源究151

 

NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日
2531 立ち止まって 9/21 2536 元気出せ! 9/26 2541 土浦の花火 10/5 2546 秋台風 10/23
2532 お彼岸 9/22 2537 育成会関ブロ 9/28 2542 秋バテ 10/8 2547 自然と共存 10/28
2533 お疲れ様 9/23 2538 後継者 9/30 2543 障害者スポーツ 10/11 2548 世代交代 10/30
2534 伝統の妙 9/24 2539 神無月 10/1 2544 報告 10/16 2549 チャレンジャー 11/1
2535 縁(えにし) 9/25 2540 結団式 10/3 2545 気候変動 10/21 2550 熟年パワー 11/6

2531:立ち止まって

スマホとかいう便利(?)なものを利用されていますか?私はダメですね。その必要性も無いし、使いこなす自信がありませんからね。携帯電話で充分、通話とメール以外にあの小さな画面で情報を得ようとなど考えてもいません。何せ字が見えないし、指が滑ってしまい上手く操作できないと思っています。人種の異なった人達が使えば良い位に考えております。
 ただ、私はある拘りがあります。いま毎日パソコンに向かって何かをしている。このホームページはご教示は仰いでいますが正真正銘たった一人で作っています。
 素人が作っているのは一目瞭然で、今時珍しいと言われます。そこなんですね。仏作って魂いれずには絶対したくない。文章の中身には責任を持ちますし、逃げも隠れもしませんよ。
 この素人っぽさが時代の先を行っているんじゃないかな!
 ネット社会とか言われていますが、利便性+高速化、人間の欲望は限り無し。何でもJRが計画しているリニアーモーターによる東京=名古屋間、なんと40分でつなぐと言うじゃーありませんか。
 それも全体の8割が地下なそうですから、景色を見るなんて事はできません。万が一事故が起きたらどうなるか?可能性はゼロでは無いはずです。
 平均寿命が延びたといっても大差は無い。男性は80歳前後をウロウロしています。中間点を40歳と考えるか、今の日本の仕組みだと定年制がありますから、もっと早くなるはずです。
 これで本当に良いのですかね。皆さん!!!!立ち止まって見ませんか。
 田んぼの畦に名も知れぬ花が咲いています。良く見ると蟻など小動物がいるのが分かります。これって昔と全く変わらない情景ですね。
 私は知的障害の施設に勤め40年が過ぎました。こんなに長く勤められるとは思ってもいませんでしたよ。
 でも正直ホッとするんです。彼等との触れ合いは時間がゆっくり流れている。それを実感して毎日すごしているんです。
 贅沢でしょう、羨ましいでしょう。
 でもね、周りは違います。やれ新規事業だ、障害区分だ、報酬単価がああだこうだ。目まぐるしい。
 一番恐れているのは、一般に謂われる経済至上主義や自由経済・・・・という時流から除外されるのではないかという危惧なんです。
 昨日、茨城県で障害者差別禁止法の条例をつくる会の総会が水戸でありました。私はその発起人にさせられています。
 22団体の方が熱心に討議しました。そこで直感したのは障害別で微妙に捉え方に違いがあると言う事でした。
 近年では長崎県が条例化し、つい最近は沖縄が作成するという話です。我が茨城が果たしてどうなるか関係者の一人として見つめていくつもりです。

2532:お彼岸

明日23日は秋彼岸の中日です。お盆から1カ月ほどしか経たず、春の彼岸と比べ関連する行事も少ないのですが、私の寺にも墓参に訪れる方が大勢います。彼岸中に亡くなった方がいてその知らせを受けました。生死の海を渡って到達する悟りの世界を彼岸と言いますが当にそうなったと言えますね。86歳だったと伺いました。
 でも、実際は年若くして亡くなる方もいらっしゃる。遺された人にとってはその現実を受け入れるのが大変です。
 彼岸に対し、此岸(しがん)と言いますが、我々が生きているこの世界です。この分け方は宗教によって多少の違いはありますが、根本は同じだと思いますね。つまり自分が経験したことがない死後の世界への不安・恐怖をどうすれば乗り越えられるか!そして今をどう生きればそれが可能となるか!に尽きる。
 ただ、現実は単純では無い、様々な事が次から次に起こり、苦しみ悩む訳です。当に四苦八苦。
 昨日某施設の役員会の席でも原発の話が出ました。そこは東海第2原発から30キロ圏内に位置し、万が一フクシマと同様の事故が起これば避難する区域です。実際はそれに対し明確な意見は出ませんでした。
 再稼働となれば多分様々な意見が出るのでしょうが、今は停止中ですから騒がず事態の進展を伺うというのが皆さんの一致した思いのようでした。
 果たして国が言うように原発の有る地域の意見を聞くだけで稼働の是非は決まるのでしょうか。専門家の人達の多くが一気に原発を止めるのではなく将来新たな電源の手立てができるまで徐々に減らすというのが大勢の意見ように思われています。
 日本という国の良さは沢山あります。平和だし安全だ。これを疑う人は少なかった(*)と思います。でも将来を考えると課題が山積みで本気になって考えないと大変な事になると皆さんが思っている。
 日本人の悪い処、誰かが考えてくれるだろうから・・・・という他人任せに考える人が多いこと。
 それは事を荒立てず穏便に済ませたいという生き容にも思えますが私は違うと思うな。私達はそれを政治に期待した訳です。
 でも本心からそう思っている人は少ない。選挙での投票率を見れば直ぐ判る。
 ああああ・・・・彼岸はいずこ、取るに足らない小さなことでも良い。自ら立ち上がる勇気を持ち出来る事から始めませんか。
 

