源究140

  

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2311 足元を見て 12/11 2316 世論迎合 12/16 2321 後10日 12/21 2326 お手並み 12/27
2312 関わること 12/12 2317 遅疑逡巡 12/17 2322 こんなことか 12/22 2327 あれから 12/28
2313 元気ですか 12/13 2318 新聞記事 12/18 2323 忘年会 12/24 2328 勇気 12/29
2314 生死即涅槃 12/14 2319 想定外 12/19 2324 コダワリ 12/25 2329 振り返る 12/30
2315 昔話 12/15 2320 続:悩む力 12/20 2325 それから 12/26 2330 ゆく年 12/31

2311:足元を見て

私の偽らざる心境としては政治の事に触れたくないのです。これホントですよ。
 でも、歯がゆさと言うんでしょうか、一言も二言も言いたくなってしまう。テレビ・ラジオは候補者の紹介に相当時間を割いている。その分、街宣車による選挙運動が減ったように思う。戦術が明らかに変わったんですね。
 何しろ政党数だけでも12有ると言います。ですから代表による政権放送もほんの数分だけ、あれで解るんですかね。アメリカやお隣の韓国と比べ、選挙戦の盛り上がりに欠けるのは一目瞭然。それで言っている事は立派な事ばかり。
 有権者に説得力のある人は、その実績が大きくモノを言う。地方自治の首長を経験した人が多く国政に参入するようになり、庶民に多少は身近に感じられるようになったことはありますね。
 
 我々は、自分達の足元を見て生きていくしかありません。この国をどうしようとか言ったって無益の議論だと一蹴されるだけです。ならば自らの役回りを果たすしかないでしょうよ。それも一生懸命に。
 自己満足と言われたって構わない。他人に迷惑をかけず、只管、己の信じる処を歩むだけです。
 尚恵学園には30年以上も生活を共にしている人達が大勢います。彼等にとってそれは狭い空間かもしれない。
そんな中で今、必死に病と闘っている方がいます。彼は農業のスペシャリスト、昔は牛やヤギを飼っていました。田んぼや畑がとても似合う人です。
 そのWさんが今車イスでの生活になり、徐々に体力が衰え、我々との一緒の生活に限界がきた。そして、医療ケアーのある別の場所に明日引越すことになった。
 Wさんにとってみれば、かけがえのない親友を昨年亡くした事が大きかった。何をするにも二人は一緒、言葉は2語文が精々だったけれど充分通じ合う仲だった。
 今、病院でなく自宅で亡くなることを望む人が増えている。ホームドクターがいて訪問看護を受けながら家族に見守られて最後を迎える。
 これは昔ならば普通の事だった。それが今では殆どの人が病院で亡くなる。
 人間の幸せって不思議なんだよね。良かれと思ってやってきたことが実は違っていたというのが実に多いのです。我々が関わる”福祉”だって全く同じ、利用するご本人の満足じゃなくて支援者側の自己満足になり易い。
 これを極力避けるべきなんです。
 それにはどうすれば良いのでしょうね。多分、常に自分の足元を見ながら生きていくことなんだと思います。
 

2312:関わること

12月12日は真言宗にとっては大切な日です。中興の祖と言われる興教大師覚鑁(かくばん)が亡くなった日で”陀羅尼会”を行います。今の新義真言宗の総本山根来寺の開基です。紀州根来は根来衆と言って豊臣時代に大きな軍事集団を擁し、焼き討ちにあったりしたのです。
 いつの時代においても守旧派と改革派の対立は存在するもので、覚鑁が高野山の座主を兼ねた当時、山の反対にあい、根来寺に移ったと言われています。
 「温故而知新 可以為師矣」(論語:為政)・・・今の日本の状況は、多分、関心が未来にばかり向いて、焦りや不安が蔓延混在しているんだと思いますね。古い事柄と新しい物事を熟知して初めて人の師になるにふさわしいと言うのです。
 政り事に限ったことではなく、生業全てに通じる事、そして結局は、自分がそれにどう関わるかという事なんですよね。
江戸時代以前ならば国内で様々な戦がありました。身分制度も今と比較にならぬ位、ハッキリと別れていましたし その当時から官僚は絶大な力を持っていましたよ。基本的にはこれが今も続いているってことかも知れません。
 宗教の世界も全く同じことが繰り返されてきています。時の権力から重用され中央に確たる座を得た僧侶、その是非が云々されています。
 でも、中にはそんな事に無頓着で古衣を纏い、目立たず、市井にあって庶民と交わること本懐とした先人もいます。私はこの様な僧に憧れますね。
 世を変えようとしたところでどうなりますか!いか様に将来を思い描いても、本当にそれが正しいのかどうかは誰も解りません。これは決して虚無主義を標榜している訳ではございません。
 唯一私が確信することがあります。それは戦争という過ちを二度と起こしてはならないという事です。如何なる国であろうと国の為に命を投げ出そうなんて考える兵士はいない。家族や子供達のために自分が犠牲になったというのが真実です。
 その鎮魂は戦後67年というような短期間で為し得ることではありません。日本が不戦を誓って今に至った事は、世界に誇るべきことなんです、それが政治という枠組みで捉えると何か主旨が変わってしまいます。
 不戦を訴えている党に票をいれたいと思わないのは、どの政党だって同じ事を言うし何かがズレているんだと思う。
 離合集散をいつまで続ければ済むのですか?
 そして、私達一人一人がどう関わっていくことが良いのでしょうか!
 *尚恵学園で電気自動車2台を購入しました。ソーラー発電の設備をいれ、充電もそれで賄います。でも、分かった事があります。
それは法人は売電が出来ないという法律になっているという事、何かがズレている証なんですね。何を守り何を改めるかという議論が全てにおいてやりっぱなし。
 

2313:元気ですか?

