源究102

 

NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日 NO テーマ 月日
1551 揺らぎ 8/10 1556 多様性 8/16 1561 感動 8/22 1566 成田の変貌 8/28
1552 炎暑の下 8/11 1557 雨降らず 8/17 1562 古典より 8/23 1567 ビニールハウス栽培 8/30
1553 朝顔 8/12 1558 互恵関係 8/19 1563 虫的気分 8/24 1568 スウエーデン比較 8/31
1554 川柳供養 8/13 1559 協力関係 8/20 1564 お誘い 8/25 1569 猛暑の置き土産 9/1
1555 盆日誌 8/15 1560 ギアチェンジ 8/21 1565 響け鐘音 8/26 1570 静けさ 9/2

1551:揺らぎ

広島・長崎の原爆記念日の中継を見て思う、実際に起こった65年前の出来事を1億2千万の日本人がどう捉えているのでしょうか?戦争の悲惨さを語り継げる人々が確実に減っている。世界から多くの来賓が参列、平和を祈る。このイベントに今回始めて参加した米国大使の心中を推測で言ってはならない。我々ができることは何か?政治や国の責任とか云うばかりではなく、一人一人が平和を真剣に考えるべきだと思う。
 今朝のNHKラジオ番組に登場していた澤地久江さんの話を伺っていて心底そのことを感じた。いま、この時に多くの日本人が外国の地で平和の活動を行っている。アフガンでのペシャワール会代表の中村哲氏もそうだ。砂漠に水路を引く事業を20年以上中村氏自身が重機を操作しながら工事を進め、その水路の総延長が20キロ以上になっている。今では荒涼たる砂漠に緑が生え、田植えをしたという。
 自国だけの繁栄を望むことは、片手落ちだ。過去の日本人の犯した戦争がまだ終わっていない。
 現地に入りこみ、そこの人々と一緒に地道に活動している日本人がいる。残念なのはメデアが取り上げないから日本人の殆どが知らない。不況だなんだと言いながら、実際には便利さの恩恵を得て物が有り余る生活に何の疑問を感じない。その弊害が至る所に出てしまった。
”遊び”という言葉は、様々な使われ方をする。ハンドルの遊びと言えば、安全運転に欠かせない操作の余裕である。果たして今の日本において”遊び”を”遊興”、酒色や賭けごととだけ思う人がいるだろうか。
 それよりも仕事に対する姿勢が大きく変わってしまった。3Kとか言われた職に就いている人達が実際にそうでなくとも勘違いしている。特に福祉や介護へのメデアの評価が一様にレッテルを貼るから尚更だ。
 本当に過酷で厳しい仕事なのか?一体何と比較してそう言うのだろう?偉い迷惑である。仕事に責任と厳しさは付き物だ。寧ろ、その責任という事に関して福祉の現場では改善すべきことが多いのではあるまいか。その点をきっちり抑えておく必要は感じる。
 目に着くことは際限なし。
 スプリンクラー設置工事が終了、方やボイラーの煙突にからまったツルの放置。
 日差しを防ぐためのヨシズ、無残な格好で横になっている。
 表面だけのトイレ掃除、外れた網戸・・・
 頂いたという植木を直射日光の当たる場所にそのまま放置。もらったものだから枯れたって構わない?
 今は使っていない太陽熱温水からの水漏れ放置。
  これが仕事に対する厳しさ??? 忙しい?? 気づかない??
 施設の立つ位置を間違えていないかと私は言いたい。出来ない理由を並べて何が解決しましたか?一般の人々の目は違う。
 お前ら税金で生活しているんだろうという見方は絶対にある。その事にどう答えていくかという謙虚な姿勢が福祉現場に今一番必要だ。
 メデアを自分たちの見方と思っている。その逆が背中合わせであることを常に頭に置くことだ。
 結局、その多くの皺寄せが利用者にいっている。
 この”揺らぎ”をどう立て直すか。守りの姿勢からは生まれない。治せない。許せない。
 

1552:炎暑の下

日本列島が炎暑の下にもがいています。気象庁の発表によれば、ラニーニャ現象発生の疑いがあるという。エルニーニョ現象は聞いた事があるがラニーニヤ現象とは何ぞや?早速しらべてみたら太平洋赤道域の海面水温が基準値より0.5度低い状態を言うらしい。それによって異常気象が起こるか否かハッキリとした定説にはなっていないようだ。
北日本や東日本の高温や西日本の多雨は例年には見られない。偏西風の流れが影響しているということも何故そうなったかという原因はまだ発表されていない。
 しかし、良くも毎日暑い日が続くよ。植物の悲鳴が聞こえる。土浦市の水道水は生温かくどうも飲料用としては遠慮したくなる。幸い私の寺は地下水が汚染されておらず、冷たい水が飲める。
 モノの大切さや有り難さは不自由を感じて初めてわかる。その最たるものが健康だ。体調を崩してからもっと早く気が付いていれば良かったと思う人がなんと多いことか。それならば検査漬けが良いかと思えば、それはまたこころの病の原因になる。統合失調症を患っている人が急増している。これだって環境に上手く併せることができない心の拒否反応の一種か。
 ああなればこうなると因果を説く仏教は、現代の情報量とスピードに上手く対応できていない。お盆の時期は坊さんが法話などをする機会が多くなる時期である。私も今日、ある寺の施餓鬼会で話を頼まれている。
 多分、堂内の蒸し暑い中で私の拙い話を聞いてもらうには聊か心苦しいのだが役目と割り切り話をしようと考えている。
不思議と仏教説話は現代に置き換えて話すことが可能だ。まさに最近の様々な現象が時代を反映する病理と括ってしまってどうなのか。概説するだけでは消化不良になる。何かヒントを加えないとまずい。ここに悩みがある。
 人間は反省することはできるが、その後の生き方にどう活かすかというと実に難しい。喉元過ぎればなんとやらで直ぐ忘れてしまう。この繰り返しを続けているわけでしょう。
 そこで話の題材として考えているのが”遍路”である。発心ー修行ー菩提ー涅槃と四国4県の徳島・高知・愛媛・香川をそのように位置づけている。
 遍路の醍醐味はなんと言っても歩き遍路、1400キロを歩き通すとなると健脚の人で優に40日はかかる。
 インスタントの巡拝も車を使えば可能だが、結果オーライではなんとも欲求不満が残る。人との出会いや足の痛みを経験する中に、自らを省みるという時間が持てる。そのことが一番重要なのだ。現代人には忙しさを理由に歩いて廻るなどと言えば贅沢極まるという酷評を得るのがおちだ。
 一生をかけて歩こうと思っている。9月に入れば伊予の宇和島辺りを歩こうと思っている。精々2泊3日だから、終わりのない旅である。
 昨日、ご無沙汰している方に暑中見舞いを出しました。学生時代一緒に山登りをやった同期の2名、いずれも亡くなってしまったから家族へ書いた。