2533:お疲れ様

あれっ!貴方も大分お疲れのようですね。あれっ そちらの方も。
 こんな風に言われた事ってありませんか?戦後68年が経ち、先の戦争を体験した人達が大分少なくなり、当時の話を直に聞ける機会がメッキリ減りました。昔はね・・・「修身」という教科があって学校で皆で大声で唱えたものですよ。今の人達にそんな事を話しても何のことやら判らんでしょう。
 多分、今なら大多数が聞くだけで疲れてしまい、ソッポを向かれるんじゃーないだろうか。
 加島祥造氏の本をアマゾンで注文した。彼は老荘思想を自ら実践、伊那谷に独居し出筆したものである。
 こんな時代だからこそ、彼の思想に感心を持つ方が増えている。一事で言って彼の基本は「求めない」ということと理解した。
 時世がこれでもかこれでもかと人間の欲を駆り立てる。世の中にモノが有り余っているにも関わらずである。一斉に皆が同じ方向を向き歩きだしたから、立ち止まって自分を省みることもしない。だから皆さんがお疲れなんでしょうよ。
 加島さんのことをパソコンで調べていたら、こんな事が書かれてあった。ツイターかなんかでの紹介だろう。
・・・・≪仕事も無い・金も無い・・それに悩みも無い≫と。
 修身とまでは行かないが、いつの世にもこうしなさい型の声はするもので、それを諸に受け止めてしまってストレスに悩む人は増えている。
 嫌嫌仕事をして良い事はあるのかな?そう思うと、これも程程という処で落ち着くんじゃない。
 専門的な事は判りませんが、心の病が増えているのは確か、その原因を特定することはできないとしても、私はこんな風に思うのです。
 求め過ぎないってことかな。特に人相手の仕事にはそれが大切だと思っている。
 障害者の福祉に長いこと関わってきて判ってきたことがあります。それは制度では無いということ、どのように木目細かく作られた制度であっても全てに対応することなど出来っこない。
 その証拠に、”外”で様々なサービスが受けられる時代になったが肝心要の”内”の機能が麻痺している。もっとハッキリ言うと家庭の役割が見えなくなったという事すよ。
 権利と義務なんかの言葉を出さずとも、家族団欒ということを考えれば直ぐに分かるでしょう。
そこで、お前はどうする!と自問するわけですよ。
 反省はいくらでもした方が良い。だが後悔は意味が無いと誰かが言っていました。
 

2534:伝統の妙

NHKラジオ深夜便の心の時代を久しぶりに聴きました。偶然にもアンカーが佐野先輩でした。『鵜匠のこころ鵜のこころ』と題し長柄川鵜匠代表の山下さんの話、実に興味深く伺いました。
 1300年の伝統を守るという事は大変なことだと思うのですが、実に淡々と楽しんで鵜飼をされている。心に残った言葉で後継者について・・・・言葉では言わず やって見せる・・・というものでした。佐野さんが鵜をどうやって調教するのですかと質問した、間をおかず、調教はしませんよ鵜から教わるんですからと答えた。
 それとトイレ掃除が楽しくて仕様が無いとも、勿論、鵜のトイレですね。
 言葉では何となく判った気になりますが、実際には大変な事なんですね。100歳まで長生きして見届けると語った事はホンネと思いました。
 世間には、自らの役目を一生を通じて果たそうとする方がいらっしゃる。それを自慢したり、押しつけたりせず、自らの喜びとして、恐らくホンネには逃げ出したいと思う事もあるでしょうが、只管、与えられた役目を果たそうとしている。
 人間の魅力ってそこなんじゃ無いでしょうか。
 地位や名誉なんか糞喰らへ!
 
 全てでは決して無いのですが、マスコミの報道にちょっと疑問を持ちます。何でもスマホの新機種が販売され3日間での総販売台数が900万台と記事になっていた。
 私には用の無いものだからかも知れぬが、どうなんでしょう?首を傾げてしまいます。
 そんな事を大きく報道するより、もっともっと古き良きものを取り上げてくれませんかね。
 また、電車の中でスマホに夢中なっている人が増えるに違いない。結果は分かっている。不安がより強まりはしても心からの安心は得られないってことですよ。
 元に戻りますが、山下代表が仰った。鵜と毎日一緒にいると鵜が此方の体調の具合を教えてくれると。これこそ以心伝心、安心の元でしょうが。
 

2535:縁(えにし)

