源究183

  


 NO  テーマ  月日   NO  テーマ  月日  NO   テーマ  月日   NO  テーマ  月日
 3171 連チャン  6/2   3176 礎   6/24  3181 共に良かったと・・   7/10  3186 温故知新   7/29
 3172 正偽 6/8   3177 集客力   6/28  3182 今こそ   7/14  3187 背私向公   8/1
 3173 薄志弱行   6/11  3178 心の免疫力   7/3  3183 美郷温泉雑感  7/17  3188 痛痒  8/5
 3174 起点~終点   6/16  3179 風雲急を告げる   7/6  3184 自然との共存   7/22  3189 Mさんの夏休み   8/9
 3175 笑顔   6/20  3180 HPリニューアル!   3185 泰然自若   7/25  3190 寂静   8/12

3171:連チャン

 4月~6月は毎年 様々な会議が続く、これは調子に乗って引き受けたから 誰の所為でもない。いつも こうだ。自責の念に駆られ、後悔している。ま~ 潮時だわな! 五月雨は草木にとっては天の恵み 背丈が伸び 木々は青葉を広げ 元気モリモリ。一週間で芝は伸び刈らないとボウボウ。軽トラックの荷台に作業道具を目一杯のせ ニワトリみたいにあっちこっちが気になって 落ちつかない。
 連チャンの第1は会議、 千葉と埼玉の法人の役員を引き受けているので 年に2~3回 慣れぬ道を車で走るのも疲れます。自分の所と比べて 参考になることも多く 為になっているのだが 真似て出来る事と出来ぬ事がある。
いずれの会議でも共通するのは バラ色の話は少ないってこと。どこもかしこも これからが大変だという話でもちきり。大阪地検で改ざん問題は全員が不起訴となった、これで どうなんだろう? 我々がもし書類を破棄し 記憶にないといったら許されるのだろうか?
 しかし、民間会社であれば 恐らく同様のトラブルが発生すれば 関係者は首が飛ぶ。これが責任の取り方で会社に損害を与えたというのは 株主への企業責任となる。ならば公務員の責任って何なんだ?株主は納税者・国民となり どう考えても私には納得しかねます。
  一般的な規律ではなく 自分自身の生き方に即した思想や態度をモラルという。嘘をついてはいけない。これは道徳の基本、もしこれが是認されるとなると 必ず世の中は乱れてきます。一時の言い逃れで済むはずが無い、いずれ自分が身罷る時に どう思うか!
 ”大義親を滅す!” これは国の大事のためには肉親をも捨てる事もやむをえないという昔の教えである。
 今のモヤモヤ感は どうしたものだろうか! 何かがオカシイ。それを どうすれば良いか判らない。こういった状況が長く続けば 世情に無関心となり、主我主義が蔓延、最後は 己の利の為に法の解釈まで曲げようと画策する。(司法取引と冤罪)
 決して 空言ではあるまい。 改ざん文章をもとに1年半も議論し 空転した国会、そして司法の結論が出た。起訴するに値しない。 これを どう捉えるか! 日本人の文化や気質とか言って 隣国の元大統領への司法判断を真面目に考えようとしない。 戦後 72年が経過し、その間  確かに 日本が戦場にはならなかった。別に 徴兵制の復活を望んでいる訳ではない。経済の発展が 国の安全にどう働くか 国民を交えたホンネの議論があるべき時期に来ている。
 ぬるま湯に長く浸かれば 眠くなり 是非判断を棚上げし、湯の効用!限度を弁えないと核心無き 腑抜けになる。・・・現代版 道中膝栗毛・・・・
 今を良き時代と思える人は 幸せです。 仏教の教えで 無財の7施をちょっと覗いてみませんか。言葉の理解でなく 実践の道である。無財の七施は”誰でも蒔ける幸せの種”とも言われます。無であって無ではない。例として和顔施や眼施など、・・お金が無くてもいつどこでも出来る布施【相手へのおもいやり)。
 その逆もあり、どちらを選ぶか、それが肝心。現実は モノ事全てがごちゃ混ぜ 何が大切かさえ 掴めずに 遮二無二 追い続ける。 幸せの種となりましょうか? 端的に申して 経済最優先という公約は最初から 危うさを含んでいます。公正さ公平性がどうなっているか 経済=幸せとはならない。数字や言葉は どうにでもなることです。改竄と言おうが 公約不履行と言おうが 現実はそこにある。その辻褄を合わせが主眼となる。『特区』なる新造語、本来の有るべき姿が見えなくなる。これは判り切った話です。
 人の一生をどう捉えるか? 他人から奪ってまで競争に勝つことが人生でしょうか? 己の優位性を誇ることが 真の幸せとなると勘違う。これを誤りだと薄々感じているのに 誰も言葉を発しない。結果は モノの豊かさに対し 大切な”こころ”の豊かさを失う。
 責任の取り方一つにしても 日本人が昔から大切にしてきた教えを捨てた。法律を犯さなければ 何をしても許されるのでしょうか?
 これは 危険な発想です。国内法でゆるされても 外交はそういきません。
 姑息なやり方は最も忌み嫌われる。細心の心配りが肝要。ランタナの花言葉は「七変化」「心変わり」  
   ランタナの花

3172:正偽

 社会全体の幸福を保障する秩序は幾多の変遷を経て今に至る。 プラトンは社会成員がそれぞれの責務を果たすことによって 国家全体の調和をはかるべしと考えた。アリストテレスは各人の能力に応じ公平な分配を重要視した。 近代に入り自由主義的民主主義、誰しもが自由と平等を共有することを良しとした。 今の日本は どうしたことか その根幹である三権分立が揺らぎ始めている。最大の原因は一強多弱の長期化 権力の集中・・・この弊害がいたる処に現われている。 官僚幹部の人事権まで手中におさめた、その力が大きくなり過ぎた結果 忖度や隠蔽という問題が起こっている。国民にとっては 何が正偽かが 判り辛くなっている。三権が分立し相互牽制によって暴走を防ぐ機能が麻痺している。長い間、数の論理により国政の在り方(数合わせ)に歪みを生んでいる。実は それだって有権者の精々半数程しか参加していない。つまり低投票率からの選出だから大言壮語はいかがなものか。
 離合集散や党内派閥の弱体化がどんどん進んだ。 それには いくつかの理由がある。選挙推薦や人事までも掴まれ一元化してしまえば 当然身動きができない(自縄自縛)、法務省管轄の検察庁で 日本に三カ所(東京・大阪・名古屋)に設置されている特捜部、 その人事にまで 内閣の強い影響があるとしたら どうです?。外堀が埋まって いつの間に権力の集中がここまで進んだ。これが許されるのは実は2大政党制が確立している国だけ ごちゃ混ぜに制度輸入だけしたから おかしな事に。
  永田町や霞が関に対しての不信感が拡大し 次々に負の連鎖が起こる 有権者の皆さん!これでもまだ黙認できますかね。 正偽の判断がここまで判り辛くなった責任は一体どこにあるのかということです。もう どうしようもない状況です。庶民感覚とのズレを多くの人々が感じてしまった。
 今回の大阪特捜部の不起訴判断は これから先 様々な分野にその影響が及ぶことになるだろう。 例えば 企業において 数字や文章の改ざんが許されるとなれば 大混乱です。その時は市場から排除されるに決まっている。このペナルテイは企業にとっては致命的です。 嘗ての日本は 規律正しく 秩序が保たれ信頼があり それが強みであったはず。 
 雲行きがおかしくなり なんでもありの状況になってしまった。  規制緩和策や経済特区、これは使い方次第で 悪の温床となる可能性は大きい。 今回の問題の責任の取り方次第では 国内は勿論、世界からも相手にされなくなることだろう。
  上記写真のランタナの花は七色に色を変えるが 周りに何ら悪影響を及ぼさない。
 公僕としての責任の取り方が この国は一体どうなっているのでしょう! 
 創業85年でエアーバックで世界第2位のシェアーを誇ったT社が自社製品の欠陥で倒産した。リコールの負担に堪えられなかったのである。リコールには大別して2つあるという。企業は自社製品に欠陥が判った時は速やかに公表し、回収・修理を無料で行うこと。
一方 現行の日本の公職者に対しては住民の意志によって罷免する制度がある。直接民主制における解職請求である(地方自治法)。しかし、幸か不幸か国政は別のようだ。
 昨日のトップのコメント ”信頼回復の為に誠心誠意努力していくことでその責任を果たしたい・・・・! ” いつもの常套句を繰り返した。自分達の欠陥(不信)に対し この方たちは リコールをどう考えているのだろうか。
 【 ツユ入りし 益々伸びる モリとカケ】(?) 某ラジオ番組 視聴者川柳での優秀賞。
 私企業は創業来 蓄積した資産を一瞬にして失う。常に この宿命を背負っている。それに比べ 政府が示した判断の正当性はいかに? 一連の問題に対し終止符を打つどころか やればやるほど 疑問が大きくなるのは 国民に納得されていない証だ。直接民主制をとる地方自治体であれば住民によるリコールがある、国政は 代表民主制をとっている為に 選挙によって選んだ人に自らの権利を託すしかない。 憲法で 主権在民を旨とするのだから 勿論 専横政治は許されない。ハッキリ言って今の危うさは その辺に起因する。
 なぜ このような事になってしまったのか  心中穏やかならず、寄生木や補虫植物は限度を弁え 他に悪影響を及ばさず 共生する。それと比べ 何とも ヘンテコリンなのは 我々人間様である。
 
  自浄能力というものが問われている。自然は 自らの働きにより汚れを取り除くことができる。我々人間とは違って名誉欲や優越感情はない。当たり前だと言われるかもしれない。自然悟道・・・・共に生活できるために 様々な規律を考え出した人間が その掟によって自らを縛り 利用し 己の欲望を満たそうと足掻く。欲望には際限が無い。自らを正当化するために 智慧を働かす。これは あくまでも地上目線だから 心の狭隘を招く。仏教は 天(大いなる存在)からの目線を大切にする。道を悟るための唯一の便法かも知れません。乃至法界 平等利益 皆共成仏道
 ≪貴方が そう謂うなら その根拠を示せ!≫という。その言葉を その人に その儘返したい。記憶にないと連呼する貴方自身が 自らの権利を己で否定していることになるわけだ。
 ギブ&テイク 良く判らないが 経済力学の元であろう。元を辿れば 物々交換が始り。格差⇔公平性 既成⇔緩和 難しい理屈はいらない。単純明快 持ちつ持たれつ このバランスによって 解決の道は図られると信じたい。
 