1553:朝顔

”朝顔”はヒルガオ科の蔓性1年草、熱帯アジアが原産である。朝咲く花で朝の容花(かおばな)とも言う。品種は多いが面白いことがある。それは茎は左巻きだという。
 さて、上記写真は私の部屋の南側窓にある朝顔である。種から育てたものでやっと花を咲かせるまでに成長した。不思議なもので情が入り朝番水を欠かさないように細心の注意をしている。
 実はこれは今流行っている『緑のカーテン』。でもどうみてもそのようには見えません。なにせ連日の猛暑に日除け用のヨシズに守られています。それでどうにか枯れずにある。本来ならば今頃は私の窓は朝顔の花と緑の葉によって塞がれているはずでした。それがどこでこうなったのか日除け所の話じゃありません。過保護といったら朝顔に叱られるかもしれませんが。見よう見まねでやったことは所詮このレベルでしょう。朝顔には責任がありません。
 でも「なんのために?」という見方をすれば首を傾げたくなる。そこなんですよね。
 確かに日本は安全で住みやすい国です。分かっていますよ有り難いと思います。でもね、ちょっと目先を変えると実に可笑しなことをやっているもんです。郵政民営化論議???障害者自立支援法・・・農家への助成制度???
 日替わりメニューなんですね。1本筋が通っていないと思います。
閑話休題、私は根っからの巨人ファンです。でも最近の為体を見ているとチグハグですね。私の頭が変なのかもしれませんが、自民党とダブるんです。一言で言って”奢り”を感じる。だからファンとして苦渋を経験すべきだと思った。今年優勝させては駄目。
 ここにきてヤクルトの躍進は凄い。勢いを感じますが奢りは感じない。これでしょうスポーツマンシップは。
 余計な話ですよ。言われずとも分かっていますって。
 昨日、某寺で法話を頼まれましてね。こんなやり取りがあったんです。
 「皆さん暑い日が続きますね。ご苦労様です。前もって私の話す時間をお知らせしときますが、そうですね約30分です。」と言うと間髪容れずに「長い」と声が掛かった。
 それが良かった。話をする本人がこの蒸し暑いのに訳の分かんない坊さんの話など聞きたくないと思っている。
 結局、用意した内容はどこかに飛んじゃって300人程いたでしょうか皆さんと和気あいあいの一時を持つことができました。
 対機説法とか言いますが、相手に応じて話をする、寂聴さんはこれが見事です。私は彼女の法話テープで勉強したんだから。影では努力しますよ。余計な話ですが。
 いま私は強く意識していることがあるんです。それは「何の為に」という自らへの問い掛けです。
 そうしないと可笑しな方向に行ってしまうと思うのです。
 日本人ほど利便性を求める国民はいないのではないかな?コンビニを見れば分かります。いま日本中にコンビニがありますよ。夜中だって欲しい物が手に入る国、パジャマ姿でちょこっと買い物、こんな国他に知りません。そこで問題になった期限切れの弁当の廃棄処分、その対応の時に感じましたね。これは”奢り”以外のなにものでもないと。
 有り難さを思う前に権利を主張する国民に成り下がった。
 朝顔と全く同じで”弁当”に責任はありません。
 

1554:川柳供養  

  迎え火に 代わったナビは
               電池切れ
8月13日は盆の入りです。どこに帰ればいいんだか・・・・・。
  朝が来て 昼過ぎてから
               夜が来た
この夏は暑さ負け気味のハナ。。。ゴロゴロばっか。 人間でいうと100歳超え??
  今度こそ 使用前後の
               ダイエット
いや・・!痩せるサプリとか運動器具 そんなCMばかり。何故やせない? 根本的に間違っとる。馬鹿ものめが。

1555:盆日誌

旦那寺の住職として新盆のお宅へ棚経に伺いました。今年初めてですが副住職も同行させました。少しずつ出来ることから伝えて行こうと思っています。
 今は通夜葬儀と斎場において行う人が殆どです。ですから新しい檀家さんのお宅が分からない。事前に地図で調べて廻る順番を決めてから出かけます。それでも新しい家や道路がドンドンできていますから地図上にないモノが多くて現場で迷ってしまいます。
 私の寺では新盆を迎える檀家さんは毎年40件前後ですから、盆中に充分廻りきれる数です。それも東京など遠方のお宅には前もってお寺で新盆供養をおこなっているからできることです。
 様々なお宅の事情があります。一人娘さんを亡くされたお宅にお邪魔しました。玄関で私を出迎えてくれたのは大きなネコちゃん。ドーンと寝そべって微動だにしません。直ぐにわかりました。娘さんを亡くされネコちゃんが家族の一員になっているんだと。
 綺麗に飾られた祭壇の前でお経を読みました。すると私の後ろから何かに押されるような感じがします。ちょっと気になったのでありますが、途中で止めるわけにもいかず、続けて読んでいました。すると今度は足のあたりに体を擦り寄せてくる何かを感じました。
 先ほどとは違うネコちゃん”太目のアビシニアン”が私の衣の裾に体を擦り寄せてきたのでした。
 猫好きの私のことを察知したのでしょうか?それとも大好きだった娘さんへの何がしかの供養の表現だったのでしょうか?お茶を頂きながらネコ談義、アビシニアンの事は聞いた事があります。どちらかと言えば気品高い細めのネコ、それがどこでこうなったのか体重7キロ立派な体つき、・・・・・。
 また夕刻近くなってから御主人が60代前半で亡くなったお宅に伺いました。定年まで消防署勤務されていた人の良い誰からも好かれるタイプの方でした。
 私が終わって帰ろうとした時に家族の方が話してくれました。○ちゃんが12日に来てくれたんですよ。奥さんとお姉さんに支えられながら。。。。。はっとしました。そうか、・・・・そうだったのか。
 お盆という4日間には日本中のあちこちで様々な展開があります。久しくご無沙汰している先祖への墓参り、誰しもが自分自身を振り返る瞬間です。そして、出来る事ならばこれから先の無事と安心を得たいと願うのです。歳をとる事は避けることはできません。それに病気に罹ることだって予測などできません。いざ自分自身がその身になって初めて思う事。
 私的な事です。8月15日は終戦日であり私の生まれた日。還暦です。ああ・・・いよいよ大台に乗ったかという気持ちです。民間企業では60の誕生日に定年で会社を辞める所もあると伺いました。新たな生活を考えるのもこの御時世ですから大変でしょう。定年後は好きな事をしてあくせくしないで暮らしますよなんて言える人はほんの一握り、大半の人が明日からの生活を考え、仕事を探すものです。その中で徐々に自分の時間を増やしていく。
 棚経に伺って一様に話されることは、故人が晩年趣味や旅行に良く出かけたという事などを伺います。後に遺された者達にとって寂しさを癒す一番の思い出は故人の笑顔です。これはどのように生活スタイルが変わろうと決して変わらない事だと思います。 