カラ元気でも良いじゃないですか!下向いて愚痴を言ったて何も変わりゃーしないんだから。
 最近、良く道ですれ違う人がいます。私の大先輩、某会社の沖縄支店長で自由気儘(?)な現役生活をエンジョイ、「元気ですね」「いやー住職のほうがいつも元気で何よりだ」
 これがいつもの挨拶パターン、ウヲーキングを日課としているようで私の方は車ですれ違う。何度か芝刈りを御一緒したことがある。業界トップ企業の沖縄の総責任者、国内でもドル箱の店だっただけに、挨拶一つとっても如才無し。
 生涯現役が果たして良いのかどうか?他に害を及ぼさなければそうありたいと思いますが、それは無理な話。私は現在の仕事を止めようと思わない。上手い言葉が見当たらないが”敵前逃亡”はしたくない。だからと言ってやれる事には限界を感じている。そこで、何をどのようにするかという事を模索始めた。
 清水寺の貫主が今年を表わす「一字」を「金」と書いた。昨年は「絆」だった。字から様々な想像が成り立つ。日本人だけじゃ無いかもしれないが、辞書を引くことが極端に減ってきたと思っている。電子辞書の登場、これだってパソコン1台あれば不用となる。便利さの反動が五感の劣化だ。
 多業種ある中で今一番元気がある業界は何かとふと考えた。多分、物流関係かも知れない。特に宅配は当日配送になるとか、24時間休みなく稼働している。能率と正確さが要求されるサービスだけに日進月歩、各社入り乱れての競争が激化、唖然とするばかりである。いつ見ても寸刻を惜しんで配達の人が走っている。
 我々の仕事と比べることはできないが、何かヒントになることは無いだろうか?福祉の仕事は、今でこそ職業と言われるようになったが、本来は違うと思う。否、違うべきなのでしょう。そう思いませんかね。
 教育や医療と比べ、福祉の専門性が問われてきました。その理由は、福祉はその人自身の生き方だからだと思う。
 優しさ・思いやりを専門化することは筋違い。できるものではありません。教える側に自己矛盾を孕むからですよ。
 介護の現場で万が一、物流のノウハウを取り入れたらどうなりますか?能率と正確さを求め過ぎると火葬場まで経営することになりかねません。
 一つの法人がどこまでも規模を拡大し全てを賄うようになると大変な事になります。その事に早く気付くべきなんですね。
 福祉を解り易く言えば、”持ちつ持たれつ”の関係だと思いますよ。
 最初の話に戻しますが、元気の源は「役割」を自覚することだと言えます。赤子からお年寄りまで、役割があるんだ。介護現場で気になる光景を見かけます。
 孫のようなスタッフがお年寄りを子供扱いしている場面、嫌ですね。役割が逆転?人の尊厳を履き違えていませんか?
 まだ、そのレベルなら良しとする????
  福祉は人間の根源的な命題、それを抜きにしたどのような論議も説得力に欠けるのは明白でしょう。
  昨日、水戸である会合がありました。20名程の集まりでした。その誰しもが役割を感じながらも地団駄を踏んでる。
  此処なんですよ。元の意味は足で踏んで空気を吹き送る『蹈鞴』ふいご、地団駄そのものに実は意味が有るという事なんです。
つまり、多いに悩めって事だと言う事ですかね・・・・・。
 

2314:生死即涅槃

少々判りづらい事だと思います。大乗仏教の概念では、煩悩即菩提などと対で語る場合があります。でも凡夫たる私達にとってそれを心から信じることができるでありましょうか?
 逆に曲解し、自分の否を正当化すのに利用したりしないでしょうか? ここで言う「即」の意味ですが、イコールという意味とは違うと捉えます。ならばどんな意味?それは「和融」「不二」と言われてます。迷界にいる我々から見ますと生死と涅槃の間にはハッキリとした隔たりが存在すると考えます。
 しかし、悟界(覚りの世界)からみると色という概念で説明し、色(ex:物質世界)は不生不滅・不増不減なのだから生死そのものを厭うことは無いと言うのです。
 これ以上説明すると嫌になることでしょう。もう少し付き合って下さい。
この教えは、不二法門と言いまして『維摩経』で説かれているものです。
別名「不可思議解脱経」と言われますから、誠に不可思議な教えなのです。でも、この版本のサンスクリット原典は、1999年大正大学学術調査隊によってチベットのポタラ宮で発見されたんですよ。凄いでしょう。
 私もカバン持ちという役目をもらって、その後、その調査隊の一員で参加したことがありました。その時の印象ですが、教えを今の日本で理解することは難しいと感じました。
 自然の厳しさや文明の侵入を拒否した世界だからこそ「即」を「和融」と理解できると思いました。一つの事例ですが、そこでは今も鳥葬や風葬という形態が残っていました。日本では散骨でさえ、まだ良く知られていません。つまり、生死を忌み嫌う習慣が深く存在するからなのでしょうね。
 形がどうであれ、私達も人間の生死を自らどう考えるかという事は必要だと思っています。最愛の人、大切な人を失う。この事は辛い悲しいことだと言えます。
 理屈で解っていても感情はどうしようもない。ですから、悲しければ思いっきり泣けば良い。でも、良く考えて見ると泣いているその間も時間は流れているのです。悟界から観れば、確実に我々自身が死に向かって時間を使っているんです。
 いずれ我が身にも起こる事を誰しもが疑わずにです。
 チベットの話で今の日本と全く違う状況をあげれば切りが無い。それこそ時間の無駄。
 ですが確信できることは、日本で無くなったものがチベットに残っていて、チベットに無くて日本に在るものを考えるとその優劣を計ることは出来ないと言う事です。
 その最たるもの、自分の死を受け入れ関わった多くの人達が安心を得られるかという事を考えて見て下さい。
 今風に考えると確実に親から子にDNAが受け継がれます。そうで無くてもその人の生き方は後に残った人達に思い出として引き継がれると信じます。
  

2315:昔話

長いこと尚恵学園の理事としてご支援頂いた吉岡先生が傘壽を迎えるにあたり、理事を辞任したいとの申し入れがあり、昨日わざわざ水戸から来て頂きました。先生は障害児教育のスペシャリストで東京教育大をご卒業の後、定年まで茨城大学で教鞭を取っておられました。多くの教え子が全国に散らばり教職についておるとの事でした、穏やかな先生で役員会では様々なアドバイスを頂き本当に感謝しています。
 今後は違った形で協力して頂きたいとお願いしました。
 今日在るのは先生をはじめ多くの人達に支えられてきたからこそだと確信しています。先生と昔話をしました。昭和40年代の学生と今の学生を比べ大きく変わったことは、何かに燃えるということが薄くなったという事だと仰いました。
 私も昭和44年に東京に出て学生時代を過ごしました。丁度学生運動真っ盛り、大学の構内には至る処でヘルメットをかぶった学生や立て看板があり、山手線にまで集団で乗りこんでくる始末でした。あの新宿闘争があった時、私は西新宿近くに下宿していた。もう40年以上も昔の話です。
 振り返ると福祉の仕事でいろいろな人にお世話になりました。そこに縁を感じます。
 当時、今の仕事が面白くて仕様が無かった。実に懐かしく記憶を遡ることができます。まー悔いの無い人生を送らせてもらったと言う事でしょうか。
 私の性分は、思った事は直ぐにやってみないと気が済まないのです。迷惑を考えず、突然伺って話を聞かせて欲しいということも度々ありました。
 今度は誰誰さんと会ったらと言われれば、そうさせて頂いた。決して難しい話をする訳ではないのですが、不思議と満足感を持ちました。
 結局は、自分が選んだ道です。誰の所為でも無い。そう考えると今も何も変わらない。他人の所為にしている間は、何をやってもダメでしょうね。
 今日、観音寺の総代を長いことして頂いた方の葬儀があります。91歳でした。最後は本当に穏やかに逝ったという話、それを伺って何かホッとした思いになりました。
 今日一日、故人との思い出に浸ることに致します。
 

