源究197

  

NO テーマ 月日 NO  テーマ  月日 
 3451  順応性  9/9  3456  事教双修  9/20
 3452  継続性  9/12  3457  一考の価値  9/22
 3453  覇権主義の末  9/14 3458  後始末  9/24
 3454  無量不善の業  9/16  3459  山高ければ・・  ☆
 3455  ハチの生態  9/18      

3451:順応性

生き物が外部条件の変化に応じ、自ら変化し慣れていくことを順応性といいます。 ウイルスの進化が進めば、人工的につくられるワクチンは効力に齟齬をきたし 後追いせざるを得なくなる。未知への挑戦は 科学の進歩の源泉と言えるかもしれないが決して一方通行ではない。
 免疫力も同様に 絶えず変化を繰り返し 命を繋いできた。持って生まれてきたものが 外部条件(環境の変化など)によって適応できなくなることも良くある話。 この鬩ぎ合いは 未来永劫続けられるという!
 命の尊厳を基軸として モラルが生まれ その周囲に哲学や宗教が存在する。 過去に 人間同士の争いが無くなった試しなく 収奪や殺戮がどこかで常に起こってきた。74億人に膨れ上がった世界の人口、そして
 現代社会の二極化(貧富較差)が拡大することを 仕方が無いものと諦めねばならないのでしょうか?社会主義や民主主義、共産主義・・・・そして極端な自国第一主義と個々の国体も常に変化し 今に至ったのだ。
 この隙を狙って 侵入したのが”コロナウイルス”、瞬く間に感染が拡がり 世界の罹患者が3000万人に達する勢いとなっている。With コロナは 我々人間からの視点、コロナを特定するのがどうなのか? 
 もう一度 ”With" に付ける言葉を考えてみなければならないのではないでしょうか?With Earth ? With People?・・・・・
 地球環境に赤信号、 されど 感心は目先のことばかりだ・・・・・選挙 経済 ???? 誰のため 何のため??そして  順応力・免疫力は片側通行ではなく無制限でもない????
 
 まとめて置いた草を軽トラックに載せていたら仲間の二人が手伝いにきてくれた。上では朝一番の洗濯が終わって干す仕事をKさんとYさんが始めていた。皆 ニコニコしながらやっている。スタッフも一緒だ。この光景はいつもと何も変わらない。
 生活を共にすることで 一人ひとりの役割が自然に生まれる。別に特別ではない。Kさん(男性)が何故かスカートを穿いているのに気が付いた。≪男なんだからおかしい~よ!≫と謂うと一緒に作業していたスタッフが笑っていた。
 人間が考えた決めごとは 絶対ではないのかもしれません。これって”順応性”! 笑顔があって 元気であれば 良いじゃない・・・・。
 恐らく 彼らにとって 仕事をすることが苦ではない。楽しいんだとその時思った。
 これが 大事なんだろうな。 あっという間に刈られた草は綺麗になり、作業は早く終わった。≪ありがとう! また 頼むよ。≫というと ハッキリと≪ウン≫と頷いた。今の仕事を半世紀(?)やってきた。外の仕事が多く 殆ど仲間たちの中に入れない時期があった。それが 今は できる。 楽しくて仕様がない。
 

3452:継続性

 継続は力なり! 弛(たゆ)まず挫(くじ)けず 続けることは 本当に力なのでしょうか? 一概に断定はできませんよ、判ってますって。じゃ~偏屈ですか?
 体の鍛錬、学習、職業・・・など その言葉の周りに付く言葉によって趣は当然変わります。最近 日本語の使い方が 変に感じませんか? 働き方改革とか謂われますが ”働く”は、「イ}人偏に動くをくっ付けた漢字で 昔から同じ。人が動くこと。そこに経済的価値とか社会的な評価が加わり、多様な意味になっている。それから 外来語、これも溢れています。日本語使えよ!と怒られながら 釈明に横文字を使っている人いますね。
 継続や継承で大事な事は、何を 続けるのか ですよ。
 突き詰めれば ”その人らしさ”に辿り着く。坊さんやっていますと葬儀の打ち合わせをしている時に 遺族が故人のことを どう思っているかが判るんです。≪どんな方でしたか?≫と尋ねると 故人を悪く言う人は殆どいませんね。棺の蓋を閉める時に『向こうに行ったら いっぱい 食べるんだよ』とか『体に 気を付けてな~!』とか声を掛ける方がいます。ハッとするんです。
 死後の世界が どうなのか? 科学的に将来それさえも解明されたらば ”継続性”の意味は 自ずと変わるように思います。 でも 多分 読むお経は変わりませんから・・・・。