人間は実に難解な生き物です。西暦で2000年以上を経ても根本的には何も変わらない。・・・・・
 こんな覚ったかのような事を書くつもりは無かったのですが、急に浮かんだ事なんでお許しを。
 こちらが思ったように物事が進まないのが全てだと言いますが、これは「空」の思想といって概説を見ただけでは何を言っているのかサッパリ判らない。大変初歩的な解釈で申し訳ありませんが、有るとおもっていた事に実体が無いと言うことかな。もう一つ釈尊の根本の教えとして、「縁起」があると教わった。
 因縁生起の2字をとって縁起と表わす。その具体的な説明として煩悩と苦の関係を示す訳です。
 一般的に分かり易いのは”夢””希望”という言葉なんでしょうが、突きつめていくとこれだって”欲望”(煩悩)の範疇に入れられることになるそうで、じゃー俺たちはどうすりゃー良いんだよってヤケッパチになってしまいます。
 誰しも苦しみはできれば避けたいと思うはず、でも、それは簡単にできないことになっています。四苦八苦・・・これが人生だって事な訳ですよ。
 ハハーンそうだったか。
 そこで私が人間は難解だなーと思う理由ですが、分かっていて何故するの?と言う事なんですね。皆さんもそう思うでしょう。
 それは多分 自分の一生を大切にしたいという本能ではないかなと思うようになりました。
 福祉を担った先人達の事を調べた事があったのですが、そこに自未得度先度他という共通する信念を感じました。
 ・・・・自分が未だ得度らない前に他を度らせる・・・・・という。これって実は大変な事だと思うのです。だってそうでしょうよ。
 他人なんかどうでも良い、真っ先に自分が手に入れたいと思う人が多いんじゃないでしょうかね。
 ただし、様々な解釈があるのも事実、それは自分が悟ってもいないのに、そんな大それた事が出来るの?という疑問。
 そうでしょうとも、実は私もそんな思いを持っていました。
 これに対して、このように答えているのです。それは自と他を別のものと見ないという教え、つまり、他人の喜び(安心)を自分の喜び(安心)と考えるということ、いやー参ったな。縁(えにし)を感じます。

2536:元気出せ!

”コリャー ブクシ 元気出さんか☆・・・” と誰かに言われたような気がしました。そうなです。こんな時だからこそ元気を出さんとダメなんだよな。
 こんな独り事を呟いた。たった今(Am:6:00) 寺の鐘が一つなった。ゴーン。誰が撞いてんだろうとそっと窓越しから見たら運動着姿のご婦人だった。手を大きく振って歩きだす、”今日もがんばるぞー”と体が言っている。
 皆さんも気付いたことがあると思いますよ。自分が弱気になっているとね。目に入るもの全てが萎んで見える。元気モリモリという人に遭うと「あの人 大分無理してるな・・」とか思ってしまう。悪循環に陥るんだわ。
 人様のことは 良く存じませんが 自分自身の事を考えてみますとね。弱気の自分も強気の自分も自分なんですよね。繋がっている。そうなると無駄な事って何も無い。だってそうでしょう。自分の体験から相手の気持ちが少しでも判るようになるんじゃーないでしょうかね。
 解かり合うという事だけど言葉に言うのは簡単、でもどうすれば出来るかって事は難しいでしょう。職場で責任ある立場になっている人の気持ちの大半はその苦労です。
 それが嫌なら出世なんか考えずマイペースで仕事できる位置が良し。
 一つの生き方と考えられますよ。
 でもこれって仕事の上の話で、仕事を離れれば関係無いでしょう。
 2千日回峰行を万行された酒井雄哉師が87歳で最近逝去されました。回峰行は天台宗の修行で酒井師は14年かけ、なんとそれを2回行った。
 比叡山の長い歴史で3人しかいないという。
  何がそこまでさせたのか知りませんが、一般に紹介されていることだけみても30代までに想像を絶するような苦労をされていることが判ります。 在家から僧侶になる決心だけでも大変でしょうに強い決意で生きられた方と尊敬しています。
 仏教は、本来実践があって活きてくるものですよね。
 恐らく酒井師は僧階や地位には関心が無かったと思われます。穏やかなお顔で判り易く話される姿から充分そのことは判るんです。
 真言・天台は平安時代、空海と最澄によって始められた日本仏教の二大宗派です。私は真言の寺に生まれ、63年、今、反省しきりの毎日を送りながら、そうだ、元気を出してやっていこうと決意したのです。
”なーに いつまで もつかね?”  誰かに言われたような気がしました。南無 大師遍照金剛!

2537:育成会関ブロ

28日〜29日とつくば国際会議場において第47回手をつなぐ育成会関東甲信越茨城大会が開催されます。準備にあたられた皆さん、ご苦労様でした。私もその中の一人として何度も打ち合せに水戸まで通いました。
 参加者が1000名を超え、この時期、地方で開催する大会としては良く集められたと思います。
 基調講演は宇宙飛行士の土井隆雄氏で演題が『夢の実現:宇宙をめざせ』です。地元の中高生にも参加を勧めましたのでどれだけの若者が話を聴きに来られるか。
 さて、育成会の活動は県単位ですが、更に市町村毎に組織があり、茨城にも40以上の支部があります。私は支援する事業所の立場で関わってきましたが、支部の活動状況を見ますとかなり格差があるというのが正直な感想です。それに会員の方達の高齢化が進み、若い親達はあまり活動に参加しないということも伺っています。
 県内には特別支援学校が沢山あり、地域によって定員の増を行わないと間に合わない学校もあるようです。
 先日、こんな話を電話でしました。
 その方は知的障害者の場合は特別と見ている。社会保障費が毎年1兆円ずつ増えるという日本で様々なサービス事業があります。特に高齢化対策とかいって介護問題に関しメデアが盛んに取り上げますが、日本全体が偏った情報に振り回されているような気になります。
 土井さんに”夢の実現”という話の中でその辺の事をふれてもらえないかと思います。
 何せ宇宙から地球を見ると全く違った価値観が生まれるとか。
 釈迦やキリストは凄いとあらためて思いますよ。人類の幸せを願い教えを説いた。
  そこには”自分さえ良ければ”という発想は無い。これが肝心。
 