2316:世論迎合

本日、衆議院の選挙があります。如何でしょう?各地の選挙戦は盛り上がりを見せていますかね。各政党の主張がハッキリしない中で、通り一遍の公約が飽和の状態、耳を傾ける気にもなれないというのが大多数の人達の正直な気持ちではないのでしょうか。
 私は当にそうなんですよ。一方、”世論迎合”とか言う言葉があちこちで見かけるようになりました。
 これは突出した主張を毛嫌いする日本人の精神文化(?)の背後霊。当世、報道機関を通じ、様々な世論調査が大流行、その結果に一喜一憂し、舌先三寸のまやかしが常態化、言い訳と責任逃ればかりが目立つ。
 その端的な例をあげれば、少子高齢化への政策も変わり映えせず、行き過ぎた超豪華な設備は全て介護向けに投資され、元気なお年寄りまで1日を無為に暮らすのがユートピアと勘違い。そして今の政権になって3年3カ月、なんとも少子化担当大臣が10人も替わった。これこそが動かぬ証拠である!
 何か目くらましにあったように感じながら、本日誰を選んだらよいのでしょう。自慢じゃないが私は投票を今まで一度も欠かしたことはない。今回は政党なんか無視をして本人の人間性で選ぶことに決めた。
 賞味期限切れの人間が今更懺悔したところでもう遅い。ここに至ってさえ懲りもせず御輿を担ぐ連中の常識を疑うのであります。
 この国にそんな余裕が今残っているのでしょうか?新卒者の就職内定が60%弱という、この国の将来を託す若者がこの始末、何故、議員に定年制がないのでしょう。
 これ以上言うのは止めときます。駄弁を弄する暇は無い、遅かれ早かれ結果は必ず出るはずだ。
 自らの足元を見つめよう!
先代を支えた人達の顔が急に浮かんだ。制度も無く、補助金も無かった時代、古材をリヤカーで買い集め、自分達で宿舎を建てた。それから、ご自身の子供さんも一緒に同じ屋根の下で生活を共にした、あの時代が妙に懐かしい。
 当時、世間様から変人扱いされたことも有ったと聞く。我が尚恵学園は、産声をあげて今年で57年目、正直青息を糧としてやってきた。
 制度がどうなっても気にしない。それよりも、今の儘進んだら、必ずや日本は破綻し、社会保障云々など悠長なことを言っておれなくなる。明治・大正・昭和その歴史を見れば直ぐに分かるはず、パンドラの箱ではないが破綻する前に外国に戦い臨む余地しか残らない。これを貴方は否定できますか?
 脱源発も大切だとは思うけれど、万が一他国からの侵略(夜み討ち)にあったら全てが泡になる。
 世論迎合がトップリーダーの言い訳になるようでは、最早この国の明日はない。
 唯一残された選択肢、それは我々一人一人が自らの役割を自覚し、黄泉国に渡る時に後悔しない生き方をするこれですよ。・・・・・まんだら・・・・・・。
 

2317:遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん)

何故、日本の選挙でこうまで投票率が低いのでしょうか?民主国家の中で、ドイツやイギリスは高く、フランスが低い。また、義務投票制をとるオーストラリアは常に90%台、棄権者には罰金を課すという。
 政治への無関心層が決して減らないのは、何故なのか?先ず有権者その人の責任だ。どんな理由をあげても私には理解できない。決められない政治に嫌気をさし、権利の行使を放棄して良いのですか。
 この行動パターンは義務を果たさず権利ばかり主張する輩が増え過ぎたことに現れた。
 今回の選挙結果は白黒がハッキリしている。だからと言っても投票しなかった人達の真意は掴めない。多分、その人達に限って後後好き勝手な事を言い出すだろう。
 衆議院の3分の2以上を自公両党で占めた。我が茨城は自民党党員が全国で2番目に多いという。前回はそれが全く機能せず大敗したのに今回は議席を独占、この真逆が最もハッキリ出た県だろう。
 あれは3年半前だった。NOを突き付けられ惨敗した自民党、その替わりに新たに議員に選ばれた人達が千載一遇のチャンスを生かし切れなかった。何かのイベントで出席議員を紹介する時、名前を間違い平謝りしている事務局を何度か見た。名前と顔が知られていない議員がその後どう行動したか。
 自民党は前回苦渋を嘗めさせられた。今回は多くのベテラン議員が自ら退いた。若返った地区では不思議な事に、その後継者の殆どが当選している。組織選挙は投票率が低迷している時には強味を発揮、動員数だって他を圧倒する。
 野田さんは惨敗を自らの責任と代表辞任を決めた。当然だろうが人間性からみれば民主党の3人の総理の中で一番好感が持てた。民主党が野党として再起できるか否か、今後の国会活動で実力が試されよう。
 一方、安倍さんは圧勝の美酒に酔っている場合じゃない。前に彼が総理を受けた時と周囲の環境は大きく変わっている。
 どうしたって私達には体調を崩し途中降板したことが忘れられない。
 野党時代、政府の遅疑逡巡を酷評してきた自民党だけに有権者の厳しい目は避けられまい。
  長期のデフレ経済の中、様々な問題が山積、そこに国民の関心が一番高い。その打開策が果たして公約の通り打ち出せるのだろうか?我々だってお手並み拝見などと悠長な事は言っておれない。
 世の中には、本当に勝ち組と負け組が存在するのでしょうか?
 企業は生産拠点を海外に移す。利潤率を高める為には仕方がない。国内の産業空洞化が今以上に進めば新たな問題が起こるに違いない。
 政治への信頼度は、現状の生活の満足度に連動する。人間の性で欲望と不満は切っても切れず、誰しもが心の中に持っているのです。
それに価値基準は絶対ではない。常識が常識と通らない時代を現に生きているからだ。
 高級車を乗り回す事に優越感を感じる人が、幸せかどうか?
 エネルギー問題が話題になっている時に、この感覚鈍磨を是認するか否か、偏に生きるセンスの問題なのかもしれません。
 