     " 暑くて~ 参ったニャ~

 昼寝wo続けることも”力”なり

観音寺の修行猫・・名をミイと申す。
日本の金融市場が浮足だっている。電子マネーサービスに落とし穴、この分野で外国から遅れをとった日本の金融界 各社入り乱れて新規サービス参入の競争が激化、利便性第一のキャッシュレス、懸念が現実に、不正や悪用者が狙い撃ち。身に覚えがないのに他人に無断でお金を使われて まったく判らない。限度額が決められていてもです 許されることじゃ~無いでしょう。大問題ですよ!
 貴方は便利さと安全性 どっちが大事?個人データーの流出は避けられず、非合法にもその売り買いがアチコチで行われているという。そういえば 某大手のネット販売に異変を感じている。巧妙に逆手にとる 詐欺への警報メールが増えています!
 最初の海外旅行はイギリスでした。今 思えば贅沢なことで 直行便などありませんから アンカレッジ経由で17時間位かかった。一ドル360円、海外持ち出しに限度額、あの時は餞別まで頂戴し今生の別れの覚悟でした(笑)  あれからもうすぐ50年経つんだ~。
  当時は 全てがゆっくりしてました。それが どうなりましたっけ? 輝く未来図と研究開発、何度も書き換えられてどうなりました? 
 ゴリラ研究で世界的に有名な京都大学の先生の話を紹介します、ゴリラは人間と比べ 抑制力が優れているという。それは競争で勝者にならずとも争いを避ける能力なそうです。我々と どこがどう違うか 今の人間社会は負けないでいることと勝つことを混同しているという指摘です。これは仏教で説く『自末得度先度他・・・』に通じると思いますね。

☆猫のミイが大師像の前で 大口開いて何かを威嚇???違います 昼寝の途中で起こされての大あくびで・・・・す。☆

3453:覇権主義の末

 人間社会をゴリラからみると どのように映っているのでしょうか? 何故あれまでして勝ちに拘るのか、少しでも油断すれば自分の権力が守れない不安。 競争社会の中で、仲間をも敵視する、そしてギスギスして生きづらい社会が築かれる。ゴリラは我々をこのように嘲笑しているかも判りません。違和感を感じながら その恩恵を当たり前に受け入れてきた自分達。結局 これも疑えば目に鬼を見ることなのかもしれない。
 覇権主義の末路がどうなのか?史実を追うまでもない。 当事者がそう思わなければ どうなるか? 最初からそうでは無かったという。力の強いものが抑制する精神を基盤とした社会だったという。それを 何故かゴリラは今もって守り続けているのに 人間は放棄してしまった。抑制とは 独り占めでなく分け与える精神です。そこに 人間は特有の”欲望”を介在し ゴリラとは違った道を歩み始める。 現代社会は それが加速している。(パンデミック)
 薬による幻覚症状と同じように 自分を見失う不安をも 大目にみてしまう社会は 果たして我々が望んだ姿だったのだろうか・・・・。規制と抑制の違い?それは自らの意志が有るか無しかですよ。
  閑話休題・・・小松左京の『復活の日』を注文しました。既に中古本しか無い。それで充分。
 