1556:多様性

小学校で実際にあったそうですが、理科の時間、先生が子供たちに尋ねた。『氷が溶けるとなにになりますか?』ある生徒が答えた。「氷が解ければ春が来ます」と。それからついでにもう一つ。社会の時間、「織田信長は誰によって殺されたのですか?」と問題を出した。すると「僕は殺していません」と答えた生徒がいたという。これには尾ひれがついていて×を付けた教師に後日親が文句を言いに来たという。どこが間違っているのか!ということらしい。?????
 嘘のようなホントの話。
斯様なミスマッチがこの世の中には蔓延している。期待する解答が全く次元が異なる場合がある。
これを”多様性”とは言わないだろう。なにか一方通行でしっくりしません。多分、先端産業の業界では技術が日進月歩で変化スピードが速いんだろうね。当然これが絶対という事は無いに等しい。
 先の2つの事例ですが、氷が解ければ水になると答えれば良かったのかもしれません。しかし、春になると答えた生徒の詩的な情趣に脱帽です、2例目は「明智光秀」という解答を期待したもの、それが僕は殺していないと答えた。想像すると何か不気味な感じがします。大丈夫なんだろうか?更に親が血相を変えて教師を怒ったというんでしょう。何かヒステリックな病性を感じます。
 現実にこのようなイザコザは至る所に起こっています。対応如何によっては事件にまで発展してしまう例などありますからね。怖い世の中です。
 価値観の多様性がこんな所に見られます。
昨日檀家さんのお宅に伺い、新盆供養を行った。その時にこんな事を尋ねられました。
「どうしても腑に落ちないのは、お盆で先祖を皆、家に連れてきてお墓にはいないはずなのに盆中にお墓参りしますよね。これってお墓に誰もいないのにおかしくないんですか?」と、実はこのお宅では昨日親戚で大論争?をして今日和尚さんに尋ねようということになっていたという。
 確かに良くある質問である。そんな時に、施餓鬼の意味、三界万霊への供養の話をすることにしている。自分の家の先祖だけでなく、世の中には忘れ去られてしまっている六道世界の諸霊に対し皆で供養することの意義を説明した。暫く遣り取りがありましたが「これで納得した」という言葉を聞いてお暇してきました。
 実は仏教の説話に確たる根拠があるかと尋ねられても困ってしまう。信じるか信じないかの問題ですし、説明すればするだけ疑問が深まる方もいます。
 特に日本は特殊な国ですね。公営の霊園に行けば様々な宗教があることが一目瞭然です。霊園というこの狭い中で混在しているんです。
 これも考えようなんでしょうね。此岸と彼岸、いずこにも様々な人がいるんです。ですから多様な考え方をする人がいるのも至極当たり前の話なのですね。
 

1557:雨降らず

関東地方の平野部は梅雨時期から纏まった雨が降らず、大地が乾燥しきっている。全国の天気を見ると地域に偏りがあって水害も出る始末、日本中隈なく雨の恩恵を得るには至らず、今年の気候は異常だ。
 盆過ぎても38度を超す熱波が再三襲っている。茨城の北部は夕方に時雨?で結構な量の雨がある。でも霞ヶ浦周辺には雨らしい雨が降らない。以前大騒ぎになったアオコ発生も影を潜めているがどなってしまったのか?
実際には溜池化した水は決して綺麗にはなっていない。そこから取水して公共水道に使っている。今年ほど水道水の温度が生温く感じた年はない。
 思い出すのは昔行った信州安曇野周辺、清流が流れる川が至る所にあって手を付けると痛さを感じるほどの冷たさだ。
 涼を求め都会を離れた人達も仕事に戻った。一向に秋の気配を感じない、どこまでも続くのであろうか?
今年だけなら我慢もできようがこれがずっと続くとなるとゾッとする。日本は適度の雨があって四季の気温変化があって調和が取れていた。昨日は利根川沿いにある寺の施餓鬼に助法に行った。利根川の水嵩も例年に比べると低いように感じた。大きな本堂だが風が入らず、蒸風呂のような暑さの中、今年新盆を迎えた檀家さんが大勢来ていた。このような時は説法も程々にした方が良い。精々30分が我慢の限界だ。そこを読み違えると折角の話が苦痛となる。
 暑さと雨不足は心の余裕には馴染まない。先祖の供養にはそれを受け入れる条件があろう。ああ・・・阿鼻地獄が今世にあっては逆に先祖が我々を供養するようになってしまうかもね。
 昨夜は市役所で6時半から認定審査会、職員は盆休みを交代で取っているのかもしれない。いつもなら7時頃はまだ残業している職員が大勢いるのに昨夜はひっそりと静まりかえっていた。
 さてと、どうも気にかかることだが、マスコミが日本のGDPが中国に追い越され世界第2位の地位から下がることが現実味を帯びたと盛んに報道していた。人口が10倍以上の中国と比較する意味がどうなのか経済に疎い私には分からない。それにランク第2位というタイトルが何の意味があるのか? 某新聞の社説で企業経営者が草食系になったという内容の記事があった。
 リスクを覚悟した果敢な挑戦と創意が今こそ必要だと。
 GDPは経済の一指標だ。国民がそれだけの意義を感じているか否かは別次元、寧ろ日本の場合は従来の有り方への反省が強いとみている。ただ、それに代わるべき方向が見いだせない。局所麻酔で病巣だけを切り取る治療ではにっちもさっちもいかない状況にある。その改革をどこに期待すれば良いのか?言わずもがなだ。
 国の有り方に我慢を切らした市町村の一部で新たな展開が見え始めている。トップの力量とでもいうのであろうか、私の住む隣の市でも200票たらずの差で今回の選挙で市長が変わった。彼は私の大学の先輩、公約で市長給与を半分にすると言っていた。それと土浦市との合併推進、火葬場の新築計画見直し・・・など洩れ聞こえてくる変化にどれだけ住民が後方支援するか?
 昨日、こんな話をした。利根町の隣の市、我孫子市は障害者へ優しい街だという。ワザワザ我孫子市に住んでつくばまで働きに来ている人がいて、そこのお子さんは障害を持っているという。夫婦ともつくば市が勤務地、近くに引っ越してきた方が良いと勧めるとつくば市では障害のある子に合うサービスが受けられないと言ったという。
 我孫子市の市長は3期務め市長を辞め、現政府の事業仕分けの民間委員に選ばれた方、今度消費者庁のトップに選任された人である。彼が市長時代に行った事業が今も活きていると、我孫子市にある寺の住職がべた誉めしていた。
 これを見習うかどうかは其々の首長の統治能力、センスの問題なんだよな。大体の人は何を自分が行うかではなく、首長のイスが目的になっている。これがGDP世界2位に拘る日本人プリンシプルの1指標でもあるんだぞ。本日も晴天なり!雨乞いだ!
 