2318:新聞記事

今朝の朝日新聞の記事からある思いが募る。
 今回の選挙で投票率が低かったのに無効票が過去最多となり全国で204万人(3.31%)にのぼったという記事があった。投票には行ったが誰を入れて良いのか分からず白票で出したか自分の名前を書いた人が多かったからだという解説があった。
 尚恵学園のメンバー達の票がその中に数えられたという確信を持った。これは私が知る限り尚恵学園で40年以上も前から続けている実態である。選挙が終わって1票の格差が憲法違反だという訴訟が出されたそうだが、私は知的障害がある人達、自分の名前もかけず、意思表示さえ上手くできない人達が自分達の権利をどう行使すれば良いかを悩んできた。
 今回、投票所に行けるメンバー達は、皆さんが投票を行った。4〜5人の小グループに別れスタッフが付いて行く。多分、彼等は白票か自分の名前を書いたに違いない。成年後見制度を受けている方には選挙権が無いから、それ以外の大半の人達が権利を行使した。
 義務の履行?でもあるでしょう。
 いま後見制度を受けた人の選挙権の問題が最高裁で裁判になっている。これがイマイチ盛り上がりに欠けるのは所詮他人事にしか考えない人が多いから?
テレビ討論類の無責任性、今更コメントするのもバカバカしいが昨日こんな番組を見てしまった。比例区当選できた翌日なのに某県の知事をやったというタレント議員が自分を推薦してくれた党への不満を公然と述べている。政治劇を脚色し恰も自分が主人公になっているかのごとき言動、ライトを浴びる恍惚感を一度経験してしまうと人間こうなるのか。このレベルの人を国政に祭上げる国は果たしてどうなのだろうか!笑いながら国を憂うという人種に無性に腹がたった。政治に関わる人達の気概とモラルは共存しにくいという証。選挙戦で見せた悲壮感と声を嗄らし訴えたことは一体何だったんでしょうね。
 無効票の話に戻す。
 世間のルールが何を基準にできているのかという事を実は言いたいのだ。自分の利を最優先する仕組みは、破綻する。そしてその種の人間もいずれ失脚する、おごれる者の末路とはそういったものなのだ。
 その事を弁えない人は閻魔様に舌を抜かれますよ。
 時代は変わったね。今の若い人たちに”閻魔様”なんて言っても通じない。昔ならば母親から枕元で読み聞かされた昔話や絵本にその種のカラクリが有った。
 権利行使という事は、実に意味深長な問題であります。障害福祉に限ったことではなく、日本の社会保障の仕組みがホンネとタテマエを上手に使い分けしたものと成り下がっている。これには私達、現場に関わる者達の責任も大きく、厄介な事を敬遠する風潮が増しているという実態があるからだ。
 毎度、重い内容で恐縮ですが、対峙するというのはこういう事だと思っているから仕様が無い。
 お迎え来れば、行くだけさ・・・・・ってこった!還暦後満2歳となりにけり。
 

2319:想定外

ハプニングが起こらない日はありません。想定外というんじゃありません。”気付き”です。
 昨日はSさんが朝から大声を発していました。ドアを叩いたり大変でした。Sさんがこのような行動を取る時には必ず理由があるように思っています。それは自分が何かを訴えているのに周りが理解してくれない時ですね。時には何かに感極って大騒ぎする時もあります。ですからその場面だけ見たんでは、喜んでいるのか怒っているのか分からない。
 彼女は今年ケアーホームに移りました。大分そこでの生活に慣れてきたようです。昨日は一人で歩いてホームに戻ってしまった。初めての出来事でした。いつもなら仲間4人とスタッフと一緒にホームに移動するのですが、昨日は大騒ぎした後で一人で帰ってしまったのです。
 正直、それを知らされ感動したのは職員達でした。「Sさんが一人で帰った。へー凄い・・・できるんだ・・」
後で私は聞いたのです。複雑な気持ちでした。ホームには体調を崩して静養していた仲間がいたんです。自分も蒲団をすいて寝てしまったかどうかは知りませんこれってハプニングでしょうか?
 日々の実践での優先順位は、日替わりです。それでは不味いんだと思いますが、現実はそうなんですよ。事業所によっては週末自宅に帰れる人が多い所があるようです。でも尚恵学園はそれが出来ない人が大半です。
 こうしたいああしたいという意見は沢山出ます。それを全て行うことは到底無理、この仕事は際限なしなんです。
 ですが、そこでストップしてしまうとダメなんですね。Sさんがそれを私達に行動で示してくれています。
 想定外というのは予め仮に思い描いた外のことですよね。実はここなんですがね。
 想定通りに物事が進むことってありますか?
 これは明らかな事、だって自分自身のことを考えてみれば直ぐ解ります。自分だって将来どうなるか解らないから不安になるんです、それを他人様をこうあるべきだと決め付けるなんて事は本来許されるべきでは無いはずです。
 正直に言って外部の評価を気にするあまり、そういう方法を取っているという事でしょうよ。これは想定内なんです。
 皆さん、考えてもごらんなさい。ご自分の子供達にああしろこうしろと言ったら家庭不和になって大変だ。どこの家だって腫れものに触るようにしているのが実態です。
 それがどこでどう間違ったか偉く出世した子供がいたら、これこそが”想定外”って言うんですよ。
 

2320:続:悩む力

姜尚中さんの『続:悩む力』はさすがだと感心しながら読んだ。彼は私と同じ1950年生まれ、在日韓国人として様々な嫌がらせを受けた中、母の言葉に導かれ、家族が団結して生き抜いてきたと振り返る。≪『母ーオモニー』より≫
 この本は先の『悩む力』の続編、3.11後に書かれた。「人間とは何か?」という根源的なテーマを百年前の夏目漱石の「予言」を手がかりに語りかける。
 その中身は、漱石の作品を題材に彼が影響を受けたであろうウエバーやフランクルの著作と対峙させて解説している。漱石は若き時代、当時としては近代資本主義1等国たるイギリスに留学し、そこに日本の末路を垣間見たという。
本の中に出てくる「精神のない専門人」とか「心情のない享楽人」という言葉は、既に100年が経とうとしている今の日本に見事に当てはまると言うのだ。
 「野郎自大」(やろうじだい)という言葉の意味を皆さんご存知ですか?自分の力量を知らないで、幅を利かす態度を取るたとえをいうそうだ。「史記」
 そうそう思い当ることは沢山あります。最近良く聞かれる言葉に「市場の原理」というものもありますよね。これが「精神のない専門人」が多用するから混乱してしまって何を信じて良いのか分からない。好き勝手に世論を誘導し、自論の正当性ばかりを宣伝する類は捨てる程います。
 その中でホンモノを探しだす事は大変です。
 今の日本(優に百万人を超す鬱病患者や自殺者の数が一向に減らない)は3.11後の「非常事態」の中で従来からの「幸福の方程式」が限界に達したと観るべきなのでしょう。
 相も変わらず、時間を割いて会議(?)に参加して溜息ばかり出るのは、反省もせず前年を踏襲実施すれば責任を果たしたと錯覚しているのです。5年経って結果が出無ければ止めれば良いのにその勇気が無い。
 牽強付会の話をいくら時間をかけ行っても突破口は見いだせませんよ。湯加減でもあるまいし、良い塩梅の妥協点を見つけだそうと湯と水を交互にさすようなことをやっている。
 こんな時、私は悪い癖で突拍子もない事を言う。何をホザイテいるんだと出席者の冷たい視線を感じながらも止めません。最近、それが常習化してしまった。
 私の真意を理解してくれる人は少ないがそれでも相槌を打って良く言ったとばかりに居眠り寸前の処を目を覚ます人もいる。
 贔屓目にみて、そのタイプの人は本気になって悩んでいる人だとみている。
 会社が倒産しようとしている時に熱いかぬるいかを議論しているようなもので、自分達が恵まれた環境にいることを不思議だと思わないのです。
 これが、私が一気読みした『続:悩む力』の感想である。
 