 ♪♪  熱きねがいに活きる人  幾とせ重ねて今もなお
          共に語らんまこともて 手と手をつなぐ母われら

      深きねがいに活きる人  行く手を望みて幸せを
          共に拓(ひら)かんまこともて  手と手をつなぐ母われら  ♪♪≪手をつなぐ母の歌≫
 
土井さんも一緒に 
最後に合唱

2538:後継者

茨城流おもてなし・・・・。
 大会の主催県として運営委員全ての願いは、来られた皆さんに嫌な思いをさせないということで一致していたと思います。それができたか否かは正直判らない。
 日本中いたる処で様々なイベントや研修が行われています。その数たるや膨大な量で、今風にそれをお金に換算したならばどうなりますか? そんな事に私は実は関心はないのです。それよりももっと大切なことがあると思うんですね。
 昨日終わった手をつなぐ育成会の大会で幾つか私が感じた事があります。その第1は参加者の高齢化というものです。特に障害を持たれたお子さんの親達の集まりですから、ご自分の年齢に関係なく、実に熱心に参加される方が目立ちます。でも皆さんお歳をめされている。
 大きな課題として若がえりがありますね。正確な数は判りませんが親子で参加された人もおられました。
 茨城大会は2日間でしたが、次回は山梨県で開催されるそうで1日だけになると伺いました。
 人数を集めるのも大変な時代になったということでしょうか。
 今回、私は心身協の会員に声をかけました。参加協力をお願いしたのです。福祉の店や研修に参加してくれた関係者も結構な数おられ嬉しく思いました。
 我々事業者は大きな転換期にあることを実感しています。社会福祉法人としての役割が曖昧になっています。
 何故だか分かりますよね。
 これを自覚するか否か、誰の責任でもありません。自分自身でその実体を見究め進むべき方向を定めることしかない。
 昨日、ホテルで新聞を読んでいたら、朝日新聞にこんな記事がありました。介護施設のM&Aが進みつつあるという。
 それも数十億円のお金で売り買いが行われているとか。買い手がなんとシンガポールのファンドで、その事業規模で競える処は日本には無いという。
 当に日本の高齢化社会は魅力ある投資先なんですね。それを自分の処は社会福祉法人だから心配は無いと言えますか!
 日本の福祉の歴史は、その大半が戦後からのものです。当時はあえて言うまでもないのですが、国が支援しないとやろうとする人がいなかった時代だった。それが今どうなっていますか?
 後継者を育てる。これは従来の手法では難しくなった。でも私は確信していることがあります。
 それは・・・・・・・・・。

2539:神無月

今日から10月、神無月というのはご存知ですよね。異説があるというのは知っていますが、何せ日本中の神様が出雲に集合しどこもカラッポになってしまったからというのが凄く良い。だってそうですよね。神様だって年に1度は集まって何がいま問題となっているかを知りたいわけですよね。
 現世を見廻すと、永田町に集まってどうのこうの言い争うだけで責任は取らない人達とは違います。来年4月から消費税を8%に上げるということを近日中に発表するとか、さてどうなりますか?
 格差が今以上に拡大するだろうと言う人が多い。そんな中、2年半が経った今も先行きが全く見えない被災地の人達、見切りを付け家族全員で引っ越しされた方も多いと思います。新たな地で一から始めるのは大変です。
 それに全ての事が今まで通りにはならないと思います。改正や見直し、時間は掛かりますがやらないとならんでしょう。
 一昔前と比べ確実に変わったことがあります。それは情報化社会が凄いスピードで進んだこと。
 誰でも簡単に知ることができる時代になった。逆にその情報量と変化の早さについて行けないという新たな問題が起こっている。今の時代を象徴する心の病は、そんな環境が影響していると言われます。
 問題は現状よりも、その実体が判っているのに誰もスピードを緩めるとか元に戻そうということを言わない事だと思いませんか!
 日本は世界的に見て国内格差は少ない国だと評価される。地球上で何十億という人達がその日の食事さえ充分に確保できないと言われています。
 これだけ情報化が進んだ割には、充分その実体が知らされていない。
 これから大切だと言われている事の一つにネットワークです。自分だけがとか自分が勤める会社だけがという発想ではなしに手をつなぐ社会づくり。
 NO:2537で紹介した手をつなぐ母の歌の3番です。

