(思考の転倒)

4236:寂静

寂静は 【仏】煩悩を離れ、苦しみを滅して、真理に達した涅槃(ねはん)の境地。私が言葉に拘るのは”仲間たち”の存在が大きいと勝手に思っています。言葉を上手く使えない人達。何を言いたいのか?どう思っているのか?それを知ることが難しい。既に亡くなった仲間も増え、本堂に並んでいる遺影に毎朝、手を合わせるのが私には掛け替えのない大切な時間となりました・・・・・。 普段、彼らは在るがままの自分を出してくれる。愛らしい仕草や笑顔が周りの人達を癒し、悲しそうな表情になると逆に心配になってしまいます。
 
 周りと上手くいかないのには何らかの理由がある。それを自覚できるかどうか? 三法印の諸行無常と諸法無我、の真意は何故こんな風になってしまうのかという悲嘆(苦)から抜け出す希望へとつながる。順風と逆風、順風の時ほど私達は注意しなければならない。慢心する自分に気付かない落とし穴。それと、いつの世にも対立した見解や態度は存在し、争いが絶えることはない。釈迦は両極端に偏らない中道の大切さを説いています。自己を永遠とみる常見と死後は無いとする断見、有と空、空と仮、快楽主義と苦行主義・・・等の諸説。仏教の基本的な主張である三法印の一つに涅槃寂静がある、悟りは絶対の静けさと説いています。
 昨日から大雨が降って日本各地に大きな被害が出ている。台風と秋雨前線が重なり今までに経験したことのない大雨になっています。諸法実相・・・事象の背景にある本質や真理を見抜く智慧。それに一切皆苦が加わって”四法印”。

4237:詭弁

 知的に重い障がいがある人は自分を飾ったり詭弁を弄することはしません。あるが儘なんですね。≪この子ら世の光≫と謂った糸賀先生を私は20歳の時に初めて知りました。自分が迷った時にいつもその言葉に助けられてきました。僧籍をえて50年、現在76歳、あっと言う間に過ぎた。最近は不思議なもので忘れていた事が突然浮かんでくることが良くあります。その殆どが今は亡き”仲間たち”なんです。
 出来ることなら彼等から受けた恩に三業で応えたい~! (ナマグサ福祉観)
 ⁂詭弁(きべん)・・・人を欺くため故意に行なわれる虚偽の推論。
 
 仏教の四諦・八正道について・・・四諦は苦諦(苦しみの本質)、集諦(苦しみの生起)、滅諦(苦しみの生滅)、道諦(苦しみの生滅に至る道)。八正道は正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定。それと中道です。釈尊が最初に説いた初転法輪にあります。
 苦の本質は、「思いのままにならずに、満足できないこと」で原語は【ドゥッカ】、その苦をどうすれば消すことができるかを説いた。(仏教)。八正道がそうなるための具体的な実践なんですね。先述した・・迷った時を思いのままにならず満足できない時と考えたらどうでしょうか? 心意は我が胸中にあり。≪この子ら 世の光≫との違い・・・・!(貪瞋痴)