2321:後10日

2012年もあと10日を残すばかりとなりました。月並みですが今年も色々ありましたな。
 確信が持てない情報が蔓延し、何を信じて良いのか分からない。これを前項の姜尚中さんの言葉を借りれば”直接アクセス型社会”の特徴らしい。買い物だって情報だって店や本という媒介を通さず、容易に直接手に入れることが出来る。ネットという便利なツールを利用すればです。これには年齢や経験という条件は全く関係無し、誰でもがいとも簡単に手に入れることができる。
だが、それへの副作用から新たな問題が発生しているという。それが何なのかの確信が持てない社会に今我々は生きている。
 さて皆さん、一年を振り返った時にどうです、ハッキリと記憶に残る出来ごとってどれだけ有りますでしょうね。
 時間だけが流れ、なんとなく過ごしてきたという気持ちになりませんか。ここなんですね、真面目に考えれば、私は何の為に生きているんだろうかと悩むことに通底している。
 あまりにも便利になった社会に人間は適応できないものです。それは考えれば当然なこと、赤ちゃんを見れば直ぐ解ります。人間は自立歩行するのに他の動物と比べ時間がかかります。その間、何度も転んで痛い目にあいながら徐々に覚えてくるものです。
 一人立ちできた時の拍手喝さい、これらは5感に直接響くものですよ。

 それと次元を別にした失業者の問題に一言有ります。
 この実態には数字に表れない処で様々な事が考えられませんか?
 昔良く言われた3Kなる職業、それから大企業重視の就活・・・・等々世間では今もって常識です。そうね一理ありますよ。でも、どうですかね。
 今、幸せですかと問われてどれ位の人が確信のある回答が持ちえるか?
 腰が据わらず、機会があれば転職したいと思っているんじゃないの。人間関係だ給料に満足できない・・・・・等々、それでいて自分で納得いくような人生を描けない。他人を見ては羨ましく思うけれど自らそうなろうと挑戦しようとしない。労力を惜しんで実を取る。このことも現代社会の特徴の一つ?
 不平や不満があれば堂々と言えば良いのにその勇気はなくて匿名で告発するような輩が増えている。保身の術は実に巧妙で火の粉が少しでも自分に降りかかるようだと一先に身を隠す。
 こんな光景ばかりが浮かぶのであります。世を儚んでいるんじゃない。もっと自分の人生を大切にしてもらいたい。この一点だけなんですよ。
 この心配が徒労に終わるならば結構けだらけネコ灰だらけ。
 「吾輩は過去である」(前出P184より)
 

2322:こんなことか・・・

人間、先の事をどうのこうの言ったってどうしようもない。確信出来る事は自分が歩んできた道だけです。年を重ねるごとに記憶の範囲が徐々に限られてくるものですが、ハッキリと蘇らすことができることってありますよね。
 実はそこなんですよね。部屋の柱に貼り付けた一枚のコピー、【永遠なるものを求めて永遠に努力する人を菩薩という】これは薬師寺の高田好胤さんの書。
 あの方だから解るわけですよ。自然と生き様が浮かんできます。解り易く話される、仏教の伝道者であって実践者であった数少ない同時代に生きた僧侶。仏教の教えは、それを語る人によって大きく違ってしまうものです。多少仏教をかじった者であれば、それらしき事はいくらでも言えます。でも、聞く者の心を動かすまでには至りません。だからだと思いますね、釈迦が弟子達に強く戒めた。
 戦後、薬師寺の荒廃が酷かったと聞きますが高田管長の時に見事に再興されました。今も三重ノ塔の解体修理を行っている。悲壮かつ畏敬な願いには人が自然と集まる。今は亡き西岡棟梁、そして新たな梵鐘を鋳造した黄地氏、いずれも自らの生業に真剣に取り組んだ匠である。
 このような人達が集まれば凄い事ができるんですね。
 それは崇高な願いの共有があったからで、損したとか得したという感情は無い。他人と比べてどうだこうだという思念もない。一途に立ち向かうことだけ。当に信仰そのものと言えよう。
 そんな事を思い浮かべていたら、自分自身が何とも恥ずかしくなった。
 暮れになると様々な光景が目に入る。
 40年以上今の仕事を続けてきて年ごとに強まる感情があります。自分一人の限界を感じ、どうすれば願いが叶えられるかと自問する。
 年が変わっても現実は何も変わらない。
 ・・・・・・・・。
 ただそれは既成のものでは計れず、個々の物差しに合わせて見なければ本当の事は解らない。
 ある寮はイザコザが常に絶えなかった。それが相部屋から個室になって自然と少なくなったという報告を受けた。
建物を改築したからではなくて利用者の人数が減ったからである。
一人でアパート生活を始めた人がいる。彼女は仕事が休みの日は必ず園に顔を出しお喋りをしてまた帰っていく。
 4月になると新しいメンバーが増える。行き場の無い人達というのでは本人達に対し礼を失する。寧ろ受け手が無いというのが実態だ。この違いを解りますかね。
 おぼろげながら記憶を辿ってみて、40年間は実にその繰り返しをやってきたんだね。だから見なさい、良かったのか悪かったのかの評価さえができないじゃないか!
 結果どうなった?利用者の数もスタッフの数も当時と比較にならない位増えている。薄められた?何が?≪共通する願いだよ!≫
 そうかな?だって仕様がないもんな。断れば良いじゃないか?・・・・・・。
 悩む中身は、こんなことかと冷静(?)に自分を訝っては見ても直ぐに進退両難に陥るのです。
 

2323:忘年会

私の悪い癖でちょっとでも酒が入ると、もう怖いモノは何も無いと錯覚し大言壮語して憚らず、出来もしない約束をしてしまい、酔いが覚めた時、あああ・・・・どうしよう? 
 でも、考えて見た。言っちゃったからしょうがねー。やるだけ やってみっかー。武士に二言はねーんだよ。と開き直る。
 これで今までやってきた。大法螺吹きと思われても構うもんか、喰われることはねーかもよ。
 1年を振り返る時期になりました。忘年会というのもどうなんでしょうね。私には合点がいかない。忘れちゃーいけないことまで忘れるのかよ。ゴチャ混ぜな記憶を整理するという意味なら分かりますよ。
 これだって言うは易しで、忘れたい事に限ってシッカリと覚えているものです。
 年齢を重ねる毎にいっぱい着こんだものを徐々に抜いていくのが良いと言う。調子に乗って何でも引き受けてくるものだから、正直針のムシロ、足元見なさいよ!どうすんだよ!
 今年も良く言われましたね。でも懲りない。
 
 年が明けたら、全てが変わっていた。そんな風に行かないかな。
 26日に自公政権が誕生する。いやー大変だ。何をどうするか、日本政府はいつでもほろ酔い加減だったんじゃないかな。
 大判振る舞い、かなり良い格好し過ぎた。
 対外援助だって実は借款と贈与があるんでしょう。いずれは返して貰いたいというものとあげてしまうものでは偉い違い。
  この累計額は一体どのくらい有るんだろう。知っている方教えて下さい。
 そうだ、来年こそは心を入れ変えよう。
 1年なんてあっという間に過ぎて行く。本来なれば充電期間が欲しい。立ち止まって考えないと偉い方向に向かっていくような不安感が襲う。
 先日、来年6月の法事を頼まれた。その時思った。頼みに来られた人も用意周到な人だな・・・・。その夜、お墓まで行ってくれますか?食事は一緒にしてくれますか?との確認の電話が2度有った。
 ♪
   もういくつ寝ると お正月 お正月には凧あげて コマを回して 遊びましょう 早く 来い来い お正月  ♪
  *あまり 早く来なくても良いような気がします。これって私だけでしょうか?