1558:互恵関係

品質マネージメントの8原則の一つで互恵関係とは供給者とそのパートナーシップを持つ組織がお互いの協力関係を重視する事で相互の価値創造能力を高めることを目指すわけです。また外交課題に関して良く言われる戦略的互恵関係がありますが、これは両国の関係を協力から共生へ深化させる必要性やその可能性が問題にされるわけですね。なんだか難しいね。
 まてよ、このロジックは我々福祉に関してもそのまま使えるんじゃーないでしょうか。そう考えると一瞬、霧が晴れるような気持ちになります。ただ、障害福祉問題が一筋縄でいかないのは、細分化し過ぎてしまって中心がボヤケテしまった実態があります。大分議論が進んだと思いますが制度改革専門部会、関わる団体の数が多過ぎます、1団体10分としても一通り意見を述べると7時間を超える計算になりますから無理です。協力どころか『共生』への深化などとてもとても、私は最初から悲観的にみています。
 先ず、供給者と利用者との関係をどのように位置づけるか?
権利と義務の両面から考えても未整理の部分がかなり残っていますからね。
分かり易い例です。年金問題、これが実に曖昧です。
 施設利用者が亡くなった場合、大半が家族が残金を持ちかえるようになっています。正直思いますのは面会も一度もしなかった家族がお骨と一緒に年金通帳を持ちかえる。これって問題であると思いますよ。供給者にとっても不祥事が起こる一番の原因がここにありますから。それなら国庫に返納するといえば不満百出かもしれません。ならば利用者が介護保険と同じ利用料(ホテルコストなど)を支払えば良いのか?これは現実的ではありません。でもこれが一般人の感覚です。
 亡くなる前に利用者のために使ってしまおうという事になるかもしれませんね。施設利用者の地域移行一つにしても様々な意見があります。施設も地域であるという考えは、今更騒がれるまでもなく最初から私はそのように考えていましたね。少なくともその努力はしてきたという自負はあります。家族の中には自分たちがチェック機関かのように睨みをきかしている方もいます。そうじゃーないでしょう。互恵関係が重要なんですよ。私は国レベルでどのような検討がなされているか良く分かりませんが、ホンネの話し合いはできていないと思うな。お互いが既得権はしっかりとキープしておこうと思っていないでしょうか?
 それじゃー改革はできんでしょう。理想としては北欧型の仕組みを取り入れたいと思いますが、人口規模が全く日本とは違いますよ。それから残念ですが国民がそこまで国を信用していません。銀行利子に血眼になるのは、僅かでも好条件で貯蓄し、自らを守らなければという思いが強いんですよ。ですから障害者の年金だって今必要な事に使うというよりも将来の為になるべく貯蓄しておこうということで一致しているわけでしょう。
 運悪く利用者が亡くなって、ナケナシの金を折角貯めておいたものを、どこの誰だか分からない身内が来て持っていく。
 この実態の調査は国や市町村もしていませんね。此処にメスを入れるべきです。その前に施設利用者の預金残高総額を調査すべきだと思う。もの凄い金額になっていると思いますよ。
 互恵関係と言うものはお互いの腹の中を曝け出すことが条件です。探り合いの中からは決して生まれません。
相互の価値創造能力を高めるなど絵に描いた餅ではないでしょうか!綺麗ごとは止めにしてホンネでいきません??

1559:協力関係

9月にJICAより南米3国(ボリビア・エクアドル・パラグアイ)から特別支援教育関係者の視察を受け入れすることになっている。JICA筑波の近くであるということで今回で4度目になる。来られる方は皆さん違うから同じ内容で行っている。
 正直、全国には素晴らしい活動を行っている事業所は沢山ある。私共の実践が特別ユニークで先進的なものではない。地方で比較的長く事業を行っていること、それに外国の人達にとってお寺が境内で障害者施設を開いていることに関心があると言う。これも担当者が私共に気をつかってそのような触れ込みをしているに違いない。
 まーそれでも私自身若い時には不躾にも一方的な訪問をした経験があり、幸い外国で断られた想い出がない。 そのお礼という気持ちで依頼があればなるべく断らず、有りのままの姿を見ていただこうと決めた。
 今、国内の状況は袋小路に迷い込んだ感がある。先を読もうとしても不透明、足元見れば問題山積、この状況が長らく続いている。
 端的に言って目先の事に振り回され過ぎているのだ。関係者皆さんのご努力に対し只管敬意を表したい。ただ、どうしてもお役所相手だから、前年比較という枠から出にくい。全く違った発想が生まれないし悪循環。
 日本人の生真面目さの弱点は、何か決め事をしないと安心できない。だから「地域移行」「就労自立」「・・・・」という旗印が必要なのである。でも良く考えてみたら、実際に今までやってきたことと何も変わらない。精々眼鏡が一つ増えたかという程度だろう。
 実態が変わらないのだがそれで自己満足する。外国人から見たら、これって妙にうつるだろうと思っている。つまり「地域で生活する」という意味が分からない。脱施設とか言ってもだ施設が無い国の人々にとってはそもそも意味が通じない。じゃー日本から何を学ぶんですか?施設を作ることですか?個人の支援計画などなくたって地域で一緒に生活している人達、障害があっても皆で助け合って現に生活している国の人達。これって我々が目指す理想の姿じゃーありませんか。
就労自立とかいっても働く場さえあればそれでOKですか?そうじゃない。働くことに真の喜びを感じるか否かを論じるべきなのだ。
 そのように疑問がドンドン出てきてしまう。今回の南米の人達は陽気で人懐っこい。多分私の話など上の空、それで良いんだよな。JICAには申し訳ないのだが、日本で学ぶというよりも我々日本人が彼らから学ぶことが大切だと思っています。
 そう思うと私の血が騒ぐ。外国人と親しくなるために便利なことがあります。私はコーヒーが大好きです。これだけで南米の人達と親近感が生まれます。難しい話はいらないんですよ。
 障害者福祉に関わらず、福祉というものはお互いが親近感を持ちえる関係だと思っています。それを難しく難しく考える人達が日本人には実に多い。特に関係者に多いんじゃないだろうか。
 学者や専門家と言われる類の人達は、その最たる人々、それじゃー貴方達に親近感が持てる仲間がどれだけいますか?と問えば急に寡黙になってしまう。
 地域移行だって就労自立だって仏教でいう方便の一つだ。それを恰も最終目的(涅槃寂静)かのごとく論をすすめる。
 この食い違いが実に滑稽であります。余計な話ですが色即是空 空即是色ってことかな。合掌。
  本質論、それは、自分自身が納得ある人生を送れたか否か、・・・・。自分だけでなくそれを他人と実感できることに尽きる。
 

1560:ギアチェンジ

殆どの車がオートマチックになっている。するとどうなるかクラッチの機能が必要でないから運転操作がより簡単になる。そこで新たな問題が起こっている。空いた手を運転中に使用する、携帯電話など以前として走行中使用者が無くならない。事故への危険度は増した。
 人生、山あり谷あり、苦しみがあるから喜びがある。公益法人見直しは「動く歩道」ではないが一度法人格を取得すれば自動的に経営が成り立つ仕組みだった。その結果、内部牽制が甘くなり様々な問題が起こった。
 これは全てではないが社会福祉法人の実態にも同様の状況が見受けられる。非常に残念なことだ。「障害者自立支援法」の制定からの廃止論に至る流れを見てみるとその辺が良く見えてくる。業界からは財源有りき論が優先されたものと評判が悪いことは周知の如し。
 しかし、本当の視座はそうではない。自らが反省するための鉄杭だ。どうも福祉現場に長くいると本来の使命が見えなくなる。その端的な現象が『出来ない言い訳』、本来ならば使命を果たせず期待に答えることができなければ即退去だ。
 