【 清濁併せ呑む】とは、心広く、度量が大きい事を謂う。言葉の解釈は難しい、だからでしょうね・・・心なければ人は動かない・・・処世訓には付説あり。 グローバル化の中で コミュニケーションの壁が大きいと思っています。言語が異なる国同士が上手く付き合っていくには 時間と抑制が不可欠、ややもすると それを省略してしまう。覇権主義はその極地、侵略と略奪は 問答無用で悲劇を生む。弱者が常にその犠牲者となってきた。
 それが 微妙に変わり始めた。地球環境の温暖化は 様々な災害を引き起こしている。これを 科学的根拠が無いと受け入れない国がある。現に 疫病や森林火災が未曾有に拡大しても、それを抑えることさえ出来ない。
 同盟国という証を獲る為に 自らの意志を伝えることを避ける国が有る。そうではないでしょうか? 3名の総裁候補者が挙ってマスコミに登場し 持論をのべた。良く聴いていると 曖昧な表現になるのは いつだって外交と防衛問題。
 既に出来レースだと殆どの国民は思っているはずです。働き方改革を公約に出すのは良いでしょう。だが 肝心な案件を先送りし続けるつもりなのでしょうか?? 議論がいつも ここから先に進まない。
 中央・地方を問わず現状の議会審議の衰退は過去の”覇権主義(?)”の後遺症と考えるか否か? 既に75年、肝心な問題に対して新たな一歩を踏み出せず 身口意の三業顛倒(てんどう)を見逃す。今後もこのような国の形で良いのだろうか?  
 

3454:無量不善の業

 議会制民主主義という国体の有るべき姿が問われ続けている。組織が堕落する原因を挙げれば切りがない。内輪で どうこうしようとしたところで所詮、井の中の○○。無量不善の業を誰が正し、それを判りやすい形で公に説明する。これが本来の民主主義、それが遅々として進まない。その最大の事由は 言わずもがな 数の論理に頼り過ぎたこと、信義無き者が自らの座を守るために 身口意の三つの業を顛倒して それに気付かないのか でなければ振りをする。仏教では”てんどう”と読む。逆さまの状態を謂い、そうなる原因は煩悩だと説く。まさに”無量”である。その一つで責任の取り方の顛倒、どう考えても腑に落ちない、。衣食足りて礼節を失ったか。 
 何か この国の政治を私物化していないか?それも集団で! 都合の悪い時になると 相手(他党や有権者)を出し、自らの罪を暈してしまう。どこかの国と同じ、己が当事者という事を理解していない証。国の為でなく己の保身、小松左京がSF小説で予言した未来図が 現実化してきた。
ミレーが描いた『落穂拾い』は1849年、パリの政治の混乱やペスト禍の中で落穂を拾う農民達である。旧約聖書「レビ記」の教えが含まれるという。(ex:『沙石集』)
 
 近くの水田では大型コンバインが入り、稲刈りの最中、一昔前なれば 一家総出の大騒ぎ、それが消えた。あっという間に 刈り終わり トラックに載せて運ばれて乾燥機に入る。
 ミレーの落穂拾いは 態々 稲穂を残しておき、それを拾い集める人達に分けた。今風に謂えば救済事業にあたるのかもしれない。そう謂わずとも 当時の人々は 誰もが知っていた。複雑な手続きは不要、共生への暗黙の了解があった。
その後、良しと考え創った仕組みに 逆に縛られていることはないだろうか? 共助・公助・自助・・・・独占するのではなく お互い様の考えが減って。 義務か権利かの物差しに頼る社会では いかがなものか?  損得計算から抜け出せない今の構造からは 共助の概念が生まれない。それに代わって供給と受給の間に壁が生まれる。根本的な改革が為されればの話だが、○○塗れの組織で やる前から結果は見えている。
 なんとも やるせない。
 ならば 善行を拾い集めれば どうだろう! 虫眼鏡を使って土に這いつくばり 捜せば 見つかるかもしれぬ・・・・・。 原因で直ぐに浮かぶのは 無駄や浪費への感覚マヒ、正常な判断が出来なくなった根源があるとすればの話。
 それを 他人事と考えてしまう人の増加、行き過ぎた個人主義、自分さえ良ければという価値観が主流となる。
 仏教の慈悲の真意は抜苦与楽、慈は苦しみを抜く、悲は楽しみを与えるとする。とすれば 世の中を悲観するのも決して悪ではない。楽しみを与える観じ方となるからです。この真逆の発想転換が コロナ禍の置き土産だと考えるのは どうでしょう。 屁理屈の烙印を押されて お終いですか。あっ そう