2324:コダワリ

”クリスマス会”を行いました。毎年実施しています。正直な私の気持ちは、お寺で良いのかな?という事です。でも、これは伝統です。昔から尚恵学園では行ってきました。先代に確かめたことは無かったのですが、多分こんな風に言われたに違いない。『かまわねーよ』 拘り(コダワリ)が見事なまでに無かった人だから。
 その先代から引き継ぎ、沢山の経験をさせて貰っているという気持ちです。自分が多重人格なのかと思う程、自分の中に様々な自分がいるんですね。
 最近、思うのは自分の見栄や外聞に囚われると決して良い結果にはならないという事です。上の写真、私が形態電話で写したものです。プレゼントを貰った後だったようで、皆さんそれぞれが開けたりしまったり忙しそうでした。玩具、ゲーム、本、服・・・・・・全員が違うものをプレゼントされたようです。
 その中にYさんの持っているものを覗いて一瞬驚いた。何冊か本(?)が入っている袋の中に、自分の名前が書かれた「タウンページ」が有った。何?これプレゼント?近くのスタッフに聞いてしまいました。「そうなんです。Yさんが一番欲しいのは食べ物とタウンページなんですよ」
 どうですか?可笑しいですか?
 価値基準って違って良いんだよね。嘗ての日本が「一億総中流」とか言ってはしゃいでいた。それがどうです。こっちの方が可笑しなことになっていませんか?
 福祉の現場にいると実に奇妙な事が何の疑問も感ぜず行われています。”個の尊厳”とか言いながらやっていることは”皆で渡れば何とやら”じゃありませんかね。
 上の写真でもう一つ感心した事がありました。食堂が手狭に感じる程人が集まって寿し詰めの中でメンバー達が自分の席にずっと座っていられるのです。スタッフとメンバーさんが楽しげに話合っている姿は、簡単に出来る事じゃありません。
 私は現場に入る事が殆どできません。これも言い訳です。やる気になればいくらでもできるはずなのですよ。
 徐々に現場の中に入るようにしたいと今考えています。
  先日、ある企画の反省を含めたミニ忘年会を行いました。その時に確信できたのは、他人の所為にしている間は何をやってもダメだと言う事。
 文句を言うなら自分でやってみろ!と私の背後霊が盛んに叫んでおります。
 うるせーな 全く
 

2325:それからどうする。

人の行動や考え方には、その人の体験が大きく影響する。それも若い時の経験が一番でしょうね。確と頭に刻み込まれるからです。
少々違う角度から攻めてみます。噂話というか陰口を言う人、また言われる人。さて、貴方はどっちですか?
 私の性分では、言われる人に味方をしたい。自分が好きでこんな風になったんじゃないわい。本人が気付いているいないに関係なくです。 今、姜尚中氏の「母  オムニー」を読んでいます。自分と同じ年齢ですが、正直、私の知らない世界がそこには有った。戦中戦後、夢を抱き日本に渡った多くの在日1世の生きざまが凄まじい迫力を持って迫ってきました。ああ・・・こんなにも虐げられ辛く苦しい生活を耐え忍んだのか。
 嘗ての日本人も実は同じようなどん底の生活を体験しました。豊かさを夢に、遮二無二働いた。その結果でしょう。今の日本がここまで伸し上がってこれたのは。
 いま”熱き思い”を感じない。薄ぺっらで汗をかく事を嫌うような民族に何故なったのですか。壁にぶち当たれば避けて通るようなことを平然と行う。できない理由を無尽蔵に貯め込んで知らぬ顔・・・・・・。
 便宜主義が横行し、自己中心族が群れをなす。だから見なさい、巷には「生きる意味」さえ解らない者が多過ぎます。
 現象面に一喜一憂、そして何でも数値化すればそれで満足するような事を懲りもせずやってきた。そのツケが今至る所に出てきました。
 年金問題にしたってそうだ、私は定年制を撤廃すれば良いと思う。元気なお年寄りから働く機会を奪って、それが高福祉と考える。国の審議会で盛んに議論されている持続可能な社会保障の仕組み作り・・・・これって当に戦後の置き土産、子や孫に気兼ねして年金暮らしが幸せか?末は自宅より立派な介護施設に入って悠々自適????
 いま本当に見直さなければならない事は、数のマジックではなく、”生きがい”を社会でどう実現補償するかという事ではないだろうか。良かれと思ってやってきた事を一度リセットしないといけないと思います。
 現に働くことを生きがいに思う老人(?)が相当数いる。デイサービスで陶芸・手芸・料理で時間を費やす、これって良く考えてみたら社会とは無関係ですがね。”幸せ”にも色々あるとは思うけれど、通底するものは自分の役割を感じながら生きることだと信じます。
 自分は子供に迷惑をかけないのが役割と考える元気なお年寄りがいますよね!!!!!これで活力ある未来が描けますかってーんだよ。個の尊厳も良いでしょう。でも老人の尊厳は棚上げですか。戦争の大事な語り部でしょうが。
 子を大切にとは、金を払ってでも辛い経験をさせよという事だと私は思う。その格言(?)が今どうなったでしょう。なるべく苦労させたくなくて周りが手を出し過ぎます。
 お年寄りを大切にとは、人生を無為に過ごさない手立て。50人足らずの老人を受け入れるのに建物設備に十億円も欠けるのは如何なものか! それに気付いていながら、見栄や外聞が優先される。事業者の諸君、もういい加減に止めませんか。
 そのお金をもっと違うように使うことを真剣に考えましょうよ。
 社会保障費の自然増が毎年1兆円という試算がなされています。1兆円という額が総国家予算に至らない国が地球上に幾つあるか。
 日本人が精神面で戦後処理&自立が出来ていないという根拠がここにある。ですから見なさいよ、その金をどう捻出するかって事が今回の最大の政治課題、内需とか外需とか言っても同じ、要は金をどう分捕ってくるかって事ですよ。
 だが実態を見れば誰だって解るはず、見なさい!東京のイルミネーション、震災後何か変化がありましたか?
 スカイツリーの来場者が既に2千万人を超えたとか。
 いくら夜間電力が格安だからと言ったって、これはあんまりです。事業仕分けはすっかり影薄くその膨大な資料は開かずの金庫に納まった?そんな事より法律で夜間消費電力を規制すべきだと思うな。その節電分を数値化してみなさいよ。
 放射能汚染被害を直接受けた人達を思えば、その位、当然だと思います。
 *尚恵学園で現場から提言が出された。(別紙)それをどう具現化するかまで考えないと意味は無い。