3173:薄志弱行

 意志が弱く 決断力に乏しいこと 優柔不断と同義である。こんな川柳が参考欄にのっていた。≪人は人なぜ帰らぬと親父言い≫ ウーム 意味深である。人間の弱さは 順風追い風の時は目立たない、逆風に遭い 窮地に立った時に現われる。 どこどこのドンファンが突然マスコミに登場した。正直 空しさを通り越し 哀れさを感じた。恐らく 一代で富をきずき 金に糸目を付けず 勝手放題の人生を送った方かも知れぬ。 本にまでなり、話題を撒いた時もあったのか 私は初めてその人の事を今回の騒ぎで知った。
 愛犬の死を どう受け止めたのか知らない。モリカケの騒ぎから一転、どこもかしこも この事件?を流す。変わり身の早さにはウンザリだ。 それと同時に12日に行われるだろう米朝首脳会議、日本も遅れをとった?とは言えず 総理ご夫妻で渡米した。 方や 大阪地検の不起訴判断にと 目まぐるしく且つ溢れる情報は異常としか思えない。
 川柳の・・・人は人・・・・。確かに人それぞれだ。 貴方なら どんな人でありたい? と尋ねられたとしたら どう答えますか? 志が薄いのは ある意味で モノが溢れ 使い捨てが常態化した日本の社会に原因があるかも知れぬ。
 身近で起こっている事、何度も入退院を繰り返している 方がいます。彼は 満身創痍だが良く 頑張っている。ここ数年はずっと闘病生活を送っている彼は 病室から自分の携帯で スタッフに電話をかけてくる。入れ替わり見舞いに来た者に 食べたいものを伝える。
 あるスタッフから≪ ○○さん 何も持って来ないのか?>と言われてしまったと報告があった。
 私の邪推かも知れぬが 周りの人に余計な心配をかけまいとする 精一杯の彼流の思いやりかもしれない。情思尊行 これで生を全うしたいものである。
  東京の市ヶ谷でACEの総会があり、それに参加した。ACEはNご夫妻がマレーシアで障害福祉事業を行ってきたサポート団体、縁あって私は設立当初から参加している。 N夫妻が昨年  現地スタッフに運営を任せ日本に帰国した。現地からの報告では 新たな問題が出ているようで 日本からの支援が必要になっているということだった。ACEの活動で理事長が代わり スタデイツアーという新たな事業が始まった。日本の若者が現地(ボルネオ)に行き 現地での実践を通じて 日本には無い何か大切なものを感じ取って貰いたいというのが狙いだと聞いた。早速 尚恵学園でも誰かを参加させようと思った。日本の福祉現場は一向に光が見えない それどころか ドンドン本来の有るべき姿とは離れて行く危うさを感じている。福祉の現場では過度なマニュアル化・分業化により 考える面白さが薄れ それに代わってデスクワークが急増し どこもかしこも 多くの時間が現場と離れた処で取られている。
 人との触れ合う喜びや感動は  本来の福祉の生命線であった。それがリスク対応や苦情処理等々に汲々としているのが実態ではなかろうか。
 東京の御茶ノ水~市ヶ谷は周辺に有名大学の建物が連なっている。当に全国から集まった学生で溢れる地域だ。昨日は土曜日だったため 秋葉原や上野は人出も多くごった返していた。
 大都市集中の流れは一向に止まず ますます 地方との格差が広がる、今問題に上がっている南海トラフ級の超巨大地震が起こったら被害は数千兆円に上るとの試算が出た。その時は 日本が世界の最貧国になるだろうと。
 どちらが先かではなく その前兆として 大きな問題が連日起こっている。走行中の新幹線の中で無差別な殺戮、5歳の子が虐待される親に許しを請うメモ、・・・・・地獄絵さながらで言葉を失った。 私は今の日本のトップリーダー達の止むこと無き悪逆な言行に少なからず社会全体が影響を受けていると思う。経済の豊かさを追えば追う程 心の貧しさが増すという負の連鎖をどう考えるか!その地位にある者たちがその問題に真摯に向き合おうとせず他人事、これでは もう 全てを取り換えなければ 元の姿には戻れまい。
 本質を弁えず 進歩や発展を望むことは 自己満足に近づくかも知れぬが 道を誤る危うさも大きい。島国 一億2千万の人間が生きる日本、2年後のオリンピック開催に向かって 足元も固まらずにひた走る。問題が起こって その原因解明さえできず 問題の上塗りで隠し通そうとしている。
 ウトウトしながらイヤホンからのラジオを聴いていたら、米国や中国では 音速の何倍も速く飛ぶ技術の開発に多額の予算をかけていて 日本は すでにその点でも遅れをとっていると・・・・・・・・。東京~ワシントンを2時間で飛ぶ飛行機の開発、日帰りで出張できる時代の現実味と意義?
 そこまで やって どうなのか?という事は問題にされないのだろうか? 末恐ろしく感じた。
 人間の成長をも促成し 寿命を伸ばせば 幸せという事になるとは限らない。明日 米朝首脳会議がシンガポールを会場に行われる。両国は勿論、関係国の思惑が絡み合う。果たして 誰しもが望む”平和”への第一歩と成り得るか! 大規模な国と国の戦争は起こらないかもしれない。それに代わってテロや地域紛争が頻発する時代へ。
 本質は 生命をどう捉えるか! という事である。
 昨日 あるドクターの葬儀があった。私は昔から良く知っている。そのお父さんに 尚恵学園を始めた頃、大変お世話になった。その2代目で 大学病院勤務を辞し 父親の開いた病院を継いだ。日本の医療制度は他国と比べて どうなのだろうか?
医療費の高騰 薬価見直し、先端医療機器、専門性・・・・・と医療関係者は様々な課題と日々向き合っている。経営と現場を一手に担う医師達の過労とストレスは際限なし、そういった状況は改善するどころかより深刻になっていると言われている。
 葬儀の最中 無邪気に騒ぐ1歳になった孫に気付く。その子の成長を励みに 頑張って病魔と闘った先生が逝った。5時過ぎに雨の中での納骨を終え 親族それぞれが 家路についた。

3174:起点~終点

 誕生を起点、死を終点と考えると 人の一生は様々、成長の過程で 誰しもが 失敗を経験したり 思いがけない喜びや感動を体験する。これが 仏教で説く”無常”の本義で 諸行は常に移り変わる。それを自分がどう捉えて生を全うするかと謂う事になる。(『徒然草』『方丈記』)
 約10カ月 赤子はお母さんのお腹で育ち、生まれ出た時は 全くの無防備 周りの支えがあって 徐々に成長。その道筋で 環境の変化に対応する術を学び、社会人として 自立。その後、老齢になり 今まで出来た事も人の助けが必要、 その支援を受けながら 己自身の終末に向かう心構え。
 仏教で説く ”思うようにいかない”という現実に直面し、天与の時間軸で現実と自分の生き方をどのように向き合わせるか。 場合によっては 悔やんでも後の祭りということになるかも知れぬ。 ただ、生まれ出た時から 育つ環境が劣悪であれば 個人の責任とするには忍びない。
 平和とは安心である。生を受け心が安らかなる状況を望まぬ人はいない。世の中が複雑になり、問題の解決の糸口さえ判らないことが 多すぎる。様々な利害が犇めく現実は 信頼や豊かさをも、損得で考えようとする。
 多くの人々が自らの立ち位置に確信が持てず 悩み続けてきたことを白状しよう。今こそ福祉という言葉の持つ意味の熟考を!当然の事ながら個々により異なる起点~終点の時間軸で 納得できる人生を送ったという証が有ればこそ 人は癒される。(米朝会談後の雑感)
 今日は 午後から霞が関のイイノカンファレンスセンターで協会の全国の代表者会議が行われ新たな執行部が決められた。この課題山積する時代にその重責を負う選ばれた方々にエールを送る。その晩 私は水戸で泊まる予定があったが 早々にキャンセルしておいた。恐らく帰りが遅くなるだろうと考えたからである。霞が関は常磐線で北千住で千代田線に乗りかえ一回で着く、問題は その後で 地上に出てから 目的地がどの方向かと いつも迷う。何しろ駅名は同じでも出口を間違えると 偉いことになる。
 電車 起点と終点は レールで繋がっている。車内のテロップで 流される情報は 事故などが多く そのトラブルは一路線に限らず 相互乗り入れを行う過密ダイヤ故に 偉く離れた所までその影響が及ぶ。その事に慣れてしまった人達がスマホに向かって時間を潰す。この光景は大都市特有のものだが 正直私にとっては 頗る居心地が悪い。これが繁栄の象徴か、都会で福祉を考えることなど最早 不可能、・・・・・。職住分離という発想も 然もありなん。共生型サービス? これだって 日本に まだ残る地域がある。僅かだが田舎生活に 見いだせる。
 そう考えると 世の中の流れは循環し元に戻ることが判る。なにも焦って我先にと目新しさを追い求めずしても やるべき事はある。違うでしょうか?
 ★『社会福祉法人による「地域における公益的な取組」の推進について。(社援基発0123第1号)H30/1/23.援護局福祉基盤課長通知。この通知は 平成28年度の社会福祉法等の一部改正法律によって 「地域における公益的な取組」を社会福祉法人すべての責務としたものだった。これは最初から問題を孕んだもので違和感を持っていた。 やはり 昨日渡された通知によって廃止されていた。
 この種の責務が何故 出されたか その時直感した 今の日本社会の持つ病と迷いである。今年掲げた「共生型サービス」にも私は同様の危うさを持っている。 何の為にという目的の周知さえされずに 量の拡大ばかりを急ぐ福祉施策の実態。当たり前という事を殊更 取り上げ継ぎ接ぎせねばならぬ事が 核心を曖昧にした劣化社会を証明している。
  
 何年前からだろう? 檀務が急に増え、少々困惑している。何を優先させるかは 当然住職として弁えているのだが 体一つはどうすることもできない。4月に法人内の管理者全てを一転させた。私は理事長職を引き受けているのだから 構わないと思うのだが そうとはならない。これが 今の福祉現場を判り辛くしてしまった。 責任&補償の時節柄 もめ事には 最終的に誰の責任かが問われるもの、だから見なさい! 除災招福なる 奇策を どこもかしこも考える。
 これは 組織存続の為だけではない。個々人も 同じ流れを汲んで もがき苦しむ。
 梅雨の合間の快晴に恵まれ 久しぶりに 自然と戯れる。後半 杖替わりになった耳かきを 上手く使えず その分 自然と歩行数も増えた。 発想の転換は 必要で それは 思いもよらず 突如 頭をよぎることがある。よく考えれば 当たり前のことが多いのだが  エンジンのオイル交換と同様に 汚れたオイルはエンジンそのものをダメにする。人事異動もそう考えると頷ける。
 一ヶ寺一住の寺の仕組み、これが 長く続いてきたのには訳が有る。仏教だけでも 今の日本に7万ヶ寺以上の数がある。それが 将来 無住や廃寺が増えて三割位は無くなるという話がある。それがどうも早まっていると感じています。
 変化の嵐は 地球上どこにあっても吹き荒れている。だからこそ その備えには 何が必要か! 『我が事』『丸ごと』どこかで聴いた様な話だが その核心は”平和” 一人ひとりが その事を良く考え実行に移すこと 自給自足 これを国として保障できない国は どこかが間違っていると思うべし。なんと 朝から纏まった雨が降っている。

3175:笑顔

 笑顔は 周りを和ませてくれる。心底から笑えることが なんと素晴らしいことか! 大笑い 作り笑い 苦笑い 微笑・・・・笑いも数々あれど 貴方自身が良くご存知だ。方や 屈託した顔は 退屈や疲労などで精気を失った姿。できれば それは避けたいものよ。 米朝会議が終わり その後の動きに関心移る。ロシアでのワールドカップ、時差の関係でライブ放送を観ることは難しい。前評判で今回の優勝は混戦必至、日本が世界の順位で61位というのを知り 驚いた。なんとも こんなレベルだったのか? 本場大リーグで活躍する日本人選手に比べると同じプロスポーツでも大分差がありますね。両スポーツでトップクラスの選手の給料には大差は無いのだろうが 平均すれば格差は大きい。
 得点した選手の笑顔 これは自分一人の力で成し得たことでは無い。団体競技故の難しさがそこにはある。
 個人競技でアルバイトしながら選手生活を続けている人も数多い。国挙げての応援があれば 観客も疎らで マスコミも入らない競技のほうが多いというのが実態です。
 昨日は 埼玉の法人の役員会 檀務を調整し 車で向かう。圏央道が全線開通 試に通ろうと思ったのが 不味かった。私の車のナビは更新してなくて 道の無い道路をまっしぐら。下りた処から 方向音痴、結局 何度も道を間違い 遅刻した。
 これも 更新をしなかった私のミス。便利さを当たり前とする世の中の落とし穴。 結局 帰りはナビに頼らず 多少遠回りだったが 知った道で帰宅した。その方が 時間が短かったのであります。苦笑い。
 聖地巡礼や遍路を 行なう人の気持ち それはある思いに共通点があるという。 それは自分と向き合うこと。普段 それが出来ないで 人生の終わり頃になり 決意しても 如何なものか? 仏教は『足もとに注意せよ。真理を外にではなく、自分自身の内に求めよ』 (脚下照顧)を説く。 現実は言い訳がましく 出来ない理由を並べることが多い。それでは 根本の解決にいつになっても達しない。
 内憂下患こもごも  厄介な問題と直面すれば やれこれがダメ あれがダメと 損得感情丸出しの議論 そうかと思うと隠蔽と都合の良い情報の小出しが横行する。 
 TPP交渉で米国が離脱した。様々な憶測が飛び交う。経済連携協定は当に損得の駆け引き、自国に如何に有利な条件で同意するかである。環太平洋の中で東アジアが注目の的となっている。一触即発 交渉が破談すれば 戦争となると危機感を多くの人が感じている、・・・・・。
 方やEUでは 国間の格差の拡大、お荷物と言われたギリシャやイタリアと 牽引国のドイツやフランス、その間にあったイギリスが離脱した。
この度の G7会議で6対1の構図が明瞭になったという。自国保護が強まったアメリカへの反発、その場で 日本がどう立ちまわったか知らない。僅かな情報として 米大統領から安倍総理に≪移民問題に対する言及があった≫という。年間70万人という移民を受け入れてきた米国と働き手として外国人の受け入れを目論む日本との差である。イタリアも選挙で難民受け入れ反対派が政権をとった。一方 日本は 国会が一強多弱の状況 国の為にと言いながら 肝心な事(政権を揺るがすような事柄)をずっと先送りしている。この事をG7の場でトランプ大統領から安倍さんはつかれたということではなかったか。働き方改革が今国会の最大の課題という。何か違和感を感じる。意図的かどうか知らないが検討ベースになるデーターの不具合が判った。 相変わらず国民の判断を問う選挙と言いながら 核心を暈す公約では 何を根拠に投票するか迷うだろう。これが国政のみならず 地方首長選挙まで伝染しては 本来の体をなしていない。
 これでは  いかがでしょうか。
 公約の不履行は違法でない・・・・・ こういった現状では とんでもない協定を結んでしまうかも 3権の歪を修正しながらというのでは時間が無い。 それを避ける唯一の策は 国民一人ひとりが政治に対し厳しい姿勢を持ち 信用できる人を選ぶしかない。
 都市直下型の地震が大阪で起こった。最大震度6弱は東日本大震災で土浦の揺れと同じレベル、あの時の状況は今も脳裏から離れない。日本は世界有数の地震国 過去に巨大地震を何度も経験している。
 今回の地震は発生が朝で 亡くなった方には心よりご冥福をお祈りします。 交通網の混乱やガス・水道のストップ 6弱という揺れの大きさに比べ被害はどうだったのだろう。地震が有る毎に 建築法の改正や危険個所の調査改修などその対応を行ってきた。それでも 現実は いつ どこで どのような地震が起こるかは確定できない。震源となった大阪北部は 複雑な断層が交錯し どの断層がズレたのか未だ判らないという。暫くは余震への注意をするようにとのことだが ・・・・・・。南海トラフ巨大地震の前兆か?有識者会議の予測では その地震が起これば太平洋沿岸には最大の津波が30メートルを超える波が襲うだろうという。その影響は沖縄から北海道まで日本列島全てが入るという。最悪で?人以上が亡くなり 被害総額は???兆円。
 日本書記に記される地震に関するものも多く、日本の各地に地震除けの神社がある。鹿島神宮(茨城)香取神宮(千葉)大村神宮(三重)などが有名です。
 