3455:ハチの生態

何とはなしに、ハチのことを調べていたら、知らぬ事ばかり、世界には10数万種のハチがいて 大きさは1ミリに満たないものから7センチに達する大型まで様々という。生態的には、社会性・孤独性・寄生性などに分類できるらしい。雌に毒針を持つものが多いという。社会性があるというのも さ~て どんなハチ?それより 孤独性のあるハチにより興味を持つ。一匹オオカミでなく 一匹蜂。その生態を上手く人間は利用し、ハチミツを食用とした訳です。
 梅雨が明け 秋めいてきたこの時期、ハチが気になる。彼らは 自分達で巣をつくり 幼虫を育てる。
 ついでに ケムシ 実は昨日 道端にあったツバキの木の枝を切った。大きくなりすぎ 車の通行に支障が出てきたから、案の定 長袖を着て注意していたが ケムシにやられた。漆の木に気をとられ 葉の裏側まで注意しなかった。同時に二つの事はできません。
小生 正真正銘のニワカ庭師だが、周りに白い目で見られながら 一向に止めない。判ったことは、自分のことを自分で観察するのは難しいこと。 でも 人間も昆虫と同じ地球内生命だ。ハチの生態も そのまま人間に当てはまるから どうだ! 興味ない アッ そう。
   ★ 今朝がた NHK深夜便 なかにし礼の特集で~『時には娼婦のように』が流れた。なぜか 耳から離れない。♪ 何気なく さり気なく・・・・・・ 
 
 19日は彼岸入り、お盆から1カ月経過、寺墓地を見回すと 綺麗に掃除された墓地とそのまま放置された墓地が一目瞭然。この時期は草木が伸びるのが早く 上辺を刈っても直ぐに草ボウボウとなります。
 ハチ・ケムシ・漆この三つは外作業には注意しないと偉いことになります。昔の人は経験を元にして 上手く対処できるが 見様見まねはダメですね。
 外回りの役を辞してから 正直 充実した生活をおくっている。一言で謂えば環境整備班 最初は一人で細々と始めたが、今 仲間が3人に増えた。今までは口は出すが手は出さない連中だった。それが 自分から手伝ってくれるようになったのだ。これもコロナ禍の副産物? 
 午後から予定していたウエブ会議、東京と水戸と土浦 便利というか苦肉の策というか これも時代の波と受け止める。
 今日は 昨日に比べ気温が高くなるというので、午前中にやり残した場所の掃除を行うことにした。日焼けした顔が 気のせいか健康的、怪我に注意し さあ~やるか! 今日は”蚊”の対策もしなければ ・・・・・・と。
 

3456:事教双修

 理論(教相)か実践(事相)か?僧侶になる前 本山(奈良:長谷寺)に参籠し、そこで出逢った老僧から受けた教えは”事教双修”でした。寺を継ぐ為に 最短で資格を取得しようと考えていた自分を早朝の回廊掃除によって教え導いてくれたその方との邂逅、あれは観音様だったのかもしれません。仏教は理論か実践かではなく双方が一体でなければならないということだった。
 その後 時々、その方が現れ、黙って去っていく 嘘のようなホントの話です。 
 難解な教えをいくら並べても心が動かなけらば なんの意味もない。それより一緒に汗を流せ!
 実践は現実とどのように向き合うかで 頭の中で完結できるものではないと  自問自答し 今年70才を迎えました。昨日 土浦市から商品券が届く。”御祝”と書かれた中に1000円の商品券が入っていた。 敬老会員になった証だと謂われ、有り難く仏壇の中に仕舞いました。
 