 そこの認識が福祉現場に欠けている。全てとは言っていない。すばらしい実践もある。私は現場から上がってきた報告書や記録を良く見る。
そこで直ぐに分かること、問題を克明に記してあるものがあるが何かが足りない。
 端的に言って、その問題にどう対処し、その結果はどうだったかという続きの有無。そこにこそこの仕事の使命と面白味があるはずだ。
 マニュアル漬け実践の最大の弱点が実はここにある。創意・工夫が無いこと。それと言い訳だ。
 このぬるま湯体質に一連の改革でメスを入れる。そう考えると納得できる。いま厚労省のホームページには膨大な量の資料が掲載されている。変更変更でいま何がどうなっているのか良く見ないと分からない。それと新たな言葉、ex)キャリアパス、この意味を理解している関係者がどれだけいるか?諦めてしまったか或いは誰かが教えてくれるだろうという人間が実に多い。今こそ攻めの戦略が必要な時にだ。
 これで飯を食っている。いつまでもこれが許されるはずがない。一つの事業所においてもそうだ。経験が長い者に良くあることだが過去の戦績幻想から抜け出せない。自分らはこうやったああやった。その話を今に活かすことができないで何の意味があるか。
 今をどうするかがスッポリ抜け落ちている。水戸黄門の主題歌ではないが・・・後から来たのに追い越され 泣くのが嫌ならさー歩け♪・・・・と言いたい。引導を渡される前にギアチェンジしなさい。
 何故こんな事を言うのか?時流が確実に変わったからだ。福祉現場が3Kだと??とんでもない。私は一度なりともそのように思った事は無い。人材確保に苦労して、職員を甘やかしてきたツケが今きている。魅力・喜びは与えられるものではない。自らが掴み取るもの。その気力が有るかなしかそれは個人の責任だ。
 魅力の無い職場に人は集まらない。将来性が無い職場も当然だ。
 その視座は一時とも忘れたことは無い。
 

1561:感動

沖縄”興南”の優勝で今年の甲子園も幕を閉じた。やっぱり観戦に行けなかった。準決勝の成田対東海大相模の試合は鹿嶋のお寺でテレビを見た。これも今年最後の施餓鬼とぶつかる。法要の始る前に年に一度しか会わない坊さんとお茶を飲みながら雑談、お二人とも成田高校の関係者、一人は卒業生でもう一人は息子さんが出た高校。鹿嶋から成田は近い。結局は負けて「ああ・助かった。寄付を取りに来ない・・」と負け惜しみ。本当は優勝させたいのがミエミエなのに。
 決勝戦は接戦になるかと思ったが予想に反して一方的な展開で幕を閉じた。沖縄興南は凄いと思った。準決勝で敗色濃厚の試合を逆転勝利、何か神がかりを感じた。ピッチャーが今大会随一という評判通りの頑張りを見せ、チーム一丸となった見事な試合を見せてくれた。惜しくも準優勝だった東海大相模もあっぱれ!連戦の疲れもあっただろうが悔いなしの試合を見せてくれた。
 夏の甲子園は地方予選を勝ち抜いてきた代表だ。そこに魅力がある。当然勝負の勝ち負けはあるが、胸をはって地方に戻れる。そして先輩はこの悔しさを後輩に託す。インターハイを始めこの時期、様々な大会が開催されている。野球ほどマスコミが取り上げないが、多くの感動を与えてくれる。この伝統は日本独特のもの、スポーツを通じ人間教育をする。
 学業と運動の両立が難しいと色分けする高校もあるが、私の経験からして運動を続けてきた事がその後の人生で大いに役立っている。
 さて、まだまだ残暑が厳しい。砂埃が気になる。先日、利根町に行く途中で目にした。あれはなんかの野菜を植えた畑、農家の方が軽トラックに乗せた水タンクからホースで一本一本水を掛けていた。広大な畑だ。何時間かかるんだろう?
 日中は水かけはしない。夕方日が落ちた頃から始める。
 日本では野菜の値段ばかり騒ぐが、手塩にかけ育てた農家の苦労は2の次である。今年の異常な暑さは作物に大きな影響をもたらしている。
 日本の有り方を探る上でどうもこの辺の事情が壁だ。お金で良い物が直ぐに買える。この利便性にドップリ浸かった人間はちょっとやそっとのことで変われない。誰しもが良くないと感じていながら自らを変えようとしない。まだ大丈夫だと安心する。
 汗水流して自分で育てた野菜の味は格別、そこに感動がある。高額なおカネを出して買った果物は一瞬の味覚で終わる。
 日本人が介護や福祉職を敬遠するようになった。これだって実は根っ子の部分では同じ。過程を重んずるより結果が第一という価値観が強くなった。障害者への取り組みは、当に種を蒔き、水かけをしながら成長を見守る仕事、結果最優先には一番縁遠い。
 確かに働く人達への処遇の向上も必要だ。ただ、それだけではない。費用対効果という物差しで見たら我々の仕事は悲惨だ。そう言わずとも多くの人達がそのように思っている。これだけ投資して何が得られるかということだ。
 その事に対し、我々関係者が真剣に説明努力してきたかと問えば答えは”NO".
穿った見方であるが、結果第一主義の潮流にどうすれば乗れるかに血眼になっている。結果を規模拡大と誤解をし、利用する人達が片隅に置かれた。
 それを防ぐ為の様々な手段を考え出し、結果”「何の為に」”という根本の考えを見失った。
 お前はどう思うんだよ?と聞かれれば、ハッキリ答えます。
 『まんだら』である。
  
 

1562:古典より

『人間万事塞翁が馬』という事を言われた。「どうしてこうなっちゃたのか?」と身近に起こった禍を前に茫然自失、笑い声が消え、徐々に会話が減って家庭内が暗くなり険悪なムードに陥る。そんな例は世間にいくらでもある。
 人間万事塞翁が馬は、良い事も有れば悪い事もある。それは予測できないことであり、悪い事にいつまでもくよくよせず、良い事にいつまでも浮かれることが無いように心しなさいという教えとなった。
 自分を律するために使われた。
 仏教の無常観に通じる。ここでの要諦は、世間とは常に一定ではないということを諦めることで、どこでこうなったのか、禍が起こった時に、「どうせ」「何をやったって」とgive up(あきらめる)することではないのだ。悲しみや苦しみが大きければ大きいほどその対極の楽しさや喜びも大きなものとなる。
 障害福祉のベースにある考え方が実は全く同じである。障害を禍と取るか否か?殆どの家族が障害を受け入れるまでに血みどろの葛藤を経験する。何故?どうして自分に?
 ある者は救いを宗教に求める。しかし、満足の得る結果とはならず彷徨う。それが何かの切っ掛けで受容できていく。
 同じ苦しみを持っている人達との出会いや障害を持ちながら自分を生きようとする仲間たちとの触れ合いである。
 そこから新たな生き方や価値観が芽生え、力を得ていく。(リハビリ)
 そのような例を沢山知っている。それと反対にいつまでも現実に正対できず、逃避してしまう人達も多くいる。
 ご本人がどう考えるかは周囲の人達の存在が大きく影響する。夫や妻、子ども、孫と身近な人達が本人の傍に寄り添い一緒に生きていく。
 人間にとって自らの死をどう受け止め対峙するか、最大の超えなければならない壁であろう。遅かれ早かれ誰しもが経験すること。となると親が子に教える最も重要なテーマである。何かを伝え残したい。自分が生きた証を確認したい。
世話になった人々を後に残し、自ら先に旅立っていくことの無念さ。
 私は有りのままにその思いを出して良いと思う。それをどう受け止めるかは周囲の人々の問題だ。
 古典を紐解くまでもなく、現実に生きる我々は様々な状況で生きる事が要求されている。
 この生きた「支証」が唯一、我々に許された”道”だと思う。