 経済最優先を掲げること これが目的化してしまうと 豊かさを獲る為には 手段を選ばずという昨今の風潮が怖い。人間が築いたもので 自然の力に優るものはない。今 この状況においてもGDPや物価の上昇に目角を立てるのは 本質を誤る危うさが大きい。彼等はその事は承知尽と仰るが だからといって その責任を取るという覚悟が見えない。
 それは 何故にそうなってしまったか? おそらく ある一定の基準上の選ばれし人達が描く筋書きで この偏りが一般的常識に矛盾するという 想定外の副産物を生んでいるように思う。
 

3176:礎

 


 ≪上記写真:観音寺裏 遺跡発掘現場≫
 地表から深さ2メートル強 縄文時代(約5500年前)の住居跡、宅地開発で建築確認には遺跡調査し 現況を記録に残すことが義務づけられています。霞ヶ浦の周辺台地である神立一帯は縄文時代の住居跡になっていて 掘ればどこでも生活の痕跡が出てきます。上記写真は境内地と地続き、専門家によれば 倉庫群の跡らしい。観音寺は創建され約600年が経つ、その5千年前に縄文人が住んでいたことを示す。お年寄りから畑を耕していると良く土器の破片が出ると聞いていた。
 複雑に穴があけられ 何の為のか 良く知らないが 手で掘ったのは間違いない。発掘作業は重機で約1メートルほどの表土を取り除き 土の色の変化によって区別し手作業で丁寧に掘っていく。関東ローム層の厚みで年代が判るという。関東ローム層は火山灰が降り積もった粘性質の土壌、更新世時代で約250万年~1万年という幅がある。その殆どが氷河時代、海水面の移動があったという。地球上の推定人口も旧石器時代で約300万人が生き残ったと言われている。地球の歴史からすれば この遺跡は限りなく現代に近い時代の生活の跡になる。
 約5500年前 どんな人達がここで生活していたのだろうか?平均30年~40年を寿命として計算しても 200世代の交代があったことになる。
 モノの有り余る時代に生きているとどうなるか 際限の無い欲望は それを満足させるために 殺戮まで正当化しようとする。 これは 地球上の生物で 人間が最も愚かで異常に病んでいる証。
 縄文時代 生きる術としての共同体があったはず、現生人類は動物や木の実を採取し食糧としたことが判っている。食糧を保存することも難しい時代 当然食べられるものまで廃棄することはなかっただろう。分け合いながら生きてきた。
  モノの豊かさや便利さを競う現代人が 気が付けば何が大切かを見失っている。はやり言葉の”共生”も然り それは 共に生きなければ滅んでしまう常況があればこそで 仮説の下での議論をいくらしても 懐疑の上塗りにしかなるまい。
 方や流行を追う危うさについて 例えばSNSや人工知能の進歩は一定のルールが無いと 本質を見失い 道を誤ることになりかねない。 何せ 全てに於いてC(チェック)機能がお粗末となった今日、 その悪例は捨てるほどある。 
 Sさんの見舞いに行った。彼は4人部屋の入口側のベッドに目を開いて横になっていた。声を掛けると ハッキリと返事をしてくれた。声は聞こえるがよく見えないのは 少し時間が経ってから判った。跳ね除けていた布団をかけてやると”ありがとう。温かい”と言った。
 
 午後6時 病院の広大な駐車場には 多くの車が停まっている。もう外来時間は終了しているので おそらく見舞いに来られた人の車なのだろう。ここは県内最大のベッド数を誇る総合病院で 常に多くの患者を受け入れている。Sさんも この病院で入退院を何度も繰り返してきた。 帰る時 ”元気になったら また仕事頑張ろうな!”と声をかけると 頷いた。彼の生きる支えは 自分から選んだ作業所で仲間と一緒に過ごす時間なのです。
  一生自らの宿運を恨んでしまう方もいるでしょう。Sさんの凄さは 頑なに自分の意志を通す強さと 逆境にあっても どうにかして這い上がろうとする粘りである。正直 私には なかなか本心を語ってくれない。言いたい事は沢山あると思うのです。
 人間の尊厳は 手の届かない所にあるものではないと思いたい。
 今日は 朝から霧雨になっている。気温は日中27度位になるという。日本列島がスッポリ梅雨に入り 各地で大雨による被害が起こっている。午前中に葬儀があって その準備を少し早めに起きてやり終えた。葬儀~49日と一日で済ます。62歳で亡くなった弟を実姉が喪主になる。病気が判って1年と経たずに逝った。姉弟二人で育った 亡くなる前に従妹と一緒に寺に相談に来られ、いろんな話をした。強く印象に残ったことがある。亡くなる日 姉さんのご主人の眠るお墓に入れると話すと 本人が親指をたて 頷いたという。
 その時の 弟の眼がとても綺麗に見えたという。
 
 自分が逆境にある時に励ましや優しさ&笑顔によって どれだけ癒されるか! ”無財の七施”は通風を滑らかにする心の窓 安心は信頼が礎となる。
 逆に 信頼を失えば 美しいコトバや行いも 効せず やればやるほど疑念が膨らむ。いずれは人との関係が冷え込み 孤立し、蚊帳の外。これも自業自得。始りは簡単な嘘かも知れぬ 段々取り返しがつかない状況になって後の祭、墓穴を掘る&奈落の底(魔境)、それでも他の所為にする。
 でも 安心して下さい。世の中には そのような人ばかりでは無い。真逆の生き様をされている方が必ずいますよ・・・・・・。見返りを望まず 己を誇らず・・・・・・。 今こそ そんな人に出会いたいと思いませんか?
 いつも 先哲のこの言葉を思い出す。≪この子らを 世の光に≫ 何故だろう? あの時代に この子ら 世の光 では無いのでしょう。胸に手をあてて考えれば 今の世になることを予測していたのだ。 人の価値は 何によって測られるべきか?を説いた。 もういい加減に その事に気付いても良いのではないでしょうか。 
 報恩や感謝という言葉、これは打算ではできない。損得勘定が入れば 忖度したくなる。その言い訳は 聞くに堪えないものとなりましょう。
 日本社会の危うさ 敢えて言わせて貰うと 勘定尽(かんじょうずく)社会 規制緩和や特区と称し 訳わからずの道まで用意した。 最早 袋小路 引き返しつかない状況は  更に増殖し続けています。その暴走を止めるには 新たな道を作るか 通行止めにするしかありません。くどいようだが忘れてならぬのは 大義  間違っても特定の人に権力が集中しその者に仕えるのではないという事である。 
 ★ また 始まった! 燻り続く 胸算用 ★(ナマグサ投句)

3177:集客力

地方都市の商店街は 当に存続の危機に直面しています。車社会が言われたのは昭和50年代、いつの間にか一人一台となり、今はそれ以上。全国各地で広大な駐車場を持つ郊外型大型ショッピングセンターが出来始めた。そこへ久しぶりに昨日行ってみた。半分以上空いた駐車場、店の中に入って 目立つのが 各店の前で売り子が客引き に必死、最近は週末でなければ どの店も客数は疎らになっているようだ。 やはり潮目は変わっている。当然 売り上げに反映していることだろう。客の立場でいえば 嘗て賑わった商店街は空き地ばかりで買う店が無い だから そこに行くのです。それだって 何かを買いたいという訳では無い 要するに 暇つぶし?大体は近くのコンビニで用は足りますから。 そのコンビニも増え過ぎて共食い状態、なにせ 私の住む地域でも車で5分以内でコンビニが10軒近くあり 飽和状態。
 これって市場自由主義経済とか謂うんだったでしょうか? 俄かに拡がったネット販売、これだって同じようなものが次々に出来 競争激化、今は気にいらなければ理由を問わず無料で返品可。 注文して 封を開けないものまである時代、これにストップをかけられますか?
 流行はいずれ廃れる。次々に新手のアイデアが生れて市場経済は成り立つ。これは幻(VR)じゃ~ありませんか。

 Kさんは パン屋の仕事が終わると近くのコンビニまで毎日歩いて買い物に、何を買うのか? 某スポーツ紙を買うのが目的、店に協力をお願いしKさんの為に毎日 その新聞を残して置いてもらっている。他のモノは買わず 興味がないのか 我慢しているのか 私には判らない。
 多分 我慢しているのだろう。時々 ついでに買ったお菓子を食べながら帰ってくる姿を見ると頷ける。
 そのKさんが最近 手帳を見せながら 私に訴える。 自分は此処に今度買に行くんだと。 良くみると 人気のパン屋の名前が書いてある。これは 最近オープンしたライバル店そこの店のパンを食べたいのか?或いは 下調べ?
 
 ワールドカップロシア大会がグループ毎に予選、上位2チームに入り決勝トーナメントに進むため 凌ぎを削る。時差の関係でライブ放送がどうしても日本では夜中になり、寝不足になる人も多いのではないだろうか? 正直 私も勝敗が気になる。それでいて最後まで観戦することができない。眠くなるし結果を見るのが怖い?辛い? 代表メンバーに選ばれ まだ実戦に出られない選手の気持ちを考えると 性分でしょうね。見ていられない。ロシア大会は本命が苦戦している。最終的にどこが優勝するか 未だ読めないようだ。 これは 力の差が狭まっているという証かもしれぬ。何しろ 選手の大半は ヨーロッパや南米のプロチームで活躍している連中だから。ご承知のように 日本チームは間際になり監督が替わった。大会前のテストマッチでは 連戦連敗 これはもう駄目かと皆が思ったに違いない。いざ 蓋を開けてみると 早々に勝ち点3を格上のコロンビアからもぎ取った。2戦目は引き分けで勝ち点は1.これだって大会前の予想では日本が勝ち点ゼロということを言っている専門家が結構いました。
 
 日本戦での応援席には 日本人も多い。あの人たちは 仕事はどうなんだろう? 仕事を辞めてきた人は少ないとは思うが 羨ましい。ロシアは広大な国である。会場と会場を結ぶのは 恐らく飛行機、寒い国を連想するが そうとも言えないようである。
  全国 梅雨の真っただ中 この時期 快晴は望めないが 気温はかなり上がっている。連日30℃を超え蒸し暑い。雨期 植物には 様々な病気や虫がつく。その対応に追われている。順調に回復した芝生、葉が円形に枯れる病気が出てきた(ラージパッチ病)。知人に教わったりネットで調べて対応している。生き物には それぞれ成育に適した環境がある。それが狂うと障りがでる。正直なものである。
 これは 人間とて 同じ  その難しさに通底するものがある。
 私は何年もプリウスを乗っている。当時はバッテリーが持たないと言われ、途中で交換しなければと思っていたが いたって快調である。これは 定期車検があり、整備を行っているから、維持できていると思う。次々に新しい車が出てくるが あまり関心はない。今の車で満足している。
 部品の交換やオイルの交換、これが重要、それと道路事情が昔と比べ 舗装された道が多く、車への負担が少ないこともあろう。
 人間の体も同じ、定期的な健康診断を欠かさず行っている。それで病気が発見され 早目の処置により大事に至らないことがある。車で言えば もう何十万キロ走ったか 判らない。健康管理は自己責任、体力に合わせ 仕事量のバランスを・・・・・。
 五感の衰えは 60歳を境に自覚している。あと一カ月半で68歳 低速運転も慣れてはきたが 性分が邪魔をする。
 何もしないと夜目が冴えて眠れないが口癖に。
 ほどほどに 淡々と ・・・・・和顔愛語の遍路みち!