 
 私の兄は9才で亡くなった。いよいよ 私も老境へ入る許可書が下りた。兄の年齢と今の自分の年を足し二で割ると40才に届かない、そう考えれば まだ盛年だ。
 これからは 感謝の気持ちを大切にしながら歩んでいこう。まだ見ぬ兄に会えることを 楽しみにしながら 自省・自戒を忘れず 歩み続けよう。
 彼岸初日、49日の法要があり、納骨を行った。あれは お孫さんだったのだろうか? 墓前に線香を上げた後 独り言を言いながら手を合わせ深々と頭を下げていました。
 ≪ありがとう。・・・・ちゃん 頑張ってね!≫と遺影のお祖父ちゃんが笑顔で答えていたようにその時思った。
 ☆ 人の幸せは遠くにあるんじゃない。身近にあって それに気付かないだけなのかもしれませんね  ☆

  ・・蓮の実・・ 

    秋彼岸

3457:一考の価値

 最高気温がいつの間に20度台になり、やっと熱中症への心配がなくなりました。ホットできるかと思いきや 気温差に体が上手く順応できず 風邪をひかないかと気になります。コロナ感染の勢いはブラジルやインドの大国だけではなく その周辺国にまで拡大する。日本も同様に手探りで祈るような気持ちの中で 彼岸に入った。気が付けば蓮は花を落とし 独特の形をした実を付けている。既に殆どの稲田では稲刈りが済み、台風の予報に農家の人達もホットしていることだろう。
 今年は何かが違う。会食や温泉という楽しみがお預けとなり、どこか手持ち無沙汰に墓参り。
 当たり前と思っていたことがそうでは無くなった今こそ 一考する時なのだろう。
  道端に小袋に入った小さなハスが置かれ [ ご自由にどうぞ!]の紙が貼ってある。   そうだ~!!!”お裾分け””もったいない”の日本語は どうなりました? 暑さ寒さは彼岸まで・・・・・自然はいつだって虚心坦懐 肖(あや)かりたい。
 
 仏教は”欲”を否定はしない。小欲知足・・・・ほどほどの欲で満足しなさい・・・と説く。妄執とは違って根拠なく 誤った事をも認めた訳ではない。今はそれが妙な空気に覆われています。詐欺メールや詐欺商法、一向に減らない。 人の災難につけ込み 自らの利を獲ようとするのは六道のステージ6レベル。もし運悪く被害にあったら自己責任、これで法事国家とは謂えまい?今の社会は単純でなく 複雑に絡み合う。
 昔ならば上に立つ者が先ず そんな事をすれば 地獄に堕ちる(没落)・・・・と信じ自戒した。 それが今 どうだろう? 根拠(エビデンス?)無しと一蹴されて終わり。これで 本当に共生社会が築けると思っているのだろうか?新内閣になり、お手並み拝見といこう。願うは自徳の乱発でなく 政治を判りやすくして貰いたい。 ”つもり違い10ケ条”  確証に近づいた。 あくまで言い訳でなく 自分の言葉で信頼できる政治を望みたい。
  そこから始めないと この国は船頭無き無寄港船と謂われかねない。・・・彼岸中日・・・・