1563;虫的気分

NHKの朝の番組で人気を博している水木しげるがお墓やお化けと遭遇するために山に入ると”立ち小便”をすると言う。これは”虫的気分”に浸る為だと聞いた。彼の出身地鳥取県境港市には水木しげる記念館があり、いま凄い人気で多くの人々が訪れているという。また、細密画家の熊田千佳慕は100歳になっても絵を描き続け、彼の作品で有名なものは「ファーブル昆虫記」である。こんなエピソードがある。ガマガエルに食べられそうになったオサムシを助けたくなってカエルの気をそらすために一匹のミツバチを描いた。それから「私は虫であり、虫は私である」と悟ったという。
 松江では有名な小泉八雲の怪談、妖怪を文化資源として活かしている。私も一度八雲の住んだ家に行った事があった。小さな家でそこで八雲が小説を書いたと知った。”松江ゴーストツアー”という企画は、八雲所縁の地を訪れるもので人気があるという。
 日本人の持つ感性に、自然に逆らわず自然と共生する生き方があった。自然の怖さを知る事で人間は謙虚になった。
 先ほどの水木しけるが若き時分に「のんのんばー」の語るお化けの話に夢中になりそれがあって後の成功へ結びつく。
 いま便利な世の中になり、お化けや妖怪の話を信じる人は少ない。それでも隠れた人気を持ち続けるのは何故だろう?
 人間が自然環境を破壊している。これはまぎれも無い事実だ。自分たちが豊かさを享受するために。人間の目の高さで見れば気づかずに踏みつぶしてしまう世界がある、それが熊田やファーブルが見つめた虫の世界だ。和顔愛語そのものが熊田が虫や植物を観察する姿に見える。
 片方では自殺や虐待という人間のエゴによる様々な出来事が止まない。
 自分の足元に目をやってみよう。自らの足で立って歩けることが如何に大切かを感じる。不自由を感じてから分かるのでは遅い。
 話は変わるが鎌田茂雄著の『観音経を読む』という本にこんな事が書かれていた。
「日本の比叡山を開いた伝教大師は自分自身のことを『愚者の中の最も愚なる者、狂人の中の最も狂なる者であり、道心なきかたちばかりの出家者だ』」(P.141)
 真言宗を開いた弘法大師と共に平安仏教を築いた両祖は自らに厳しく謙虚だった。奢りは全く無い。何故両名が唐に渡ったか?言うまでも無く日本国の為であった。
 それが現代に目を向けるとなんとも情けない状況が目に着くのだ。
 民主党の代表選挙の動き、国民不在の戯言だ。先の政権で身を引いたはずの2名が軽井沢に大勢議員を集め、なにやら決起集会。
 彼らには謙虚さを微塵も感じない。むしろ今こそ自分が必要だと言っている。醜い。出直して今、新たな体制で任された菅政権を誹謗中傷している。内輪もめもいい加減にしろ!正直私は軽井沢に集まった議員には投票したくない。
 彼らに”虫的気分”の素晴らしさが分からない。それでいて都合のいい時に”日本の為に頑張る”と気勢を上げる。
 これらの人こそ水木や八雲の描いた妖怪の世界に学ぶ人達だ。菅さんも決して合格点は貰えまい。ただ、3カ月過ぎて感じる事は、熊田が描くオサムシのようにも感じてしまう。
 先の総理と決定的に違うのは、しゃしゃり出る奥方と庶民感覚の奥様の違いは確かだ。

1564:お誘い

一粒の関さんより例の如く突然メールが入った。法人設立10年を記念した講演会をやるからどうだというお誘いだった。見て驚いた、スウエーデンのヨハンソン氏を呼び、「施設」なき福祉社会の実践の歩みを学ぶという企画、一粒はその設立から私は良く知っている。彼との出会いはオランダでのJT研究会の研修だった。私の最初の印象は実に変わった人だと言うこと、向こうはなんとナマグサな坊主かという印象、それから付き合いが始まる。
 施設を廃止し、ケアーホームにする準備をしている。10年間で事業規模を数倍に大きくした。でも本体の更生施設は定員30名は変えていない。今、多くの計画を持っている。
老体を酷使し、一途に歩んでいる。是非とも出席したいのだが、当方の事情もあってスタッフの誰かを行かせると返事した。
 昨日、新しい建物のミニチュアができ、設計士が届けてくれた。今回は最初にスタッフ全員にアンケートを実施した。その集計はせず、それを検討委員会に渡し、私は一言も云わないことに決めた。
 建物はその道のプロに頼めば作ってくれる。お金のかけようで余裕有る素晴らしい建物がドンとできあがる。
 でも、それでは駄目だ。社会保険がらみの超デラックスの建物の末路が如実に示すように血が通らないコンクリートは無用の長物となるだけ。ナケナシノ金で頭を使って建てた建物は少なくとも心が入る。そのように私は信じている。
 そこが坊さんたる所以である。入魂だ。
 幸いと言うか様々なお誘いを頂きます。なるべく出るようにしています。それから世話になった人との別れも増えました。歳なんだよな。皆さんから多くを学びました。それを大事にしたいと思う。
 昨日はやはり猛暑日だった。長年考えてきた合葬墓を石屋さんと真壁に見に行った。石の問屋さんには石仏や造作物が処狭しに並び置かれてあった。
 先日、某老人施設の理事長が来て、利用者の縁故がないお年寄りが亡くなった時の相談を受けた。私の所に無縁墓が有るのかという確認であった。正直に今は無いと答えた。しかし、本堂の納骨堂には20体近くお骨を預かっている。
このお骨をどうにかしないと不味いと考えていたが、踏ん切りがつかなかった。思い切って建てることに決めた。
 納骨堂の上に観音様をたてる。そのお顔を実際に見たいと石屋さんに頼んでおいたから案内してくれた。
 形は全く同じ観音像が置かれていた、精々7尺の立像が良いだろうということになり予約だけしてきた。
 今年の秋彼岸ぐらいまでに完成させたい。
 実は、問屋の展示場に置かれた石仏は信仰の対象では無い。開眼(入魂)という作法を行って信仰の対象となる。
 まったく施設も同じ。いかに心を入れ込むか?という肝心なことがある。
 今は福祉の業界にもコンサルタントが多く入り、補助申請や土地確保、建物設計まで一手に請け負う。こうやってドンドン事業規模を大きくしている。しかし、これには隠れた魔物が潜む。それは経営の難しさだ。人の確保からリスク対応、それに人事管理など・・・正直トップは一時たりとも心が休まることがない。だからかもしれない。私は若くして体調を崩される多くの仲間を知っている。根負けし燃え尽きる人達だ。これだって本人が納得していれば構わない。なにせ福祉という仕事は際限が無いという覚悟が必要だ。全てが志半ばで身を引くことになるものです。
 彼岸でも過ぎれば、また四国に行こうと思っている。今度は宇和島周辺を遍路するつもりだ。この信仰の根強さから多くのヒントをもらう。
 熱心にお参りする人達を横目でみていると大きく二通りに分かれる。団体組、ゾロゾロお参りする人達、正直この人達の信仰心は薄い。それよりも一人黙々と歩きながら遍路を続ける人には何かを感じる。一心に手を併せ般若心経を読む姿。
 これなんだよな。あまりにも苦労せず願いを適える習慣が身に着いた日本人が増え過ぎた、言うまでも無く四国は歴史に登場する多くの先人がいる。彼らの熱き想いを少なからず感じる旅が遍路。そう私は信じ唯一のエネルギー源である時間を楽しみにしている。
 