2326:お手並み

安倍政権誕生!ラジオ深夜便を聴こうと思ったら、新閣僚が次から次に登場し抱負を語っていた。多分原稿は用意されての発言だろうが、一瞬驚いた。シドロモドロといった感じは全く受けず、要領を得た話に期待感を持ちました。
 ・・・・・・・来年の今月今夜のこの月を・・・・貫一さんどこに居ます?曇りか晴れか、はたまたドシャブリか。
 それより一年持つかどうか。
 夏目漱石が100年後の日本をいみじくも予想した通り、嘗て日本人が大切に語り継ぎ継承してきたものが脆くもこの世から姿を消しています。
 それを端的に示すものが政治ではなかろうか。政治家に国民の代表という自覚がいつの間にか薄れ、特権意識に身を包んだ人、それはその人の言動に見事に現れる。
 一方、国民にはその政治家を利用するというオンブに抱っこ(既成事実)、これが根深いんじゃーないですか。国家予算を見れば誰だって解ることです。要求が今の国の力以上に大き過ぎる結果、膨大な借金を積み上げてきた訳ですよ。自分の周りの無駄は棚上げし、他人の無駄は攻撃する。この構図はずっと無くなりません。否、より複雑にしちゃってどこに解決の糸口を見つけて良いのか分からない。
 有権者の皆さんの方がやる前から判っちゃっているんですね。恐らく、然程時間が経たない時期に、失言・失態を理由に交代する大臣が必ず出ますよ。前政権で大臣になった人が何人いますか?たった3年半で全ての大臣経験者の名前が言える人がいるでしょうか?辞令の増刷ばっか。
 ここなんですよ。国政に携わる人間の品格というか薄っぺらさにウンザリです。それなのにですよ。期待を持たなければならない多くの人達がいる、その声が耳に入っていますでしょうか。
 大臣就任祝いなんて中止しなさい。今こそ先輩・長老議員が範を示すべき、今回も若手議員が沢山できたでしょうが、彼らに教えることはそこだと思うな。それが何とも情けない話、まだ1カ月経ってもいない、○○党が代表選出で分裂、成田離婚だとか言っているそうだが、国民を愚弄するにも程がある。そう思いませんか皆さん。
 最初から解っていましたよ国民は、少なくとも私が知る人達はね。
 そうそう、この前ミニ宴会をした時に出た話題、琵琶湖と霞ヶ浦の違いは一体なんだ?ということになった。先ず、漁業の将来性、次に環境実態、滋賀と茨城の県民性、特産品・・・・・・・等々出るわ出るわ。最後は溜息が出た。
 霞ヶ浦は戦前生まれの世代ならば誰だって解っている、予科練です。若き血潮の予科練の7つボタン・・・・です。お国の為に命を捧げることを覚悟した若き兵士、出撃前夜、酒を飲み交わし思いを書き記した遺書が今も残っている。
 その覚悟です。私には解らないことですが、戦争を二度としないという事に日本国民の誰しもが異を唱えることは無い。
 ただ企業の海外進出、果たして同じ過ちを犯さないだろうか?
 薄利多売、一歩間違えばそれが紛争の火種になるのではないか?
  モラル無き挑戦は、万国共通の禁じ手、その加減をどこでとるか難しい時代になった事は確かである。
 

2327:あれから

「三四郎」「それから」「門」とくれば何でしょう?そうです。夏目漱石前期三部作という作品ですよ。いま「それから」を読んでいます。明治40年代に書かれたもので、中身はちょっと意味深なものになっていますが、題名の如く「それから」どうなるかという期待感を読者に齎す。
 親の金をあてにしながらプー太郎の生活を続ける主人公:代助、これが憎めない。何故でしょうね。多分、明治という時代の鷹揚さとでも言うのでしょうね。もし、今そのような生活をしたら大変だ。世間の冷たい視線は覚悟しないとなりません。
 あれから100年の日本がどうなったか雑司ケ谷霊園に眠る”文献院古道漱石居士”に誰か聞いてくれません?
 ま、、、良いでしょう。と言われるに違いない。
 昨日、水戸で忘年会があって夜10時過ぎに電車で帰ってきた。水戸から電車に乗る事など殆どない。それにそんな時間に。
 駅の構内や電車の中って実に奇奇怪怪です。足元がふら付いて階段を降りる男性、おっと危ないとか独り事を言いながら照れ笑い、そうかと思えば死んでいるのかと思うように前屈みで熟睡状態の女性、あれで終点上野まで乗りこさないのだろうか?
 そういう私だって危ないものだ。そこで携帯で目ざましを到着5分前に設定し無事、神立駅に降りました。
大体、他人様の事は気になるものだが自分の事となると無防備ってことが実に多い。最近、眼鏡ばっかり増えた。10本まではいかないがやたらと眼鏡が増えてしまった。全て安価で買ったもの、でもダメですね。安いと思うから粗末にする。前に買ったものは見えない、それだけ視力が落ちたんだわな。
 先週、検診があり、前のデーターと比べて検査技師さんが説明してくれる。身長が低くなりましたね。右耳の高音が聞こえないようですよ。ウエスト?ああ これは大丈夫増えてます。
 皆さんも身に覚えがあるでしょうね。
 「それから」と「あれから」の違いってあるんだろうか?真面目に考えた。そしたら、何がなんだか判らなくなってしまい、それより「今」はどうなんだ?という事で一応納まった。
 視野狭窄って言うのかな人間大らかさが無くなると惨めになります。何を食べても観ても一言や二言文句が言いたくなる。
 この状況が今の日本ではないだろうかね。
  昨日の小宴は新潟と山形生まれの人が同席、そこで出た話題は、こんな事だった。
”茨城県は豊かなんだ。湯の谷村は雪が5メートルも積もるからその間は何もできない。茨城は何でも作れるし、働く場所がある。だから大らかな人が多いんだ・・・・・・”
 今こそ、茨城の時代だ。「この印籠が目に入らぬか」「飛行場だってあるんだ。どうだ分かったか・・・」