3178:心の免疫力

 人間万事が塞翁が馬・・・・人生は吉凶・禍福が予測できないということのたとえ.
2日間で文庫本を一気に読み終えました。『不幸な国の幸福論』加賀乙彦著: この本は本棚の隅に置いてあった一冊です。精神科医の作者が「幸せになれない日本人」の秘密を解明し 幸福になる為の発想の転換を説く、あちこちに赤線やページに折り目があって 以前に読んだものと直ぐに判った。それも丁寧に。
 作者は医師になって東京拘置所医務官勤めが最初、 様々な犯罪を犯し刑務所に収監された人達と向き合う中で 収監された理由はそれぞれで 1929年生まれの加賀は敗戦を16歳の時に迎えた。戦後は物の豊かさを遮二無二追い続けてきた日本、経済最優先でGDPで世界第2位になった。そして日本が豊かさを獲た割に 多くの国民が将来への希望が持てず不安な生活を送っている人達がいる。
この本の中で書かれている ≪心の免疫力≫という言葉は 意味深である。日本は一年間に3万人の自殺者がいる、世界の先進国でも最悪、未遂者は10倍以上いるだろうと言われる。なんと 一年の間に30万人の人が何らかの理由で自ら死を選んでいる。この本が書かれたのが10年前(2009年)である。1ページ目には K青年により17人が殺傷された秋葉原通り魔事件を取り上げている。この一カ月の間に起こった事件は 20代の若者が無差別に それも新幹線や駐在所を襲い貴い生命を奪ったのである。なぜ このような凶暴な犯罪を起こしたのか犯人の真意が計り知れぬ。これを個人の問題としてだけで片付けてしまったら 同様の事件が再び起こる可能性が大きい。なにか 根本的な対策を国を挙げて考えないと 大変なことになる。そう考えた時 今の政治や行政の在り方に疑問を感じない人は無いだろう。丁寧な説明とか国民の為という言葉の空回りは 国民の諦め感を醸成することはあっても 不正に対しての怒りが消えてしまった。このまま今の状況を許してしまう 日本人は世界の中でも特殊な存在なのでしょう・・・・フランス人は「人と同じ」を怖れて心を病む(前掲)・・・・・と聞いた。「考えない」ことが習慣化してしまう環境は ドンドン進む。電車の中でスマホに釘付けの乗客 これが 物質的な豊かさを求め続けた到達点?
 日本全体が 明らかに”こころ”の問題を軽視しすぎてきたと言える。自ら考え 行動に移すことが苦手となり 労働の意味さえ曖昧となった。不信感や孤独感を払拭する術が判らず 周りの目を気にする。そして 何が大切かをどこからも問われることも無い。 政治への無関心層が一向に減らないことが 明かに証明していると私は思っている。 自分さえ良ければそれで良しとする 似非 個人主義の蔓延が起こっている!イコール”幸せになれない日本人” 
 これが書かれた10年前と 何一つ変わっておらず 寧ろ一層深刻さが増していないだろうか!
 
 嘆き憂いてばかりは いられまい。 
 某病院で 衝撃的な場に偶然に出くわした。 おそらく1歳ちょっとの男の子だろう。子供用のベットに載せられ 周りに4~5人の医療スタッフが付き添って手術室に向かう所をエレベーターの前で出くわした。その子は とてもあどけなく可愛らしかった、これから何が起こるか判っているのだろうか? 多分 ベットの周りの大人達の中にお母さんかお父さんが付き添っていたに違いない。いや そう思いたい。 偶然 私と目があってしまった。
 一瞬 脳裏に浮かんだのは 生命の尊厳、 健康に育つことが どれだけ多くの恩恵を得て成し得ることか!その事を普段 現代人はあまりにも考え無くなったのではないだろうか!いま こうしていることを当たり前と考える。この幼子が無事 手術に成功し これから元気に生活できることを心から願う。
 そして今 この病院の7階にSさんが入院している。彼は 既に何回も入退院を繰り返しています。去年 尚恵学園の仲間達で何人かの人が亡くなった。その時 仲間が皆でその方を見送った。その時のことを良く覚えています。
 福祉の原点・・・・・支え手が利用される人から多くの事を学ぶ関係が持ちつ持たれつという人生の綾を知る事になる。 これは決して変わってはならぬ事。
  幸せを追求する人生から、幸福を生み、担う生き方へ・・・・・その人の生きる姿勢が 幸福を生むということが核心となると私は思う。 
 梅雨が明けた。例年にない早さだという。
 連日30℃を超える猛暑は 日本列島を覆った。ワールドカップのロシア大会も決勝トーナメントに移った。サッカー界も確実に世代交代が進んでいる。スポーツの世界は能力によって対偶の差がでるのは当たり前の世界、2020年には東京でのオリンピック、前回1964年に同じ東京で開催された時は私は中学生だった、校庭から聖火リレーを見た。その前の開催となると1940年になり、ちょうど80年前で開催地は 東京府東京市となっている。
 オリンピックは世紀の大イベント、その準備も大変だろう。
 始れば多くの外国人が日本を訪れ 今の日本をどう思うだろう? 明らかに前回当時とは違う。新幹線や高速道路が縦横に走り 移動も実に便利になった。反面では、複雑化したという逆の評価も出ている。 地方都市に行けば 市街地のメーン道路は車も人も通らない。
 これを無駄と考えるかどうか? ベルリンの壁が崩壊したのは、1989年11月9日、それまで東西の交流が禁止されていたのが その日を境に自由になった。いま そのベルリンがどうなっているのでしょう? 訪れた事が無いので判らないがテレビ等で旧東西ドイツの街並みを観る限り ビルの数や木々の多さに 違いを感じた。その後起こったEU統合も 多くの課題があるようで 離脱の動きは消えない。今回イタリアが新政権になって 移民問題などが微妙になっている。
 世界情勢が一刻一刻変わる中で 日本が どう立ち位置を定めるか この舵取りは 党利党略などとは次元を異にする国としての責任です。今こそ日本国民一人ひとりが政治への関心を高めねばならない 政治家そのものが信頼に値するか否かその言動を見極め判断を下すべきと思う。 単なる数合わせで離合集散を繰り返すのではなく 己の役割と責任をどう果たすかの一点に絞られる。
 ・・・・病に対し抗生剤を使い過ぎれば より抗菌性が強まる。自浄力&免疫力は 己自身の問題であり 将来を託す 子供達に大きな影響力がある。

3179:風雲急を告げる

 関東地区の梅雨が明けた。梅雨明けの早さでは新たな記録とか、連日の猛暑 我々人間のみならず草木にとっても 水不足と暑さで悪影響が心配されてます。そこにきて台風7号が発生し 九州から四国に大雨の被害、縦長の列島は水不足と洪水が同時におこる。この時期の雨は予想しづらく、案の定 各地に被害が出ている。
 尚恵学園も暑さ対策に苦労する。連日のあまりの外気温の暑さにエアコンの効きが悪い。また25度を超える熱帯夜が続き 寝苦しさに、体調を崩してしまう人も出ている。 暫く目が離せない。農家もこの水不足にやきもきしている。梨や桃の果樹農家、それと畑で野菜を作る野菜農家も同じ、北海道は大雨続き 水田が冠水し 稲作被害も想像できない様子。
 寺にとっては 7月~8月は一年で最も一番忙しい時期。最大の催事である施餓鬼会を含み 自分の寺だけでなく 他の11ヶ寺の助法にも出仕する。いつまで やってるの!いい加減にしろよ!どこからともなく聞こえてくるのは どうもあきらめと誹謗の声かも知れない。昔なら性分で そんな風に言われれば反発し余計に燃えたものを 今は素直に頷いてしまう。風雲急を告げる中  この夏をどうにか乗り切りたいものである。
 怖いと感じるのは サッカーで話題沸騰 一夜明けると 朝鮮半島の外交問題、それと身近な事では東海第2原発の再稼働の動き・・・云々、何か追い立てられるようで じっくり話し合いができない内に 重要な事がドンドン決まってしまう。これで 誰も責任をとらないという構図の時代に生きているということである。
 天気予報の難しさ、気象衛星や大型コンピューターによって予報の信頼性は高まったけれど 今回 梅雨への後戻り現象? 線状降水帯という聞き慣れない言葉、積乱雲が次々に出来 長雨を齎す。月平均降水量を数日で超えてしまうような大雨は 各地に河川の氾濫やがけ崩れを起こし、大きな被害となる。
 これが 日本のどこにでも起こる可能性があるという。それとM6クラスの地震も同じ この対策は どうも後手後手となっている感は否めない。東海第2原発の再稼働への安全審査の合格というニュースが流れた。現実に再稼働できるか否かはまだ課題が多く 30キロ圏内に住む人の数が100万人という多さや設置市町村のみならず 隣接する5つの市町村の同意が条件というから 簡単では無い。現実に避難計画も出来ていない中で強行突破するつもりだろうか?
 5キロ圏内に住む高齢者や障害者を運ぶ特殊車両が1000台必要というが 用意できない。ならば国庫補助で放射能対策した建物への改修補助を考えるとか ?????。
 核の平和利用という事が現実に福島原発事故の反省もなく 人口過密地域にある東海原発を再稼働するというのは とても受け入れられない。
  そこに 一連の国会審議で何が信用に値する情報なのかという疑念が再燃する。 
 そこに またもや 高級官僚の受託収賄罪事件が明るみに出た。ポストを利用した利権絡みの事件は一向に無くならない。あれだけ国会で騒がれたにも関わらず。働き方改革を優先する前に やるべき事があるはずなのに ・・・・
 人を愚弄するにも程があろう! 日本人が飼い慣らされてしまった夢をみた。お駄賃や飴玉を貰う代わりに 自分で考えることを放棄した。今が良ければ 自分さえ良ければ・・・・・・。都合の悪い情報は流さず 集中砲火を浴びせる。
 夢か現実か?
 見てごらん!お隣の韓国やマレーシアのトップが司法によって収監され裁判中、行き過ぎでしょうか?やり過ぎでしょうか? 江戸幕府の統治制度は徳川家光による参勤交代制により完成した。人質(正室と世継ぎ)を江戸に残し 大名は国許と一年置きに行き来する。その財政負担は相当なもの、幕府に反旗を向ける力を削ぐ効果があったという。
 現代日本は制度や仕組みをあまりにも変更しすぎる。結果 誰の為 何の為 が曖昧になる、その不満に応える為に より複雑で判り辛い仕組みを更に作る。 これ由々しき事 限りなし。

3180:HPリニューアル


お待たせしておりましたが、おかげ様を持ちまして この度HPをリニューアルすることになりました。時代の流れに見合う内容と使い易さが必要との無言の説得に折れました。半生を振り返りますと 20代の頃 手書きガリ版でつくった広報誌を知り合いに手渡しすることから始めました。あまりに字が汚いので支障があり、見兼ねた知人がご自分で使っていた活字印刷機をくれて、それを見よう見まねで使い始めた。その後は ワープロで夜が明けるのも忘れ、寺報や学園だよりを出し続けました。一先に取り入れたパソコンで最初に学んだのがワード、手引書を見ながらでした。拘りもここまでくれば本物か!作成ソフトを7回バージョンアップした。しかし、ツイターやフェイスブックと新手のツールが登場、そしてスマホが主流となった昨今、さすがに独自編集の限度を感じ 最近は いつ編集者をバトンタッチをしようか そればかり気にしておりました 。法人内にHP作成検討会ができ、いくつか業者の提案を検討し、出来上がった新しいホームページです。これから更に内容を充実し 見応えのあるものにして参ります。
 一抹の寂しさを感じますが、何故か 最近は黄泉路から≪もう いい加減にして 任せろ!・・・≫との叱咤の声が聞こえてくる。
 ≪いずれ 行くから 待っていろ!≫と答えてはいるが もう 暫くは 我が子のように育てた このページが愛おしく 閉じずに細々と継続して参る所存 隅から隅まで ずずずい~と こい願い上げ 奉りまする。(新ホームページへ))