・・・・・B 同じ希(ねが)いに活きる人 光のさし添う母の座を
         共に頒(わか)たんまこともて 手と手をつなぐ母われら・・・・・

2540:結団式

県庁9Fの講堂に於いて第13回全国障害者スポーツ大会東京大会の茨城県選手団総勢81名の結団式が行われました。今回、私が団長ということになりました。実際には11日〜15日までの期間となります。
 選手に選ばれた一人一人は、何らかの障害を持ってはいますが決してそれにめげることなく頑張っている人達ばかりです。前にも県代表に選ばれた方もいて顔馴染みの人もいました。
 茨城県大会(国体)も正式に決まり6年後に開催することになっています。翌2020年は東京でオリンピックとパラリンピックが開催されますから自ずと気持ちが盛り上がってきます。
 最近の傾向として、選ばれる選手が皆さんお若い方が多いということです。20代前後の人達は喜びを体一杯使って表わします。彼らにとってこの貴重な経験はこれからの人生で大きな支えとなりましょう。
 前回、私が参加した新潟大会でも団体競技のサッカーで茨城チームが予選を突破して出場、今回もサッカーが関東地区で優勝し、出場します。例年と比べ選手団が急に増えたのはそのためです。
 前回は茨城からサッカーでアフリカで開催された世界大会の日本チームに選ばれた方がおりました。いま、その彼はどうしているかは判らないのですが、必ずその経験が活かされた生活をされていると信じます。
 スポーツは言うまでも無く勝敗を分ける厳しさがあります。勝つことの喜び、負けた悔しさ、この両方とも大切な体験となり、頑張ろうと思うのです。
 毎日、何の目標もなく無為に過ごしてしまいがちな人も多いと思いますが、そんな方に是非とも彼らの競技する姿を見ていただきたい。
 毎回、私は反省させられますね。
 だって、そうでしょう皆さん。彼等はね、好きで障害を持った訳ではないのです。
  *東京大会 12日開会式〜14日閉会式 メーン会場 : 調布市 味の素スタジアム。
 

2541:土浦の花火

皆さんはご存知であったでしょうか? 日本三大花火大会と言われるものは、秋田大曲と新潟長岡、それと土浦の花火をさします。その土浦の花火が本日開催されます。朝から雨模様で大会本部は開催の是非に気をもんでおられることと思います。
 土浦の花火は1925年が最初と言われていますから90年が経っています。土浦市内にある神龍寺の24代秋元梅峯住職が霞ヶ浦航空隊の戦死者の霊を慰めるために開催したというものです。
 1日だけの開催ですから全国からこの大会を目指し集まってくる花火師は数多く、桜川沿いに組み建てられた桟敷席は2カ月以上も前から準備が始まっていました。
 何しろ80万人という人達が花火を観に集まると言われていまして田んぼの畦道にまで人が溢れます。ここ数日は気温が大分下がり、生憎の雨模様ということも重なって絶好の花火日和とは言えません。
 確かに桟敷席で観る花火は格別で迫力満点なのは判りますが、帰ってくるのに大変な混雑でその覚悟が無い私は家で音だけを聞くことにしています。最近はテレビでの実況中継もありますから、大分便利になりました。
 桟敷席は大勢の人が並び、その中から抽選で選ばれます。
 私の所でも2枚だけ手配できたのですが、例年の如く千葉の方からやいのやいの言われあげてしまいました。
 年間を通じ、日本国内では様々なイベントが開催されています。その歴史は奈良平安の古き時代から最近のものと多種多様となっています。
 でも準備にどれだけ念を入れても天気までは予定通りにはいきません。土浦の花火は以前より少し開催時期を早くしたと聞いています。多分気象条件を考慮したからだと思いますが、それでも此方側の思うようにはいかず昨年も雨が降りました。でも花火を上げる時間帯だけは降らなかった。前後は凄い雨となったのです。
 人間には思い通りに行かなくともそれを受け止めようとする智慧があります。仏教の教えは当にそれにつきると言われます。 ただ、昨今の状況をみると首を傾げざるを得ないような事象が増えているように感じられます。
 花火を綺麗だと思う素直な気持ち、そこで一瞬で結構、何の為に花火をあげているのかに思いを馳せてはいかがかと。
 

2542:秋バテ

秋バテというものがあるそうです。普段健康には自信がある方でもそれがあるとかで注意しましょうという話。
 私もそうかなー?自律神経が狂って自分の意の儘にいかない。食欲も無くなり、さーて困った。何でも秋バテをチェックする10項目があるそうで、それをみたら何と7つ程該当するではありませんか、予定が詰まっているし、その調整もしなければと思えば思う程ダメですね。
 夏バテと違うという専門家の所見もあるやに聞いていますが、最近の天候は夏と秋の境がハッキリしません。昨日でしたか、最高気温31度を超えた所もあったとか、自然もおかしいから人間だっておかしくなる。最近、体の変調で通院するかたが急増しているそうです。
 自律神経が狂うらしく、その対策にはぬるめの(38〜40度)お風呂が一番だと聞きました。それと温シップ、多分気温の乱高下に体がついて行けないからそうなるんですね。皆さん、気をつけましょうね。
 人間が心から身に応えることって何だと思います。
 子育ての苦労とか病気、それと仕事での失敗・・・・・等、数え切れないほどありますね。
 これは自分で体験しないと実は身に応えない。これが、最近微妙に変わった。
 教育の現場で良く耳にするのですが、子供の事に親があまり口を出し過ぎるということ。
これでは子供にとって自分で問題を解決しようとすることが半減してしまいますよね。その逆で親の評価は子供の成績ってことになっていませんか?
 子供たちが自分の力で生きて行くのに何が大切かと良く考えるべきだと思います。
 秋バテを体験するから次に注意しようとするものです。過信は禁物!