2328:勇気

スタッフからの様々な提案が今年ほど沢山出された事は過去に無かった。
テーマ別に分け、検討してきた結果であろう。その報告書を何度も読み返した。その大半が他の施設への視察から得た情報、それと今の尚恵学園の実情との比較、・・・・・ここまではOKだ!
 だが、それをどうするのか?この事の方が大切、そこが見えてこないので私と話をして 突き返されたように感じた者もいる筈だ。
今年はそんな1年だったように振り返る。来年はその真価が問われる。本気度!
 それよりだ、そんな事を言うなら先ず足元みなよ!と言いたい。
 情報に溺れていませんか?知識を得てもう満足していませんか?何度も自らに問い直せ!
 寮内の整理整頓を見なさい。気付き&やる気があるのか。
 さて昨日は、Hさんが入院してヘルニアの手術をした。正直、私は不安で何度も看護の態勢は大丈夫かと確認した。結果は心配した程の問題もなく手術ができたという。術後、見舞いに行った。ご両親に会い、麻酔で熟睡しているHさんと対面、・・・・本人は相当緊張していたと聞く。でも、彼にとってみれば、久しぶりに両親と過ごした晩になる。朝、その報告を聞こう。
 彼は学園の中では常に声を出している。一時もじっとしていない。何故?残念だが私にその理由が掴めない。
 勇気って何だろう?ベットでのHさんの寝姿を見て、そんな疑問が浮かんだ。彼は体調の変化を自らは訴えない。スタッフが彼の腹部の腫れに気付き、通院してヘルニアだという事が判明した。家庭に戻った時、一緒に風呂に入る父親はその事に気付かなかったと話していた。
 彼は病院に来ていつもと違う雰囲気は察知したに違いない。手術前麻酔の注射を打って30分経たない中に寝てしまったという。麻酔が効き易い体質だと医師から後で説明があった。それにしても彼が一番”勇気”がある。

 今年を振り返ると言い訳と謝罪が特に目立った1年だった。テレビで何度頭を下げ謝罪している場面を見たことか、それと出来なかった言い訳、メデアも偏った報道が多過ぎる。
 もっと取材視点を変えないと見る側の気持ちが萎えてしまう。元気が出るような話題とか勇気ある挑戦を取り上げてくれ、巷にはまだまだ感動するような事が沢山あるはず、そう思っているのです。
 

2329:振り返る

さて、継続は力となりますかね? 丁度1年前の源究はNo:124でした。我ながら飽きもせず良く続くと自己満足(?)、何度も読み返し時間の流れを感じながら、正直、希望や夢が減って、心配や不安が多くなっていると自己反省。
 ただ世の中の動きとは別次元で時が流れているという感覚も有ります。ですから余りそれに振り回されまいと思うのです。
 それはきっと私の場合特殊なのかもしれません。僧侶という立場で様々な人間の最後に立ち合い見聞きしてきたからかも知れない。
 老若男女に関係なく、人は自らの生命を閉じる時が必ず訪れます。これが絶対の真理です。この人の一生はどうだったのだろう?悔いは無かった? 遺族の悲しみは癒された?・・・・・・と思い廻らす。
 還暦を過ぎると多くの知人・友人が黄泉の国に渡った。思い出を辿ることしかできないのが現実です。いずれ私も其方に行くからと一方的な会話で終わる。
 1年を振り返って、私自身大いに反省することは、政治への極度の不満をこの欄で書き過ぎたかなという事です。政治家個人で出来ることは限られているのは解っていても、何か住む世界の違いを感じてしまいます。
 そして、結論は、政治への無関心。投票はするが、結果に期待感が持てない。
 この状況が果たして良いのか悪いのか、正直判らないのです。
 ただ、良く考えてみると、自分自身も大いに反省しなければならないことに気付くのです。特に、福祉という草鞋を履き続け、際限の無い世界に関わる。それでいて知的に障害を持つ人達を無意識に差別している自分を感じます。本当に彼らの気持ちを理解し、それに応える努力をしてきたか?
 常に出来なかった理由を用意し、自分を正当化してしまう。これは”逃げ”でしかない。大いなるモノはとっくにお見通しだ。
 夢中でやってきたという自負は、それを口に出した時点で脆くも壊れます。
 そうじゃなくて、もっとやるべき事が有るはずだと考えることの方が価値が有る。
 いつも私に付き纏っている言葉が有ります。『少欲知足』
 気になって仕様が無い言葉が有ります。『大安楽』
 このいずれもが私の気持ちの中に有って、悩むのです。

 昨日は冬休みのお迎えがある日でした。尚恵学園には、家庭に帰れないメンバー達がいつもいます。夕食に寿司を取って職員と一緒に食べるとのこと。
 入所型の施設で現状に満足してはならない。それは、どんなに素晴らしい設備を用意したって彼らの心を満たすことにはならない。
 これが私の今の最大のテーマです。2012年も後2日を残すのみとなりました。
 

2330:ゆく年

2012年12月31日が過ぎていきます。時間は何も語らない。だけれども私達は過去を振り返ることはできます。
 その一番手っとり早い方法は自ら記した日記帳、私は30代から書き始め、もう30年以上になります。
 年の暮れの内容はいつも同じ、一年の反省が大部分、翌日に年が変わる事を意識して書いたものです。期待と不安が交錯し、それでも早く新年を迎えたいという気持ちを感じ取れます。
 いま、その元気は無い。静かに自分と向き合い、過ぎ去った様々な事柄を一つ一つ思い出す。若さの特権は結果を恐れず立ち向かうエネルギー。私もそう思います。
 老いは、その逆で結果がやる前から見えてしまい、挑戦する気力が萎える。どうでしょう?違いますか。
ただ、それでも私の性分なのでしょう。この儘ズルズルいってはダメだと叱咤する影武者が必ず顔を出す。もう良いよ、出て来ないでくれ!と言うと、何とその数が二人三人と増えるのです。
 何なんだ・・・・・・。
 不思議なんですね。いま私がお付き合いさせていただいている人達に共通するのは、自分自身と正面から対峙している人ばかりです。体調は万全でなくても決して弱音を吐かない。現状に甘んじることより、何か新たな発見を掴み取ろうとする。彼らに悲壮感など皆無、むしろ自分が選んだ人生を楽しんでいるようだ。
 だからかもしれないが、自分も負けられないという気持ちになるのです。
 何らかのヒントめいたものがそこにはある。
 満身創痍でいつ倒れても悔いなし、これを本望と考えている。多分これが”自立”ある生き方ではないかと思うのです。
 この人達は、世を儚む暇があれば自分でやるべき事をやりなさいという。
 年金の問題一つにしても、自分で負担する以上に得たいと考える人が多くては絶対無理ですよ。持続可能な制度作りとか言ってはいるが、不可能に決まっているじゃないか。
 労せずして得たものに価値を見出す事はできません。
 自立について私が特に言いたいのは、他人と比べてどうのこうの言うべきではないという事です。個の尊厳と良く言いますが、自分自身の生き方に確信が持てず、何を言うかという事です。
 それと無駄の問題だって全く同じ。自分がしている無駄には無頓着で他人様の無駄を感情的に嫌う風潮がありますよね。
 原因と結果の論議だってそうでしょう。法律用語で「原因において自由な行為」というものがあるそうですが、この意味判りますかね。
 泥酔状態を利用して他人を傷害する事を言うそうです。これら全てが娑婆世界の不可思議ですぞ。
 108の鐘の音が、果たしてどう聴こえるか、自らの耳を欹て良く聞いてみようじゃ有りませぬか。
 今年も後16時間を残すのみとなりました。
   *この拙文にお付き合い頂き、心より感謝申し上げます。来る年に向かい、身を清め精進する事を・・・・・・・。
   さーて、出来ますかね????。