3181:共に良かったと感じたい

いったい人間の細胞の数はどの位あるのでしょうか?60兆個とか最近では37兆個とか言われています。それにしても凄い数になるのです。20歳頃から1年で1%位細胞が新旧入れ替わるとも言われます。しかし、変わらない細胞もあるとか、その代表はDNAと言われるもの どこかで聴いたことがあると思います。”私のDNAですから 仕方ないですよ”と親からの遺伝体質をそんな風に言って 言葉を濁す。
 十人十色、それぞれが違います。その集合体が家族や地域&国となりますから 和を保つことは難しい。新たなホームページを開くと最初に”共に良かったと感じたい”という言葉が出てきます。これは尚恵学園のコンセプト”(考え)、≪共生≫を判り易い言葉で表わしたものです。 世界の総人口はどの位でしょうか? 日々変わっていることと 国によっては正確な数を出せない所もあり大よそという数になりますが、74億人位と言われていますね。この数は過去6000年間に存在した全ての人口の5分の1と言われます。
 急激に人口が増えたのが第2次世界大戦の後なそうです。一人の人間の細胞の数に総人口をかけるとどうなりますか?”宇宙”ですよ。
 ”共に良かったと感じたい”これは仏教的に言うと、四苦(生老病死)を念頭に置いています。一人の人間がこの世に生を受け、歳を重ね老いて、病と向き合い、そして死を迎える。仏教では”苦”という考えを用いて誰しもが経験する真理(諦)を説き明かす。
 我々が目指すものは 一言でいうと『共に良かったと感じたい』となるのです。決め付けや見た目じゃ~なく 共に感じ合うことで 喜びとなる そんな居場所を目指すのですね。
 人間はいかに自然と共存できるか?様々な開発が環境にあったものとして上手くできれば良いのですが 利便性や機能重視の計画は 合法だとしてもどうしても無理がある。大雨による河川の氾濫や土砂崩れ 大切な人命や苦労し築き上げた財産を一瞬にして失う悲劇、豊かさを謳歌し、遮二無二前に進むことを良しとしたツケだろうか。原発もそうだ。今回の何十年に一度の非常事態(気象庁)の中で原発への被害の有無は殆ど報道されない。稼働していないものが多かったからかも知れぬ。7年前の教訓を日本人は活かそうとしているでしょうか?国の定める安全基準で合否を決めるというその基準自体がどうなのか?
 電気の無い生活に今の社会は設計されていない。数百年周期で繰り返すという 南海トラフ大地震に関する有識者会議の被害予測が発表された。もし 現実に起こった時には 日本が最貧国になるかもしれないとの報告も想定の話と受け流された感が強い。 ・・・・東日本大震災を超える甚大な人的・物的被害をもたらす 国難ともいえる巨大災害・・・・(2012:中央防災会議)
 願い事は簡単に適うものではない(求不得苦)。だからといって諦め何もしなければ どうなるか? 国は それに対する準備怠らずと言いたいかも知れぬ。本当にそうだろうか?というのが国民の偽らざる心境ではないだろうか!防災はある基準を設定しなされる。その基準を大幅に超えることが 簡単に起こっている現実。
 計画があっても先送りされ 手つかずのモノも沢山ある。今回の大雨で 堤防が決壊し大きな被害を齎した場所。関係者の話では国が今年から本格的な護岸工事を行うことが決定されていた場所である。
 TV画面の隅に亡くなった方と行方不明の方の人数が出ている。被害の状況が判るにつれて その数が増えた。九州~四国~中国と広範囲に及んだ 今回の大雨被害、その報道をTVで観ていた時に房総沖で発生した地震の緊急地震警報音が鳴った。 日本が集中砲火を浴びているような感覚になった。いずれも相手が判らない。 仮想敵国を想定した外交や 防衛問題を盛んにメデアは流した。米朝会談後 それがどのように進展するか 不透明。
 ユニセフによる 医療補助 昨年 申し込みを行った。ワクチン接種で 世界には多くの子供たちの生命が助かるという。
 理想と現実 いつの世も このギャップに人の心は揺らぐ。一進一退 否 より状況は深刻になっている様に思う。
  少子化問題を盛んに取り上げる割には その子供達をどのように育てれば 良いのか この辺の方向付けが曖昧になっているニッポン   ” 嘘をついてはならぬ ”これを堂々と子供達に言える大人たちが どれだけいるでしょうか? こちらの方が問題が深刻だと思ってしまう。慚愧に堪えません。・・・・共に良かったと感じたい・・・・・これは 互いに信頼できれば こそということになる。
 

3182:今こそ

 西日本全体に大きな被害をもたらした集中豪雨は線状降水帯という停滞前線によって引き起こされました。網の目状に河川があり、支流から本流に雨水があつまり 想定外の水量が堤防を壊し 各地に大きな被害を齎したのです。
 まだ 多くの行方不明者がおり、懸命の救出作業が行なわれています。 雨が止み 一転した猛暑の中で 繰り広げられる救出を私達はテレビの画面を通じて固唾を飲みながら見守っています。 この大惨事にあって 日本が何が大切かを今こそ真剣に語り合うべきと考えます。
 そして 政府に望むこと 貴方達がやろうとしていることを 本当に国民に理解されているかどうか!自党内でオープンに議論する姿を見せるべきではないだろうか! それなくして いかなる改革も 実の無いものとなりかねない。定数を増やす事より 優先する課題はそれができない制度を公開の場で検証すべきでしょう。
 不信感を払拭する本気度です。
 GDPの順位を競うことより もっと大切なことがあることを問うべき時にきたと私は思っている。幸福度や健康寿命、これは一人ひとりの人間に向き合うことが条件となる。個の尊厳や差別禁止、虐待や自死者の多さ、・・・・・そして 格差の拡大、一強多弱一党独裁が貴方達が目指す健全なゴール?肝心な選択の情報を意図的に操作するとしたら これは民主主義にとって致命的です。 自由な競争によって全てが上手くいくという発想は、日本のように成熟国家(?)においては どうなのか? 自由であってもルールがあるはず、この一点だけみても オカシクなっていませんか?優性思想や大企業一人勝ち、これは 今回のような自然災害時には 殆んど機能しない。国家の責任は 脅威から国民を守る、まさに その事が今回の未曽有の災害において露出したと私は思う。
 地球が 今後も安定した環境でいられる保障はなく、むしろ 地球が悲鳴をあげていることに 目を向けるべきだ。その先頭にたって 日本が旗振りをすべきと思うが なにかやっていることに表面的で一貫性を見いだせない。
 国家の保守傾向が進む中で それに便乗していくことを是とすれば ・・・・・・。もはや 後戻りすることは不可能なのだろうか?
  経済の豊かさを最優先に目的化した時に 矛盾が生れる。 マスコミ報道では大きく取り上げなかった出来事があった。東海第2原発再稼働への安全基準合格の決定である。30キロ圏に約100万人が住む、日本に54基ある原発でも突出した人口密集地にある日本最古の原発です。今もって福島原発事故の処理見通しが立たない中で万が一 同様の事故が発生した時 何を安全基準とするのか?国民に詳細には説明されていない。 第1の矛盾は車イスで避難しなければならない人達に 国は建物への放射能遮蔽工事の助成をおこなって その場に待機せよ!との方針を示している。これは 一体どういう意味があるのか?弱者を 非難させず 置いてきぼりにすることを国が認める判断と捉えらえないだろうか。直感したことは 最早机上の計画だということ。現場をしらず 何を言うかとの怒りを感じます。支える人達への配慮が欠如。職員の家族を有識者なるメンバーは念頭にない。否 自分達は支え手にあらず 安全な場にいて戦略を練ることだけ。ならば支援者がなく 車イス生活をされている方だけを放置するとの考えか!この国のリーダー達は 人間の尊厳を どう考えているかに答えるべきである。 メデアはこの結果を簡単に触れただけ、ここに   今のこの国の危うさをみる。表面を繕う その場凌ぎ的判断とそれを認めない強引さと驕り、矛盾解決への無力感と焦りを感じる。
 仏教に身口意の三密行というものがある。それは 定型の行動マニュアルではない。個々の人間が己の本質を見極める道筋である。勿論 それは外からの評価では無く自身と向き合うことで育む変わらぬ教えである。
 国の選択で 現在の日本では考えられない出来事がマレーシアで起こった。『他に適当な人物がいない!』 いま 日本に蔓延する国民の焦燥感である、マレーシアで 92歳の元首相マハテーイルが再登場した、1957年から60年続いた与党連合に対し”NO”を突き付けた国民の意志である。

3183:美郷温泉雑感

 徳島線の阿波山川駅から車で15分程行った所に一軒宿がある。宿泊定員は27名と小さな宿である。そこに4人で泊まり ”声のアーカイブ”(仮称)のインタビューで訪れた。元々は公共の宿だった処を地元の医師が買い取り営業を続けている。その医師は地元に診療所を開き地域医療をすすめている。国際医療協力隊でサンビアに行き医療活動を行っている方だと聴いた。
 派手さは無いが 自然と一体になった宿の風情、そこに働くスタッフの人情味 実に快適で食事も美味しかった。4人の中でお二人は現在はここ阿波山川に住んでいる。 頂いた名刺の肩書は”農夫見習い”裏は英文で書かれてある。今回の聞き手を引き受けてくれたY氏は 長野に自宅があり 福島との往復生活を震災後続けている。アパートを借り福島県内を隈なく回って地域福祉の体制づくり自立支援協議会の立ち上げ指導を福島県から頼まれずっと続けている。私は 自称事務局員、札幌のK氏から指示を受けたと勝手に思っている。 既に4本のテープに声を収録できた。福島 札幌 旭川 徳島と様々な場所で話を伺った。それは 皆さんが今の活動の拠点としている所で話を聞き 想いを残したいという目論見である。今回のNさんは 第二次大戦中にお父さんが戦死したボルネオで障害者支援活動を25年以上行ってきた。ボルネオのジャングルを自分達で切ら開き 通所の障害者支援サンター”ムヒバ”の事業を行ってきた夫妻である。2年前に現地の人に運営を任せ 帰国した。
 皆さんが熱き思いを持ち 障害者福祉の分野でのリーダー達で 今も活動を続けている。この活動の切っ掛けは”やまゆり事件”17名の障害のある人を殺害し、24名の方が今も受けた傷の後遺症に苦しんでいる。その犯人が逮捕後に語った言葉は 今も変えていないという。≪やまゆり学園の利用者で障害の重い人を選んで殺傷したのは 国の為になる≫という発言である。罪を悔いる思いは欠片も無いという異常性。そして 運営主体である神奈川県は一先に 今の場所に建て替えることを発表した。それに対し関係者から疑問の声があがり 対応策が振り出しに戻った。この流れの中で 危機感を感じた人達が 自然と集まった。2年の間に紆余曲折があり 結論は各地に語り合う場が作れないかという事 それとこの仕事を続けてきて心から良かったと思っている先人達の声を残してはどうかとの提案があった。 それで”声のアーカイブ”(仮称)の取り組みが生れた。
 今までに4人の方々の声を記録できた。この試みがもっと広がり 生の声を残せればという思いが強まる。
 誰の声を記録するかその人選は人伝えの情報が確かだとなった。そして あの人は良いよねという声が少しづつ出てきている。
 制度や仕組みの議論は”仏作って魂入らず”に成り易い。今 心の問題が置き去りにされてきたことに疑問を感じている人が増えている。  これは勿論 福祉現場だけの問題ではないが 障害福祉の分野からも 何か出来ることがあるのではないだろうか!”この子ら 世の光!” 糸賀先生のこの言葉を座右の銘にしている人を 私は大勢知っている。私自身も勿論その中の一人です。
  
 羽田から徳島に向かう飛行機から紀伊半島の景色を眺めていると山肌が茶色になっている所が目立つ。大雨による山崩れの爪痕だった。まだ 真新しい。山間をうねりながら流れる川が土砂により堰き止められ ダムのようになっている箇所もあった。
 今回の大雨で亡くなった方が200名を超えた。依然として行方不明の方も多くいる。
 そして 記録的な猛暑が列島を襲っている。未だ自然火災まで至っていないが アメリカやオーストラリアでは 毎年 森林火災が起こっている。焼失した自然が 元に戻るか否かは判らない。
 寺は施餓鬼の準備真っ最中 その間に 境内の掃除が正直間に合わない。雑草が直ぐに伸びてしまい 例年 檀務の8割方は 掃除にとられる。今年は早目に頼んだ塔婆がなかなか出来て来なかった。理由は 塔婆の材料になる木材が手に入らなくなっていると知った。カナダやアメリカの森林火災の影響もあるという。何しろ 塔婆の材料は殆どが輸入材によっている。
 日本は 国土の大半が山林 昔から清らかな水と綺麗な空気の恩恵を受けている。ただ その森林も今は荒れている。このままでは 自然災害も これから先 縮小するどころか ドンドン拡大するような危うさを持っている。
 先程 やや強い揺れがあった。茨城県北部が震度4という。そして 震源は茨城沖 深さ50キロ。数分後 また揺れがあった。
 テレビでは 震源が 最近安全基準合格が出された東海第2原発から近い処であった。 長崎県の高校生が 核兵器廃絶を訴え この酷暑の中を一万人署名を行った。一方 広島では今回の大雨で100名を超える犠牲者が出た。広島と長崎 8月には いつも平和の祈りが 既に70年以上続けられてきた。
 人間の飽くなき欲望や横柄さはいつの時代にあっても決して無くなることはない。自然が警鐘を鳴らしている。地震 水害 噴火 ・・・・。国と国の争いは一向に無くなわらず 地球上のどこかで常に血なまぐさい争いが起こっている。
 国を治めるリーダーの資質が問われる 自らが選挙で有利に働くことを 狙う これは本末が転倒している。彼らの妙な眼光の鋭さと狡賢さが 大きくズレていると感じながらも 何かを怖れ 取り巻き追従している。