1565:響け鐘音

某会合が地域の交流センターであった。10数名の会合だ。殆どの方を私は知っていた。会うが早いか「いやー暑くて参りましたね!」という挨拶で始まる。確かに誰もが今年の異常気象を気にかけている。毎日のように雨が降る所があると思えば土浦のように全く雨が無い地域までその差が激しい。以前には見受けられなかった現象だ。
 今年85歳になるという地域の長老が私の脇の席に座る。「鐘の音が良いなー!夕方6時に決まって鳴る音が一番涼しさを感じるよ」とお誉めの言葉。「先生の家まで聞こえますか?」と尋ねると「ウン。良く聞こえるよ」と会議の時間が過ぎてからも話が進んだ。
 観音寺の鐘楼の鐘が鳴り始めて3年が経つ。神立地域には大体鐘の音が響きわたっていることになる。今まで有り難いことに誰ひとり文句を言ってくる方はいない。最近はワンちゃんを連れた散歩コースになった境内に立ち寄り、鐘楼を撞いて行かれる人も増えた。
良かった。本当に良かった。それから毎日六時の鐘をついてくれるMちゃんありがとう!広島や長崎の平和の鐘は有名だ。正直そこまではいかない神立の鐘、いつの日かそうなるかもしれないよ。12時に撞いてくれるのはまんだら工房のメンバーさん。彼らは無心に撞く。その姿から私は感じるのだ。彼らの声?耳を良く澄まさないと聞こえない微かな声。
 その声がする間はやるべき事がある。
 今流行の派手なパフォーマンスは似会わない。お城のような建物、最先端の設備をいれたパン工房など、尚恵学園には似会わない。でも振り返れば様々な事をやってきた。もう誰も記憶から消え失せたかもしれない”こすもずリングの会”毎年チケットを売って新聞に記事を載せ、街のホールやプラネタリーウムを貸し切り演奏会をやった。あれは若い頃だった。いまその気力はない。周囲の動きを遠メガネで眺めているのが関の山。
 僅かに続いているのは利用者さん達のベル演奏”プー”だけだ。
私は毎日山の土を崩している現場に足を運んでいる。大分土が少なくなり小高い山が何時の間に低くなった。もうダンプで500台以上土を運び出した。
 私の頭の中は、成人寮の建替えでいっぱい。イメージをふくらます。どうせ建てるなら満足できるものを・・・・至福の時である。現在の建物は30年前に建てた。敷地は小高い山だった。利用者さんと一緒に毎日雑木を切り出し、シイタケの原木にした。あれは丁度私が30歳頃、一番燃えていた時だ。あの時のメンバーはもう体力も落ち、作業ができる状況にない。
彼らが今何を望んでいるのだろう???お骨の引き取り手がない人の法人墓地も作った。『願一共生』という巨大な石碑も有志の寄贈でその法人墓地の脇にできた。
 一応のイメージする形が整いつつある。・・・・・が、現実は大違い。心底から満足はしていない。
 外観をいくら整備してもだ。日々の生活に潤いがあるか?このジレンマは余計大きくなっている。
 この暑さの関係だろう。体調を崩す方がいる。部屋を覗いてみたら。蒲団の上に座ってキョロキョロしている。アイスノンを枕元に起きパジャマ姿である。正直、彼の傍につきっきりで職員はいられない。他のメンバーへの支援があるからだ。
 この姿を見た瞬間、この仕事の重みを感じた。

1566:成田の変貌

昨日は某会合が成田であった。前日は大洗泊りで朝早く車で向かう。途中、潮来で高速にのり、約1時間で着いた。
成田市周辺は大分様変わりしている。空港近くにはホテルが建ち並ぶ、この光景は以前と変わりがないが、様々な建物ができている。通りから少し路地に入ると田んぼと山、このコントラストが国際空港というイメージと不釣り合い。
 土浦から行くにはやはり以前からのルート(408号)を通るのが一番、この道は全く変化なし。高速を使っていくには遠回りだし、下で行くとどうしても1時間半位はかかってしまう。
 今度、羽田空港が外国路線をいれるのに滑走路を増設した。少なからずその影響は出るだろう。今後10年でこの周辺がどのように変わるだろう?
 最近、海外旅行はトントご無沙汰、行きたいとは思うが計画倒れ。
成田周辺は人口も増えている。住宅も増え定住する人が多いのかもしれない。東京へのアクセスも便利になっているから千葉は相変わらず人口が増えている。
 しかし、どうだろう?年老いてから住むには聊か問題あり。いずれ田舎へのユーターン現象があるかもしれない。
 茨城はその点、自然も残っていて交通網も一応整備されている。永住するには最適の地であるかもしれない。
 千葉と茨城を隔てているのは利根川の存在、川幅が広く水量も多い。川岸の反対とは全く様相が違う。今年の異常気象で茨城千葉は雨が殆ど降らない。以前ならば利根川も渇水騒ぎになっている。しかし今年は違う。源流周辺は毎日のように雷雨で大雨がある。だから水量は減っていない。
 私の周りを見回すと庭木や花が暑さに萎れがかっている。水道からの水かけも大変だ。できれば雨水などを貯めておき、散水用に使うことを考えないと。
 昨日ちょっと私の知り合いの施設(富里)に寄った。周囲が全く変わっていた。一歩施設に入ると昔を思い出す。出入り口は立派なドアがあり、利用者が飛び出ないような工夫もされていたが、驚いたのは”緑のカーテン”、尚恵学園とは比較にならない。数倍の高さになっていて植物が何か分からないが葉も大きく元気だ。
 同じことを考えてもこれだけ違うのかと正直落胆。理事長にその事をいうと、「面倒見が違うんだよ」と言われてしまった。真似ごとが流行する昨今、本家本物はやはり日頃の努力でしか守れない。そんな事を成田で感じながら夜8時に無事寺に戻った。
 足元に目をやると、整理整頓はゼロ、唖然とする。どうしてか?よーく考えると私自信も整理ができない。
急遽、不要なものの片づけを始めた。
 世の中がやりっぱなしが大流行、本人は形振り構わず得意になっています。1年で3人総理が変わる事にどのような理屈をつけても誰も納得できない。そんな事の為に国民が貴方達を選んだ訳ではないんだ。それが分からない人達にはお引き取り頂きたい。
言葉無し。(29日・朝)