3458:後始末

 尻ぬぐいを本心から買って出る者はいまい。第一線から退いた後が その人の真価が判るのです。剃髪し寺に入り懺悔の道を歩んだ歴史上の人物を知っていますか 晩年、自らと対峙し 遣り残した事に努め励む姿は尊い。
 後進に道を譲り 退いた者に望まれることは 口を挟まず 自らを戒め その責任を果たすこと これができて初めて評価されるんじゃないかな~! 贅を尽くした大型客船が、東京に停泊できる港が無い。橋の高さが足りずぶつかってしまうため入港できない。そこで日本の技術の粋を結集し 海上に新たな港を現在建設中、なんと直径2メートルの杭を海底に何本も打ち込み、その上に巨大な建物を作ってしまうという。巨大地震や高波への対策は万全? 総工費は一体どれだけになるの? 
 交通手段で大型旅客機の需要は 予定していたほどの伸びは無く この先の見通しがない? 大型クルーズ船も然り 今回のコロナ禍で判った高額な旅費を払い密室に数カ月という旅をしたい人がいるでしょうか?。
 造ったは良いが 運航されず維持費ばかりがかかることになりかねない。また住宅事情はどうでしょう。モデルハウスを 最近は住宅展示場に造るより住宅と一緒に作るのが流行っている。いざとなれば売ってしまえば良いからだ。
 県庁所在地の駅前に一際目立つ高層ビルが建つ。その大半は住宅を上層階に設け採算をとる算段、それだって どうだろう?壊すことまでを想定してあるの?前回の東京オリンピックに建てられた武道館、夢殿をイメージした斬新な設計、今 リフォームの最中で、初めての大規模改修という。屋根材の銅板を全て剝がし新しくした。なんと その骨組みになっている部材は夢殿と同じ木材ですよ。年数が経てば雨漏りや腐食がおこる。それで今回は特殊鋼板(ステンレス)を使ったそうだ。でも いずれにしても取り壊す時は来るだろう。その時 どうするか? 50年の間に 東京は高層ビルが増え過ぎた 。それを豊かさの象徴というのは 如何でしょうね。
 持続可能な社会と謂うならば貴方たちの大半はリタイヤして誰もいないはず、さすれば 後始末は 負の遺産と謂えませんか? 新築費用に合わせその半額相当が解体費用に必要になるのではないでしょうか?
 
 歎徳(たんどく)文や諷誦(ふうじゅ)文は 葬儀で導師が唱えるものです。文語調で読まれるものが多く 判りづらい。伝統を重んずる寺院はSNSの時代にどう向き合うか?パソコンで出てこない漢字が多く 手描きでさがし漢字に変換している。
 勿論 知人友人の弔辞とは違うことは判りますが どれだけ弔問客に理解されるかは疑問です。 これから 儀式のやり方が変わるだろうと謂われている。増え過ぎた葬祭業は生き残りに必死になるでしょう。
 TVで珍しい人が出演し 持論を展開していた。前政府の経済対策で重用された人物、表には出ず  様々なアドバイスしていたという。それかホントかどうか 感心はない。
 ただ 久しぶりの討論番組出演で 過激(?)な自説を述べていました。日本の中小企業の数は380万社を超える、そこの社員の給与を上げる為には 統合し大規模化を図るべき・・・・云々と 中小企業への助成制度を考えた主がこんな事を言っているのか!恐らく 中国や韓国の企業(国営?)に対抗する良いとこ取り 一貫した持論なの?退いた者が口を挟むべきでない。直ぐにTVを消しました。
 政策アドバイザーがどんな役割を果たすのか 良く判らない、 イザとなれば ほっかぶり???? ハッキリ言って この方達は提言はしても責任は取りませんよ。
 彼らの言い分は、頼まれたから やっているだけ  そりゃ~ そうかも知れない、くわばら くわばら・・・・

3459:山高ければ・・

 山高ければ 谷深し。次々と現われる山を 直登し超えようとすれば 深い谷に滑落するかもしれぬ。迂回すれば 時間がかかる。日本は 過去に大事な分岐点に何度となく遭遇、 その時々の勇断で どちらかの道を選び命がけで歩んできた。
 それぞれのエキスパートの助言は、 最善の道を提言し実行に寄与してきたはずである。その核心となる条件は 透明性と責任の明確さ。これ無くしてあり得ない。その判断を誰がするか?最終的に 我々庶民である。
 今の混乱の最大の原因は その実態に確信が持てないことに尽きる。大衆の寛容さは、無関心とも受けとれる。何を恐れるか??? 国を動かす人達が 未来にばかり目を向け 足元(原点)を蔑ろにしている。これは 競争に勝つ為という御旗(?)を 印籠のごとく利用することとダブル。
 利用され 捨てられることを繰り返す。これでも良かった、本来の民主主義の姿であればの話、三権分立の崩壊としか思えぬ事象が目立つと思っている 今の状況では 山高き矛盾を越える力は望めない。
 ならば どうする? 遅かれ早かれ 出さねばならぬ答えでしょうね。