3184:自然との共存

 インドネシアの大学で行われる国際会議に出席しているN先生からメールがあった。教え子が自国に戻り 大学で教えていると聞いたことがあった。テーマは地域経済の強化というから 専門が違うのではないかと思ったが それは日本人的発想で 恐らく多民族国家で海外交流の盛んな国での地域は 日本とは違うのかも知れない。また 日本のように成熟化した国とは違い あらゆる面で活力が漲っているように思う。将棋界の羽生さんが7冠の王座を独占していたけれど いつの間にその全ての頂点が違う棋士になった。将棋界の若返りは目まぐるしい、そしてコンピューター将棋から育った人達の台頭だ。
 師匠に弟子入りし 技を極める職人や勝負の世界が変わった。
 先日 徳島で4人で話し合った時に話題に上がったのが、”individualization”で 個別化とか個性化と訳すらしい。言葉の理解は難しい。個の尊厳の解釈も様々 だったら 自分さえ良ければで良いじゃないかという考えも受け入れられる?
 この加減は微妙、極端を忌み嫌う日本人の思考は 自然との共存の中から生まれたと言われる。一年を春夏秋冬に分け 昼と夜の時間が同じ日を彼岸の中日とした。日本各地に残る伝統の行事も神仏信仰への寛容さがある。 家の中に神棚と仏壇を揃える家も多かった。しかし 今の酷暑は尋常ではない。今後 斯様な状況が続くのだろうか? 丹精込めて作った稲が 濁流に飲み込まれ 無惨な姿になったのを見て茫然と立ち尽くす。古く江戸時代の士農工商の役割は 明快だった。日本人が大切に守ってきた文化や風習が消えようとしている。言い訳や出来ない理由のオンパレードを許す社会は決して褒められたものじゃないだろう。それは この国が 何を目指し 次世代に何を繋いでいくかという 核心の再確認ではないでしょうか!

3185:泰然自若

 四泊五日の雲隠れ? 果たして人の体は 再生可能(?)出来るものでしょうか? 人間の体は60兆個という細胞によって作られているという その細胞は 新陳代謝し 新しい細胞への再生がなされるという。老化の進み方は 人それぞれのようだが、筋力や記憶力などの衰えは一般的に六十歳を超える頃より自覚する。私の場合は 物忘れは毎度のこと、その度に何度 誤ったことか判りません。 それで改善できれば良いのだが また繰り返す。今回 病室で丸5日間だったが横になっていると 筋力の劣化は相当進むことが判った。怖いものであります。筋力のピークは35歳頃と謂われ 加齢と共に鈍くなる。それが 様々な形で現われる。
 自己流の脳の働きのチェック法ですが、私は呪文(?)を唱える。いつものとおり間違いなく謂えれば 脳の機能は大丈夫と考える。しかし、筋力は呪文(お経)ではどうも判定は難しいのです。般若心経~懺悔ノ文~十三佛真言~施餓鬼過去帳の文・・・の暗誦、これは僧侶になって毎朝本堂で唱えてきた。これが言えなければ 尋常でなく 僧籍を辞する時だと考えています。
 昔からそうでした私は泰然自若とは 中々参らず 周章狼狽することが多かった。己の至らなさに 何度も悩みました。幸い この歳まで 親から貰った身体は充分 働いてくれました。大病もせず よくぞ 動いてくれました。今後は そうは参らじ、観念し 心して 精進 努力することだと思っています。
 ナマグサが気付いた事は なんとも確信の持てないことばかり。。。。。 ただ 性分でしょうか いつの間に このことすら忘れ また 右往左往が始まるのです。日本列島 沖縄~北海道全てにおいて記録的な酷暑 連日 警報が出されています。 2100年には気象庁の長期予報で日本が44度の時代になるという。これは 個人が自分の生命を守ることの限界を超えている。G20やG7 経済にばかり関心が向き 争いを繰り返す人間どもに 自然が鉄拳をふるっているのですよ。 
 埼玉県の熊谷が41.1度を記録した。記録を取り始めてから日本の最高気温。東京の青梅市も40度を超えた。人間の平常体温より5度も高いという外気温に果たして私達は適応できるのだろうか?  節度無き豊かさの追求に浮かれている間に 取り返しがつかない事態になってしまった事に気付かない。この愚かさは 現実と向き合おうとしない人間が犯した 最大の罪、 言い訳と嘘に紛れ 己の徳を 自画自賛する。もし こういった人達が国家のトップに君臨したら 最早 どのような法律や仕組みを考えても 機能しない。
 日本の役割を果たすと言うのは簡単だが 現実に 貴方達は何を望み どう それを獲ようとしているのですか?
 ☆ 激震の相撲界に颯爽と登場し優勝を果たした御嶽海は平成生まれで最初の頂点に立った力士である、彼は木曽の山裾で生まれた。父が日本人で母がフィリピン人、恐らく 他人に言えない悩みを持っているかもしれぬ。少年時代から相撲人生を歩み 大学横綱を獲得 それは人一倍の負けん気の強さと人を信じることを大事にし 自らが努力する生き方は見事である。
 世の中が どうもおかしな状況になっている時に 突然現れた青年の心技体は損得勘定に右往左往する大人たちを嘲笑うようであるが 彼は そんな事は微塵も見せない。隙あらば 相手を蹴落とし 自らの出世を目論む どこかの人間どもよ!良く見たら良い。大衆が見守る土俵の上で 堂々と勝った。そこには 忖度や言い訳 嘘もない。これが 日本が守り続けた文化では無かったのかと 知識ではなく 智慧として理解すべきだと思います。 
 炎天下の下で 遺跡調査をされている方達の殆どが70歳前後の方だろうと見受けます。深さ2メートルぐらいまで掘り進んだ穴で刷毛やスコップ、一輪車で作業するのは 大変だと思います。調査はもうじき2か月になります。そして お寺には植木屋さんが入っている。
 屋外での作業は当に体力との勝負になっています。西日本豪雨災害での復旧作業、対象地域が広範囲なので まだ手つかずの場所もあるという。日本は 公共交通網の整備が進んでいる国の一つ、でも 自然災害に弱いことが証明された。毎年起こる災害に住まいを失い避難生活される方が増えています。一方では 全国で空き家の急増、過疎化、人口の都市集中・・・・とこの流れは止められない。 上手い対応策は無いのでしょうか?
政府の産業構造審議会新産業構造部会で現在検討している「新産業構造ビジョン」 AIやロボット、ビッグデーター・・・云々、私には 一体何をどうしようとしているのか理解できません。そうこうしている内に 足元から崩れて 新しい産業構造なるものが廃墟と化す、そんな危うさを感じてしまいます。
 これは 株値の上下に一喜一憂し 自宅に居ながら それを行なえる。働き方改革も その一つでしょうか。エアコンの効いた部屋でパソコンに釘付けになって うず高く積まれた廃棄物の処理ができるのでしょうか? 一体改革とは 何をもって言うのでしょうや。
バランスの問題でしょう。そう思います? 

3186:温故知新

故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。・・・・たとい其の陽は一意専念過去を想うように見えたるも其陰は所謂 温故知新の沙汰にて未来の糧にとてすることなり。〈坪内逍遥〉
 人が悩み苦しむことは 世の常と思うけれど 何かが違うのではないのかと訝しがるのは私だけでしょうか。日本を襲った猛暑、全てが記録づくめ 未来も同様のことが起こるのでしょうか? 今年だけが特別という事は無いだろう。このまま元に戻らず 人間が生活する限界をも超えた環境の中で どう生きるかを考えねばならないのでしょうか。
 地球規模の異常気象 ギリシャでも40℃を超える酷暑が続く、山林火災は大国のアメリカやロシアでも起こっている。高温による自然発火で 消火作業は一向に進まない。一方 豪雨災害、人間が苦労して築いたインフラをいとも簡単に壊してしまう。
 関東地方は 今日は32度位で猛暑からは小休止、でも直接陽にあたれば 耐えられる暑さを超えている。
 局所的に大雨が降っても 乾燥しきった台地を潤すまでにはならない。雨を待ち焦がれている地域もあれば 今 降ったら折角の復旧作業も水の泡、被災地は 炎天下で必死の作業が連日続けられているが 完全に復旧が終わるのが判らない状況とのことだ。
 今 このような時に 永田町の方から漏れ聞こえてくる話は 首相選の綱引き云々・・・・・。何かが違うのではないでしょうか! 心底から そう思うのです。★  尚恵だより 128号 掲載。
 早朝 私はパソコンの前で書きつづけて来た拙文を読み返します。ボヤキと謂われ様がなんと言われても気にしない。今の正直な思いを綴った。嫌なら どうぞ! ご自由に無視して下さって構いません。
 友人が 『パレスチナの今を見た』を書いた文章を送ってくれました。現地に赴き そのレポートを書いた方は 某宗教系大学の名誉教授、友人を介したもので転送リストに私もいれてくれたから 送られてきたもの。歴史を遡ればいつの時代も安住の場所を求めさまよう民族 、いまこの時にどのような状況に置かれているのか 恐らく日本にいるだけでは何も分からず知らされず、・・・・。
またかよ? 文科省官僚の問題が明るみに出た。これだって トカゲのしっぽ切りではないのですか!との社会の諦めの反応です。行政の不祥事が 次々におこる今のこの国の現実を最高責任者は どう考えているのでしょう!
 一億総活躍・地域創生・共生社会・・・・・これでもかこれでもかと新たなバルーンをあげる。しかし、それを実行にうつす要が行政ですよ。市町村~国、そして小さな集団は家族。いかなる言葉のマジックを駆使しても≪先立つものが無ければ何もできない≫という決め台詞。これしか発想が無いのですかね~。先立つモノ=豊かな経済。この構図を永久に信じている輩が諮問機関やら有識者会議で議論する。実態と齟齬がハッキリすると メンバーを差し替え 更に新たな模索を課してきた。だから 政策に継続性が薄い。また。いずれ変わるだろう!反省があって無き様な状況にメデアを抱き込み 負の情報はひた隠す。これも穿った私の偏見でしょうか。
 三件の悔みが出来た。それぞれが違う葬儀の形をとる。 住職として できることに限界を感じている。
 そんな時 いつも私にとって大切な存在になっているのは 精いっぱい生きようとしている尚恵学園の方々である。この確信は揺るぎ無い。いつ頃からか日本の福祉が道を誤ったとすれば 、、、、、高齢化を問題とする・・・・国の施策だと私は思います。いずれ自分も老いていくことを問題とするこに矛盾を感じながら今まで政策構築がなされないこと。政策を考える人達一人ひとりに問いたい。≪貴方は 先人から何を学びましたか・・・・・・?≫。
 鬼怒川が決壊した時に茨城県の各施設が職員を現地に派遣し復旧VSを行った。あの時 私は何度も現地に行き NPOの方々と話し合った。今 その時のNPOが大きく羽ばたいている。地域貢献活動である。
 あの決壊は 某太陽光発電のメーカーが鬼怒川の堤防を削った場所から起こったと聞いた。茨城は関東平野で最も広い耕作地を持つ(日本第2位)。利根川や鬼怒川、那珂川という一級河川が流れ常陸風土記の書かれた昔から自然に恵まれた処です。(
常陸国は常世の国( 理想郷)と言われた。  今回の西日本豪雨で大きな被害を齎した地域をみると 山と海の間に挟まった狭い地域を宅地造成した処が多いと聞く。 砂防ダムや堤防、それと生活に必要なインフラが一瞬に想定を超えた大雨により壊された。
 私の住む神立は霞ヶ浦まで3キロ弱 全体が高台になっている。ここは縄文時代の住居跡になっている。今から5500年前である。
 先人が残した様々な(教え)を もし 自分達の力で勝ち得たと考えたら大きな間違いである。
 教育行政の執行機関たる文科省の度重なる失態は 今に始まったとは思えない。戦後教育の中で自ずと培われたこともあるだろうが  正直腑に落ちないことも多くある。知識偏重を是とした裏で今何が起こっているか? その検証を 本当にできるのか!
 ”嘘をつかない” ことを どう教科書に著し 子供達に誰が教えるのか! この単純な問いさえ 今の文科省は答えを見いだせない。現制度において押し並べて全ての省庁に当てはまるとしたら これはもう この国のリーダー達の責任は甚大である。謝罪は行動が伴なって初めて評価が生れる。
 