2543:全国障害者スポーツ大会(東京)

国体が終わって、その後障害者の全国スポーツ大会が開催されます。今回、茨城県の選手団は総勢81名、私もその中に入ります。11日、県庁をバス3台で出発し、帰るのが15日という4泊5日の日程です。
 さて、我が茨城選手団の成績はいかに?それぞれ障害種別や年齢区分で別れての競技になりますから、終わってみないとどんな結果なのか正直判らない。でも、良いんですよ。皆さん 精一杯頑張っているんですからね。
私は今までに岡山・大分・新潟・岐阜に選手団として参加しました。
 いつも感じるのは、皆さん、それぞれの思いをもって大会に参加しているということ。同じ宿舎で過ごしますから、競技以外での皆さんの普段の姿をみて、心から応援したいという気持ちになりますね。
 10月に入ってから続けざまに台風が襲来、日本列島が雨風に曝され、各地に大きな被害を齎しています。
 長年、その繰り返しをしてきただけに、日本人の台風に対する耐性は凄いと思います。先人の智慧もあって、それを次の世代に伝え教える。これが伝統と言えましょう。実はそのことが大切だと思いますね。
 
 世界を常に先頭に立って牽引(?)してきたアメリカが政治の混乱によって一部機能停止中とか、日本では想像もできない状況があるのでしょうね。
 その同じ紙面上では、日本人のある能力が世界1位というニュースもありました。2位がフインランドとかいうので、信憑性も高いのでしょうか?
 メデアが様々な情報を流しますから、一喜一憂することが実に多い世の中になりました。
  今日は9時に県庁をバス3台で出発します。障害の有無に関わらず、何かに一生懸命になることの素晴らしさ、何も言わなくても周りの人達に勇気と元気を与えてくれます。
  そんな訳ですから15日までこのコーナーはお休みします。
 

2544:報告

東京大会
なんと言う事でしょう。東京の運の強さ、12日〜14日の3日間、雲ひとつ無い快晴の下で開催された全国障害者スポーツ大会、無事全行程を終わって帰ってきました。茨城県選手団総勢81名の活躍は見事、それぞれの種目に全力でのぞみ、結果はなんと42個のメダル獲得という偉業を達成しました。
 何十年かぶりに利用したユースホステルは、最初戸惑いがありましたが、日が経って慣れてくると自由な雰囲気が実に良く、外国人の利用客も多く、皆さん、それぞれに楽しんでいたようです。
 サッカー・水泳・アーチュリー・陸上・卓球・フライングデスクなど参加した皆さんが何かを感じ、次に必ず活かす体験をしたものと信じます。選手の皆さん、コーチそれに事務局の皆さん!本当にお疲れ様でした。
 大会が無事終わった。6年後2019年は茨城大会です。
 台風が全て終わってからやってくる。なんて事でしょう。ふと思い出したのです。あれは何十年も前の話になりました。
 開会式前日、大洗の民宿に泊まって夜遅くまで空と睨めっこ。
 大丈夫、茨城はあの時の経験があるから、何も怖くない。
 
 一つ気になったことを。
 東京は万が一災害が起こったら大変だと思いました。今回の閉会式の後の状況を見ただけでも容易に想像できます。
 一斉に人が動くような事態になった時、完全にマヒしますね。道路がそれだけ整備されておらず、大挙して避難集合できる
場所がない。
 東京の知事さんもオリンピック開催の決定を笑顔満面で話されていましたが、その裏には大変な不安があるだろうと思います。
 一夜明け、感じたままに記しました。
 

2545:気候変動

週間天気予報を見るとまた台風が発生したという。まだ、大島では復旧が殆ど進んでいないのに被災された皆さんはどんなお気持ちでいられるかと思う。これだって、自然を相手で人間には如何ともしがたいと判っているから尚更だ。
 被害状況が明らかになるにつれ、想定外の事態になったという話を至る処で耳にする。真夜中、それに記録的な大雨が3時間の間に降った。
 報道によれば幅は約500メートルで起こった土石流、火山灰だから流れるスピードが、今回特有であったという。膨大な量の材木が流され、積み上げられている。
 私は40年以上前になるが大島に行ったことがある。最近の状況は判らないが、竹芝桟橋から船が出ていて島に着くと三原山を頂点にした然程大きくない島だとわかる。
 東京から近く、自然が豊かでのんびりとした雰囲気があった。
 世界的に気候変動が問題になっている。
 確実に地球が温暖化し、その影響が大きいと誰もが判っているのに、それへの対応策は国により様々である。国連などではその検討もされていると思うが、そのスピードと全く違う環境の変化が起こっている。
 
 国会が始まった。テレビを通じ各党代表質問が流されている。正直、何が論点なのか私には判らない。デフレ脱却といっても国民一人一人の受け止め方に温度差がかなりある。
 確かに問題や課題を上げるだけでそれを具体的にどうするかがない政府では意味が無い。全てを一気に行う事も無理だ。
優先順位を決め、そこに全力投球する。あまり時間をかけても意味が無い。
 日本の国内事情だけで問題は解決できない時代、諸外国との調整を行いながらだから、これもまた大変な時代になったものである。
 