3187:背私向公

従うかそれとも背くか? 岐路に立って 自らの判断を下す時は誰しもが経験するものです。成功か失敗か?  失敗の経験を多く積むことで 学ぶことが 本物という。それなのに 周囲のモノが 失敗をさせないようにしてしまう風潮が目立つ!
 通常の日本を襲う台風とは逆の道を辿った台風12号を気まぐれと謂えるのか?。
 背私向公(はいしこうこう)とは 聖徳太子17条憲法の15番目にある。国会で議論された憲法改正問題は 果たして国民にどれだけ周知されているかは 大いに疑問がある。何せ 国会議員の方達は永田町界隈にばっかりいて 地元には殆ど顔をみせず。一部の支援者とはマメに情報交換をしているようだが それだけで良いのですか! スリム化を進めるべきと誰しもが思っていたはずが いつの間にか参議院定数が増えた。議員のフトコロは痛まないからだという辛辣な批判を無視する。604年 和を尊び、儒・仏の思想を調和し、君臣の道と人の則るべき道徳を示した憲法17条。その間1400年、日本人が いま 最大の危うさに直面していると思いませんか。
 それは背公向私にまっしぐらの真逆の実態、言い過ぎでしょうか? 国のリーダーの守るべきものは 信義誠実の原則ではなかったか! 自らの実績や徳を誇る事を最も卑しいことだとした先哲の戒は いま 跡形もなく 同時に潔さも消え失せた。言い過ぎでしょうか? 
 豊かな国で幸福になれないニッポン?何方かが著した。 それを一蹴一笑することは構わない。しかし、議員の皆さん全てに民主主義の本質を貴方達はどう考えているかについて問いたい。そして公言した1億総活躍という根拠を示せ! 投票率が半数にも遠く及ばない毎回の国政選挙で議席を獲た政党が与野党に分かれ そこで行われるマツリゴト、 貴方たちに 投票率を最低でも80%にしようとする努力と戦略は望めない。これを何の恥じらいも感じない。この事が最大の危機だと思わない。総懺悔ものですよ。
 行政を正常な形に立て直すという言うならば 先ずは自らが身を正すべき。赤子にでも判る道理です! 教育とは 望ましい姿に育つ教えです。望ましい姿が見えないこと自体が 今の日本の悲しむべき現実。
 奇しくも 本日 私の寺の施餓鬼会が行われる。
 神宮寺の施餓鬼は12名の職衆(僧侶)を迎え 実施できました。エアコン設備がない本堂には 出来得る限り掻き集めた扇風機の他に 今年はリースでミスト(霧)扇風機を借りた。実際にはその利器も 周りの人たちが雨に濡れたようになってしまい 使わなかった。施餓鬼棚には”三界万霊”と”東日本大震災被災者供養”の大きな位牌を飾った。三界とは衆生が生死輪廻する3つの世界、欲界・色界・無色界、我々が生きている全ての世界を指す。欲界は淫欲と貪欲で六道(地獄・餓鬼。畜生・修羅・人・天)も含まれる。色界は物質や肉体の束縛から脱出していない世界をいう。そして無色界は物質の存在は無くて心の働き受・想・行・識だけからなる世界。これら全ての霊に供養しようとするものであります。2011年3月11日におこった東日本大震災では多くの生命が失われ 今もまだ行方不明の方々が多くいる その方達への供養を行うものです。あれから7年が経ちました。毎年のように起こる自然災害 いつになったら安心の生活を迎えることができるのでしょうか?
 自然の力は 人間の力では どうしようもない。
密教は宇宙論? 曼荼羅供養はチベット仏教において今も行われている。それは 須弥山を中心とした十方三世の諸仏に供養すること、そして 人々の信仰は須弥山の周囲を五体投地しながら巡礼することを目指す。必要な最低限のものを持ち家族全員で行う。
 現代の象徴として ”豊かさ”への限りなき欲望がある、このことは 物質への拘りと同根で、結果 心の働きに影響をもたらす。この構図はいつ頃から始ったのでしょうね。世界の三大宗教が誕生したのは約2,500年前という。
 それ以前には縄文~弥生の時代がある。縄文は前1万5千年~前2千年前の主に狩猟によって生活された時代で約1万年続いた。弥生は前3世紀~西暦250年 水稲農耕の生産活動によって定住生活が成された。今年は西暦2018年、縄文の一万年と比べ まだ5分の1の歴史ということになります。何故 縄文時代が長く続いたか 諸説あるが 仏教の教えとダブらせるとより判り易くなると言われる。欲や拘りを忌み嫌う思想が何故生まれたか? その事を現代人は我が事として考えねばならない。
 便利さや進歩には 落とし穴がある。競争により勝敗を決し、敗者はその人の能力に起因すると?ここに優生思想が生まれ 個人主義や自由の曲解に何の疑問も感じない。戦後日本が選択した民主主義、本来の在り方から逸脱した実態が気になる。
 背私向公は 民主主義の本義、市場主義経済の中で格差の拡大は止まることを知らず、政治において一強独裁を受け入れ国家保護主義の巨大化の流れができている。それで持ちますか?八大地獄はまさに その到達点。最速で 無意識に進み 気が付いた時には遅かった。
 ★現代の寵児とばかりに持てはやされ 巨万の富を獲た某企業の創業者、それが 個人情報の漏洩により 一夜の内に企業存続の危機に至る。この変化のスピードは 最早 尋常ではない。
 観音寺の施餓鬼が無事終えました。正直 ホットしている。今年は私にとって転換期かと自覚している。それは 想いと体の両立にある不安を持ったからです。いつまでも有ると思うな・・・・・。若さを保つには それなりの準備と普段の摂生が肝心、それ無くして望むとは 不謹慎極まりなし。いま この時に それに気付いた。遅いか早いかではなく 今の自分に向き合って精一杯生きてこそこの世に生を受けたことへの誠意であろう。斯様な考えに至ったことは 年齢にもよるだろう。友人知人が既に彼岸に渡り、今まで健康そのものだった人の多くが体調の異変と向き合っている。いずれ 来ることであるが これから先は 次なる世代にできることは任せ 己自身の一番望んだことを整え 焦らず歩んでいくことだと確信した。
 施餓鬼に沢山の方々が集まってくれた。人それぞれの思いがあり それを知る術はない。それで良いではないか。皆それぞれが”平和”と”安心”を願っていることに大差は無いのだから。
 尚恵学園を利用されている方で 今ほど多くの方が医療のお世話になっていることは今までにない。現在4名の方が入院している。ご本人の様子の見回りや家族&病院との連絡調整に職員は走り回っている。本当に良くやってくれている。
 福祉の仕事に何が肝心かと謂えば、”感謝”と”報恩”と思っている。支え手も受け手も、やって当然&やってもらって当然という関係から 真の福祉は生まれない。持ちつ持たれつこれは 最小の集団たる家族にもあてはまる。
 施餓鬼は その事を間に餓鬼をたてることで示す寺院最大の行事、それぞれが何に感謝しどうその恩に報いるか! 普段考えることをしないことかも知れないが その行為が生きることへの確かな道標になる。

3188:痛痒

 他人の痛みや痒みを感じることができますか? 私達は 普段 移り変わる様々な出来事に向き合い その正否を見定める間もなく時間は過ぎて行くものです。7月は日本列島は異常気象に覆われ猛暑に翻弄され続けた。 外気温が40℃を超える状況は8月になっても続く 生命を維持することさえ難しい非常事態である、夜も25度を下がる日が無かった。気象庁もこの異常さに長期予報もたてられない。
 新聞の片隅に出ていた記事に釘付けになった・・・・60代の女性、自宅アパートで亡くなる。 生保を受給していた方で扇風機やエアコンはあったが 電気か切られていた!・・・・・。
 なんで??? その新聞には 大きく今年最高のボーナス支給、好況の建設業界、冬のボーナスも支給される見通しとあった。これも 世論誘導・印象操作か?
 同じ 日本で現実に起こっている2極化。 これを対岸の火事と受け止め何とも感じない民族ではないはずだ。 ハッキリ言って 国のリーダーがどこに視点をあてるかでしょうね。弱者切り捨て⇔景気拡大、 国の望まれぬ負担と考える状況は 益々 深刻で先鋭化しているように感じます。
 人の痛みを感じられない人間が リーダーであったら どうなるか! 昨今の異常な政治家や官僚の不祥事は論外だ!でも 日本全体に暗雲が立ち込める。丁寧に探せば 誠実に自らの責務を果たそうとしている人もいるでしょう。・・・・が 自分だけ損をしたくない。あの人がやっているから俺もやる。忖度し あわよくば  お気に入りの仲間に入れれば。 教育やスポーツ界も全く同様の異常事態が起こっています。団体が多額の公金を受け取り その使い道が 説明できないという状況 何故あちこちで起こっているのか? 今のままで進んでいけば 取り返しのつかない 深刻な事態になると多くの人が思っているはずです。
 台風が想定外の動きをし、南九州辺りで進路を一回転し、どちらに進むか判らない(迷走台風)。公私のケジメを突かれれば ルールさえ変えてしまう。 当に負の連鎖が止まらず迷走している。
  壊れた羅針盤によってユートピアを追い求め 荒海に漕ぎ出す船と化した訳である。
    
 気を揉んでばかりはいられない。爽やかな人を知っている。彼は 約束もなく突然やって来ては 笑いを振りまき 喋るだけ喋って 満足して帰っていく。それは 彼の住処であるアパートへ。この暑さにもめげず自転車を漕いでやってくる。今回もそうだ。
 画用紙の裏と表にマジックペンで鮮やかに描いた人達、これは 彼が尚恵学園の職員一人ひとりのイメージをスケッチしたもの。添え書きされた文章は 唄の文句かどうか 知らないが 詩的センスは抜群だ。差し障りない二人のスケッチを今回紹介したい(ハナーロとエビーゴ)。
 実は その画用紙の裏に私を描いたものがあった。 まだ 納得していないので 先送りします。添え書きだけを紹介しますが・・・・・イルカにのった少年は・・・・♪ 理事長さん(リージー)~リーシー キャッツ!!!リージーはリーダー  ~昭和バージョン~
と書かれてあった。
 彼の笑い顔がとても良い。新鮮というのか エネルギーを振りまいていく。
 もう一人 ついでに紹介しよう。彼女もまた GH生活を始めて2年ほどたつ。暇さえ有れば事務所のモニターの前に立って画面をジッと見守っている。何のモニターでしょうか? 玄関先を写す防犯カメラの映像、お気に入りのスタッフが写っていると大声をたてて喜ぶ。
 私が写った時は 無反応。
  防犯カメラ!は活用次第 良くも悪しくも・・・・・・
 目の前で起こったことに 対応することで精一杯、余裕が無いといえば その通り。でも 成し遂げた後の気分は 若い頃登山をやっていた ヤブこきして稜線に出た時の気分と似ている。何度も訪れた越後の山々 南北アルプスのような知名度は無いが山深く 包み込んでくれるような安らぎを感じた。
 今更 山を登る気力はないが 四国歩き遍路は生涯の夢、涼しくなったら 彼岸に渡った多くの仲間と一緒に同行の旅を実現しよう。
 また 一人 彼岸に渡った仲間がいる。彼はGHで生活し 病気が判ってから 治療しながら 作業所に通い続けた。入退院は何度したかは判らない。結局 生まれ故郷の病院に移って1週間で息を引き取った。
 おそらく 身内の方は誰も来ないかもしれぬ。役所の方と尚恵のスタッフだけの荼毘になるかもしれない。

  彼の最後の言葉は 入院先でいれてもらったお風呂で”気持ち 良かったな~”だったと聞いた。

3189:Mさんの夏休み

 一緒に過ごした仲間の死を彼らは どう受け止めているのだろう?指定された時間に私はN市の火葬場に行った。少し遅れてやってきた仲間達 黒白の服に着替え 花束をもってやってきた。ソファーに座っているとMさんが横に座る。”12日にウチに帰るの、母ちゃんが迎えにくるんだ!””兄ちゃんはどうした?元気か?” ”一緒に帰るんだ~。お墓参りに行くんだ”
 こうやってMさんは 夏と冬に仕事の休みを利用して家に帰ることを何よりの楽しみにしてきた。Mさん兄弟は彼が7歳の時に尚恵学園に来た時から私は良く知っている。児童寮から成人寮 そして今はGHで生活している。3人兄弟の一番末っ子、昔 家庭訪問で何度か自宅に伺った。土浦からバスで1時間近くかかる。父親が元気な頃は自家用車で両親で迎えにきた。そのお父さんも亡くなって 今は 年老いた母親がタクシーで迎えにくる。
 彼の話では父親が眠るお墓は 家から歩いていける場所にあるようだ。
 Mさんのガンバリは並外れている。真っ黒に日焼けし 筋骨隆々 もう20年近くになるだろうか 同じ石材店に勤めている。社長がとても良い人で 作業場まで いつも社長の運転するトラックにのって仕事の手伝いをしてきた。その社長も何年か前に亡くなっている。” 社長 死んじゃったの。死んだら どうなっちゃうの?”と問われたことを今もハッキリ覚えている。
 悲喜交々 Mさんは宴会でのカラオケはいつでも『泳げ!たい焼き君♪』 今日 荼毘にふされるSさんの十八番は石原裕次郎の歌だった。 
 
 望むことと喜べないこと、例えば”雨”西日本を襲った大雨が各地に大きな被害をもたらした。必死の復旧作業が連日猛暑の中で行われている。あくまでも応急処置としてである。 豪雨から一カ月が過ぎ、依然として手つかずの地域もある中で台風シーズンに入った。 次々に発生する台風は容赦なく日本列島に雨・風を運んでくる。11年前は東日本大震災 これは地殻が大きく動いた。まだ多くの避難生活を続けている方達、・・・・・・。
 雨不足と猛暑によって 農家は大きな打撃を受けている。日本は四季がハッキリしていた。自然と共存した様々な生活の智慧、バランスのとれた生業を育てながら 今日に至った。それが いつの間にか 輸出産業の一人勝ち、これに政府も様々な支援を行い 最優先の重点施策として業界との蜜月の時代を築いた。そして 今 何が起こっているか?放棄された農地に雑草が勢いよく育つ、相続対策として借金し需要以上のアパートを建てる。 グローバル化やAI技術、自然との共生を軽視した人間中心主義の台頭、平和を掲げながら 新たな核開発を進める大国、そこに従属国と宗主国 の関係を戦後 今もって変えることが出来ない国がある。その代表的な国がニッポン。国はその是非の議論を長い間何故か避けてきた。この曖昧さを守ってきた日本が やっと気づき始めているのが 誰の為 何の為で時代錯誤の組織、カリスマとか一強と言われるのを何とも感ぜず 寧ろ誇りと思ってしまうトップ、これは 恐らく 周りが祭り上げたとも謂える例の”忖度”の副産物だ。その座に居座ることが最大の目的になる。
 何故 斯様な状況を恥ずかしくもなく続け”NO"と謂えないのか!戦後復興の栄光の陰で 大きく成り過ぎた”病巣”である。モノ言わぬ国民 豊かさという言葉のマジックに思考停止し 、その代償として余計な脂肪を付け過ぎた。
 ここで Mさんに再登場していただこうかと。無駄な脂肪などない体、真っ黒に日焼けし いつまでも 家族の事を心底 慕っている。 どうです? 何か感じませんか?
 彼の挨拶は決まっている。痛いほど力一杯に手を掴み、≪コリュアー ぶくし 何やってんだよ!≫
 小さな小さな事かもしれない。でも 心に染み渡る不思議な感覚、それは 自分達が忘れかけていた事をはたと気づかせてくれる。朝の7時~9時 そして昼11時~1時、午後5時~7時の定期便。新聞を読まなくなった日本人がテレビやスマホを通じて得る情報はどこも同じ内容で同時刻、意図したように思える異常さ。日大のアメフト部の騒ぎに変わって日本ボクシング連盟のゴタゴタ、その合間をぬって東京医大の入試不正疑惑、いずれも国が指示したことは第三者委員会を設け 実態調査→改善勧告。多くの日本人が気付いている。どこもかしこもガバナンスの強化、形骸化した対応に新鮮味を全く感じない。日本人の多くが度重なる自然災害に不安と恐れの中で疲弊している・・・・・。共通しているのは 公金(税金)の使い方に絡むことばかり、問題の核心は公金をチェックする機能が麻痺していること。要である国の行政庁にまで操作の手が伸びる始末。
 ”当面の応急措置では 安心して住めない。もっと根本的な対策を国に望みます。” この言葉をどう受け止めるかでしょう。言うわ易し 実行が伴なうか?
 余計な事かも知れません。昨日は盆踊りを行うはずだった。一日前に中止を決めた。この猛暑と台風の接近で当然です。現場が急遽考えたのは各事業所内でのミニ盆踊りだった。
 今年だけの異常気象とは誰も考えていない。今後 地球環境の更なる異変が起こるだろう。西ヨーロッパでは45℃を超える猛暑、日本ほど湿度が高くないから体感温度は違うと聞いた。
 既に気付くのが遅いかもしれない。何か問題が起こると関係者だけを処罰し トップは居座る構図、実に巧妙に且つあらゆる手段を使って驚嘆に値する・・・・・・。これでは根本解決にはならない。
 日本が他の国と比べ 異なるのは この一点にあると私は思う。その人に替わる人物は必ず出てくるし それを育てるのが本来のチェック機能であったはずでしょう。良く 考えて見れば そういう事なのですよ。
  木陰無き 野外の祭りに 代わる催し ⇔ 信義無き 公の政(まつり)に 代わるヴェルサイユ ⇔ 大同小異 

3190:寂静

 何故 人は他人を誹謗中傷してまで 自らの思いを果たそうとするのだろうか?改革とは 何をもって可能なのかを考えると どうしても暴力的な行為によってなされ易い。67才で突然逝った沖縄県知事翁長雄志氏は私と同年齢、沖縄の県民と寄り添い 沖縄の抱える矛盾と闘い続け生涯を閉じた。戦後73年が経つ、今の沖縄の状況は日本の中でも特異な姿を今もって持ち続けている。問題が複雑なことは判るが今までに日本人は自分達の問題としてどれだけ胸襟を開きこの問題と向き合い議論してきただろうか? これから先も 日本はアメリカの核の傘によって国の安全保障を未来永劫の唯一の選択肢として守り続けていくのだろうか?
 義務教育の中でこの国の近代史を教え学ぶことが充分なされているだろうか? 広島と長崎の原爆投下を過去の出来事として日本人の記憶から段々薄れていないだろうか? 平和、これは数値で示される経済の豊かさだけでは説明できない。それを承知しているはずなのに、その手立ては何故か他人事、そう感じている。
 佛教が目指す 涅槃寂静への唯一の方法は 煩悩を離れることで心の平静を獲得すると説いている。際限の無い欲望は 物質的な豊かさに走り易い。「究竟は理即に等し」人間誰しもが仏性を有しながら まだ悟りに達せず 生死輪廻をしている。(徒然草)
個人主義を標榜することの危うさは 限度を弁えることの難しさと深く関わっている。己を律するには どうすれば良いか???? これを学ぶ機会が日本の家庭や教育から スッポリ抜け落ちたツケが ここに来て噴出している。自由の名の下で様々な価値観が是とされる今日の状況は どのようなリーダーが登場しても 整理がつかないだろう。その諦め感と息苦しさで身動きできない。
 道半ばにしてリーダーを失い 沖縄県民が 今後どのような選択をするのか  それと併せ 我々が この問題とどう関わっていくか 政党に関係なく 将来の日本の有るべき姿を国民全体で考えて行かなければ無責任だと私は思う。
 明治は日本が外に関心が向いた時代、民俗学の父と言われる柳田國男が『遠野物語』を世に出したのが明治43年(1910)、東北岩手の山村にのこる風習や神々をまつる行事を物語として著した。芥川龍之介や南方熊楠も読んだと言う。日本人が時代を超え守り続けてきた文化、そこには 地域や家族が守るべきルールがあった。100年の年月の経過は どうであったか その検証が充分に成されることもなく 馬車馬の如く 前にニンジンをぶら下げ走り続けてきたのかも知れない。不図立ち止まり周りを眺めたら不可思議な現象や矛盾が自棄に目立つ、それすらも”豊かさへの欲望”によって掻き消してしまうのはいかがなものか!
 遠野物語の中にある早池峰山は標高1917メートルで遠野三山の一つ、神仏習合の時代から山岳信仰が盛んで 現在も盆月の八月には先祖供養の行事が大切に守られている。信仰心の裏付けが薄れ 形骸化したセレモニーが目立つ最近の葬儀事情は 経済中心に全てを回す今の日本社会が色濃く表れているように思ってしまう。
 家を守るという事に然程重きを 置かなくなった?相続問題で兄弟が争うなど昔の日本では考えられなかったことが 日常的に起こっている。
 これは忌々しき事態だと思いませんか?箍が外れれば 桶はバラバラになってしまいます。これすら”個の尊厳”とかいう標語で是としてしまう。
 便利さやスピードを競う世は その箍を無くすことを良しとする。 その世相が加速してしまうと どのような制動装置をもってしても止めることが出来なくなる。標語の一つで規制緩和が流行った、これによってどんな事が起こっているかを考えてみよう。≪なんでもあり≫の状況が手の付けられない現実となってしまった。権力を行使しルールさえも変えてしまう。はたまた こんな人を時代の寵児と持ち上げる。このまま進むと どうなるか? トカゲの尻尾きり あるいは 目の前のハエを追うようなことを いくらやっても 問題の根源を無くさなければ 解決しない。
 低迷する政治、どの方向に進めようとするのかが 不透明。何故 このようになってしまったか?今もって一部の人達だけで 密室で決められる事が多くないでしょうか。 一般国民には実に複雑で判り辛い仕組みを 更に更に細かく制度化しようと目論む。なぜ このようなことが 反省もなく 続けられているのだろう。利権絡みが表面化すれば 必死にもみ消し 過去の事としてお蔵入り。ひょっとしたら 今の永田町の最大の関心事は 首相選でなかろうか。これだって出来レースと言ったらどうでしょう。自党内の国会議員と党員によるだけですよね。この制度を変えようとしない。これで 一国の総理を決めるというのは グローバル化やIT化をPRする今の時代に合っていない。いい加減に変えたらどうでしょう。制度を変えない理由 それは 変えると不味いと思う人間が多いという証です。違う それは お前が法律を理解していないからだ!と言いますか? じゃ~ 言うよ。長い間 日本の国政選挙は世界でも有数の低投票率から抜け出せないでしょう。そして今後も改善が見込めない。これが図星で ニッポンの最大の矛盾と恥じだと何故に認めない。それでいて 地方創生とか 一億総活躍とかスローガンを連発 正直 目くらましにあった思いですよ。
 そんじゃ~お前の代案は有るのか?といいますか?有りますよ いくらでも。 ま~ 今の選挙制度を変えるには小手先では駄目、痛みを感じる 荒療治が必要でしょう!例えば 投票を参政権だけでなく義務選挙制に改正し 投票しない人にはペナルテイ(罰金)を課すとか 逆に投票すれば メリット(減税など)を与えるとか? そうすれば 投票する人は増えるだろうし そこまで制度疲労が進んで重症な訳ですよ。
 常に8割~9割の人が一票を投じれば 大勢の議員の中には困る人が出るかもしれない。国会議員一人に どれだけの税金が使われているか もっとマスコミは公にすべきなんですよ。それと 投票率が一定水準に達しなかった選挙区の候補者には当選を認めない。こうすれば もっと真剣に日頃から地元の為に活動する議員が増えるかもしれません。最早 我慢の限界を超えたという事ですから苦肉の策ですよ。判り易くないですか?
 これによって 国民で困る人はいない。勿論 投票率が低い選挙区は 議員を必要としないと考える。 実に公平で分かり易いと思いませんか。
  これが嫌なら 定例議会は夜行い 議員は他に職を持ち兼務を条件にする。此れこそが究極の働き方改革 実に判り易く清々としませんか!(ドイツの地方議会がそんな風になっているようですね)
  無駄を省くには 無駄と感じる状況に身を置かねば できませんからね。所詮 やっていることが他人事なんですよ。御身大切で 自らを変えずという人間が多すぎます。究極の第三者委員会ですとも。
 そしたら 議員になる人がいなくなる。。。。? そんな心配必要ありませんよ。 財政規律の保持に貢献するんじゃ~ないでしょうか。これって公約だったはずですよね。