2546:秋台風

台風27号・28号が発生、この時期の台風の動きは、南太平洋周辺で発生し、西に向かって徐々に規模を大きくし、沖縄の南東域で進む方向を変え、日本列島に沿って北東に移動する。
 大島は丁度1週間前に26号台風の暴風雨で大変な被害を受け、懸命な救援復旧作業が行われている。この報道を多くの日本人がテレビを通じ固唾を飲み見守っている。
 被災された人達の事を思うと、どうにかならないのかと訝しい。まさに日本列島は地震や台風の脅威に晒され、ジッと通り過ぎるのを待つ。
 昔から日本には四季があって、自然豊かな国という評価がある。他国を知らない人からすれば最近の現象からそれすら疑問に思っている人もいるかも知れぬ。
 天災と人災があって、できれば人災は避けたいものである。
 諸外国でもそれぞれの国の抱える問題がある。
 世界の動向とは違った状況は日本においては人口減少があると思う。アフリカなどでは毎年、相当の割合で人口が増えている。だから、食料問題など生きる為の条件整備をどうクリアーするかという基本的な問題だ。
 日本は少子化と高齢化、だから、良く言われるのは今から20年後の日本がどうなっているかという問題だ。
 このまま進めば、膨大な借金が何をするにも大きな障害になるはず、国会中継を見ていると、与野党、お互いが相手を批判するばかりで具体的な問題解決の道筋が見えてこない。
 まだ大丈夫だろうという慢心からそうなっているのだったら、これは人災になるのではなかろうか?
 格差の拡大と合わせ、日本がこれから世界の中で如何なる立場でどう振る舞っていけるか!
 台風通過を息をこらして待つのとは違って、本当に根本的な改革をしないと不安が醸成されるだけで夢と希望に満ちた日本がどんどん遠のいていくような気になるのです。

2547:自然と共存

伊豆大島では先の台風の復旧作業が昼夜を問わず行われ、一時避難されていた人達も徐々に戻り始めている。
 今年を振り返るにはまだ早いのだが、猛暑が連日続いた夏場、10月に入ってからの連続する台風の発生、自然の厳しさが一段と目立つ一年だと言っても間違いないでしょう。
 人間の体がいくら順応性があると言っても、ここにきてその疲れが一気に出てきた方も多いと思う。
 これは自然と体を休めなさいと言われているのだ。
 世の中は嫌な事ばかりではありません。思い通りにいかなくても、必ずどこからか光がさしてくるものだと私は思います。
 ただ、便利さと溢れんばかりのモノに囲まれた生活に慣れてしまうとそれを一時的にでも失った時、人間はどうして良いのかが判らなくなる。
 便利さと言えばスマホなど日本では若者からお年寄りまで便利な情報手段として凄い勢いで広まっているという。
 聞くところによれば、直ぐ傍にいる相手にスマホを通して会話する人もあるとか。
 利用料金に換算されないからかも知れぬが、本当にこれで良いのかと考えてしまう。
 情報の多さ早さに比較して、それを処理する能力がついていかれず、何らかの心の病をもってしまう・・・・充分あり得ることです。
 昨日、テレビで大島に久しぶりに帰島した人達が一様に話していたのは、住み慣れた自然豊かな大島に戻れてホッとしたと語った。
 同じ東京でも23区と大島では雲泥の差があると思うのだが、・・・・・。
 それはデジタル(スマホ)型人間かアナログ型かの分かれ方に何か通じるように感じます。今回、不幸にして災難に遭われた方はご高齢の方が目立った。隣近所、助け合いながら生活されていたに違いない。
 子供の数は減少し、島全体の平均年齢は高いと思う。
 日本は直面する様々な課題がある。その中でいつも問題にされることは格差の拡大である。社会保障を消費税アップの財源をあてると政府は言うが、それ以前にやるべき事、否、国民としてどうあるべきかを今こそ我々一人一人が考えるべき時だと思う。
 何と比べるか?石油資源で巨万の富を得た中東諸国、果たしてこれが永続性があることなのか。緑の木々が全く無い砂漠の都市と繰り返される紛争・・・・。大島と比べるにはあまりにも次元が違うのでしょうが、共存を考える何らかの参考にはなると思います。

2548:世代交代

世代交代はいつの世にも大切な事として言われ続けてきた。特殊な事情で修身現役という職業も無いわけではない。身近な例であるが、寺(僧侶)の世界は今でも昔からのしきたりがあってそうなっている。個人的にはある程度まできたら後進にバトンタッチしたいと私は思う。
 最近は名誉住職という肩書で世代交代をする寺も出てきた。
自分を振り返れば30代40代が一番何かに燃えていた時期だった。アイデアが次から次に浮かんできて、失敗を恐れず挑戦することに遣り甲斐を感じたものだ。周囲の人には大変迷惑なことで、今思えば良くもできたものだと感謝する。
 殆どの職場では定年制があって、定年後再雇用をするケースも増えてきた。それは当人が仕事に慣れているということと充分働ける体力があると認めるからでしょうね。
 先日、近所に結婚式があって出席した。出席者の中に教員生活を定年前に辞し、趣味のカメラを老後の生きがいだと語っていた友人が今はパートで働いていると言っていた。
 とてもじゃないが、朝起きて今日は何をしてすごそうかと考えると嫌になったという。
 私とは同年で小さい頃から良く知っている。地域の何らかの行事で顔を合わせる位だが、お互い年をとったものだ。
 世代交代での一番のメリットは何か?
 長年続けてくると先が読めるというのか、どうせやってもこうなるに決まっていると考えてしまう。消極的になってしまい新たな発想が浮かばない。すると組織は停滞する。だから役割と責任を若い人たちに分担し、可能性を信じそれぞれの活動領域を増やすわけだ。
 スクラップ&ビルドといわれるが、事業拡大まっしぐらという状況に今は無い。適材適所に人の配置ができれば良いのだが
それが最も難しい時代になった。
 企業はM&Aがお盛んで、特に銀行などは大変だ。国内の三大メガバンクでみずほ銀行が何かと話題にあがっているが、合併前の旧銀行の力関係が大きく働いているというから驚きだ。
 方程式を解くような具合に世の中はなっていない。だからでしょう、逆にこうやって続いてきたのは。
  

2549:チャレンジャー

霜月に入りました。昨日は東京で会議があって、久しぶりに浜松町界隈を歩く。我が街とは偉い違い。何故こんなに人が大勢集まるのか?
 昼食を食べようかと店を探すがどこも一杯でなかなか見つからない。良く見るとコンビニの袋を持ってどこかで食べるような人が結構の数みかけた。
 都市への人口流入の動きは何も日本だけのことではない。便利さを求めることと仕事の見つけ易さがそうさせるのだ。私は既に40年も前になるが大都会東京が性に合わないことを痛感、全く東京で仕事を探すなんてことはしなかった。坊さんという特殊な事情もあるからだろうが、田舎生活を今まで寂しいと思ったことは無いし、結構この生活を楽しんでいるのです。
 土浦という街は電車で1時間で東京に出られる距離だから完全に通勤圏になっている。昨日の会議は全国の施設関係の会議で、午後1時半からの会議だが、もしかしたら前日から来ている人もいるかもしれぬ。
 さて、この1カ月は自分でいうのもなんですが体調があまり良く無くて、どうしてもマイナス思考になっていた。自分で判っていてもどうすることもできない。
 少しずつ体調がもどりつつあるのを感じ、本日は朝から作業服に着替えました。病は気からとは良く言ったものです。
 人間って不思議ですね。無い物ねだりとか言いますが、その最大のモノは健康でしょうね。私ぐらいの歳(63)になれば、自分の健康は自分で守るしかありません。朝起きて、ああ・・良い天気、ヨシャー 今日も一日、頑張るベーと考えるか   ああ・・・今日は何をして過ごそうか?と思うかでは大きな差があります。
 テレビからの情報ですが、日本人で70歳以上の人達の体力が伸びているとか? ホント!?
 今はどこに行っても運動ジムがあって、汗を流すのに一生懸命な人達が増えました。なんと昨日紹介していた方は毎日5時間ジムで運動をしているという。こうなると仕事(?)ですね。
 平和な国ニッポン。贅沢か?といえば、利用券200円で丸1日利用できるという公営のジムだった。
 結局は自分が何を選ぶかということなんですね。ちょっとで良いからチャレンジャー心を持ってね。
 


2550:熟年パワー

『ACE地方会in 札幌』が4日に札幌市内にて開催されました。昨年はつくば市で開催したものです。マレーシアにて活動されている中澤ご夫妻をお呼びし、丸1日実に濃厚なセッションが組まれ、疲労困憊、それでも何かを感じた研修となりました。
 後で判ったのは沖縄や九州と全国から集まられた参加者もあって、会の代表である中澤氏に繋がりのある人達です。
 中澤さんも日本を出て最初にペナンの近くで障害者への支援を手作りで始め既に20年の歳月がたったとか、今では様々な活動を精力的に行っています。当に熟年パワーの全開というのでしょうね。
 私より少し年長の人達、70前後の人達が写真のように前に並んで座ると正直、畏敬の念にかられますね。聞くところによれば”平成の桃太郎”とかいう人達もいるとか、お一人お一人が確たる信念を持ち、実践してこられた人達だ。参加者は北海道在住の人達が主だったが、福祉の分野で常に一歩先を歩んできた北海道の底力を感じたのです。
 お互いが好き勝手なことを言える間柄であり、それが決して批判しているわけではなく相手を認めた上で意見を交わす。
 もう最前線を勇退し、影で支える役を引きうけている方もいるが、抑える所はしっかりと掴んでいる。
 私は2泊したが最初の日が夜8時頃ホテルに着いた。そして当日は1日座りっぱなし、翌日は茨城空港への朝9時の便で帰るという日程、正直疲れてしまいました。
 日本の実情は敢えて言うまでもなく、障害福祉の世界でも様々な問題を抱えています。制度が複雑化し、事務量が増える一方、事際に利用する側からすれば、もう少し判り易い仕組みにしてほしいという声を何度聞いたことか。
 でも、これは変わらないと思います。限られた財源を必要に応じて回しながら使うやり方ですから、この先どうなるのだろうか?という不安が常に付きまとう。
 それと問題なのは福祉に従事したいという若者が減少していること、将来の担い手がいない業種は先細りするだけ、そこを必死に喰い止めようとしている人達、その代表格が今回の企画準備をした人達であった。
 会場には多分北海道の関係者だと思うのだが若い人達も結構の数いました。
 その北海道は札幌に人口が集中し、地方都市はすたれるばかりだと聞きました。でも、海外の旅行者が随分増えているようで観光を売りにした企画も沢山出てきました。
 北海道の施設は、一見して観光施設なのかと思うような奇抜な建物が多くあるように思う。自然を上手に取り入れ、垣根の無い建物。・・・・・・。
 入所施設の在り方検討を含め、各法人に与えられた課題は減るどころか益々増えている。
 これからですぞー 皆さま。北海道に続け!!!!!!