1567:ビニールハウス栽培

『20世紀は人間を幸福にしたか』柳田邦男対話集」講談社という本を本棚から取りだし再度読み始める。河合隼雄との対談に目がとまった。
「・・・いまの子どもたちは、かわいそうにビニールハウスに育てられ、都合のいいときに刈り取られてしまう植物のような存在になっていないだろうか」と日本の教育の問題点を指摘。
 20世紀を効率主義、多量生産主義、科学主義・技術主義ととらえ、それが人間を育てる環境をどうつくってきたのかに言及する。まさにそれは促成のビニールハウス栽培だと断ずる。
その対談がなされてから10数年が経ち、21世紀に突入、この状況から脱しきれず、更に混沌とした先行き不透明の中で子どもたちは放課後の塾通いに時間をさく。親の経済力の格差が諸に影響、小中学校時代に先が見えてしまう。
果たしてこれが本当の意味での日本が目指したものなのか?グローバル化した社会で他国との比較に翻弄され、新興国と言われ超スピードで発展する国に追い越されることのみに関心が向く。
 だから個の尊重などといった本来の教育の目指す方向はどこかに隠れてしまった。政治家は政治家で民主主義を曲解し、数がモノを言うとばかりに、ルール無き抗争を飽きもせず繰り返している。ある方が言っていた。あくまで国レベルの話だが政治のゴタゴタが官僚の力をより強くしていると。政治主導とは名ばかりで自らの保身だけが今の政治家の関心事だ。斯様な状況で救われる事が何かないのか?
 残念ながら今の私には見つからない。世を儚み、遁世者とはなりたくはない。必死にもがいているのである。
何もそこまで考えなくともいいじゃないかという話もある。
 足元に目をやれば、ガッカリすることが多過ぎる。
 福祉と実しやかに言ってみたものの、指導員室の余りにも雑然とした状況を見て立ち竦む。どこに何の書類があるのか分からない。
 早速、『大掃除 大作戦』という張り紙を作り、法人全体で9月をその集中月間とする。これだって福祉の現場の偽らざる実態だ。制度の変更に翻弄されつづけ、手続きが面倒で余計な仕事が増え過ぎた。本来、福祉の現場は利用者との関わりが最重要なのに、デスクワークや調整業務が大半となっている。
 国は法改正の検討を重ねている。しかし、この種の審議会は委員そのものの発言は微々たるもので既に出来上がったものに箔づけするもの、現場の実態は入る余地などない。
 所詮、ビニールハウスで人工的に作られた作物だ。味や形が一定で本来のコクがない。
逆転の発想で国が示すことと反対の事をやれば逆に人間性を再発見できるのでは?そんな不遜な考えもある。
 尚恵学園55年の歴史は、当に収納しきれない書類の山、いつそれを利用するのか全く分からない状態でただ保存されている。
 日本全体が何が大切で何を引き継いでいけばよいのかが分からなくなった。目先の損得に振り回され過ぎる。
 これが豊かさを得た代償であるならば、余りにも多くの浪費と遠回りをしたものである。

1568:スウエーデン比較

円高・株安が景気回復に足枷になっているという。日本が今大きな転換期に差し掛かっている。アメリカや中国依存の外需中心の有り方に警鐘、素人にとっても時間差で開く東京証券市場はアメリカ市場の結果次第で上下することが一目瞭然。為替レートの変動によって企業の収益は一瞬の中に変わってしまうから恐ろしい。長期のデフレから抜け出すことも難しく日銀と政府の協調介入があったとはいうものの日本だけの対策が果たして実をあげることになるのか?
 スウエーデンの国の有り方が福祉分野では常に理想の国家として見られてきた。実は12日に埼玉でスウエーデンの著名な活動家(ヨハンセン氏)の講演があり、声がかかったが他用があって参加できない。
 スウエーデンは何故強いのか?今更言うまでも無い。社会保障制度が行き渡っていて我々日本人にとっては高根の花である。何故今の制度が出来上がったのだろう?様々な書籍で紹介されている。
 国土は日本の1.2倍、人口は935万人日本の東北地方とほぼ同じだ。人口密度は日本の17分の1。
 この違いは今に始まったことではなく戦後大きく変化した。スウエーデンは先の大戦には参加しなかった。その時代に経済発展をしている。当然労働人口が少ない国だから女性も働き手に成らざるを得ない。この時期から伝統の家族の有り方が変わったという。男女の平等や女性・子供への保障の需要が高まった。
 現代に目を向けるとH&Mやイケアという世界的な巨大民間企業がある。勿論国営企業では無い。企業でのリストラも認める。ボルボの経営破綻時の対応が当にそうだった。
 日本と決定的に違う点は何か?
国民の政治への信頼度だ。日本のように頻繁にトップが変わることは先ず無い。少なくとも政権期間は続け、寧ろ10年という長期にトップの座に有り続ける。投票率も常に80%を超えている。
 比較をいくらしても実際に意味は無い。日本の進む方向は日本人自らが考えるべきだ。
 現政権に言いたい事。貴方達が立党した初心に帰るべきだ。代表選で大騒ぎしている時ではないだろう。依然として不透明な闇の中で決められることが多過ぎる。これは先の自民党時代より酷い。そのほころびを隠すのに必死だ、
 責任を取り、第一線を退いた人が返り咲く、それに何らの疑問を感じないし諌めない。自ら公言した事をよもや忘れたのではあるまいが、次期の選挙には出ないと言った方が調整役に出て良い気になっている。やめてくれよ!
 果たしてこれで国民の信頼が得られると思っているのでしょうかね。このギャップは修正不可能だ。
 そうそう、スウエーデンの国会議員さんと根本的に違う点、あちらの議員さんはご自分の仕事を他に持っています。その収入で自分の生活はまかない、議員報酬などは日本の議員と比較にならない(少ない)、このボランテア精神があって国民の為というのであれば理解できるのだが、自らが政治家をやっていて資産を増やし、それで国民の為に命をかけると言われても心底信じることはできませんね。
 この政治家のレベルの違いが一番違うと私は考える。
 この国の方向を強烈なリーダーシップで引っ張っていくことが貴方にはできますか?
魑魅魍魎・・疑心暗鬼・・保身・・・この政治メカニズムは、世界が相手にしてくれるレベルではありませんよ。
わたしゃー言いたくは無いですよ。本当はね。
 

1569:猛暑の置き土産

日本全土を襲った猛暑、9月に入っても暫くは続くとのこと、一体どうなってしまったのか?私の住む周辺は8月全く雨が降らなかった。気温は毎日35度近くまで上がり、草木はぐったりして必死に耐えている。先日ホームセンターに行き、水道に繋ぐスプリンクラーを買おうと思ったら盆前に全て売れ切れだと聞いた。
 水巻などしても効き目はどうかと思うが見ていられず朝晩水かけをしてきた。後、何日続くのだろうか?
 このクソ暑いのに永田町界隈は俄かにヒートアップ、民主党内部の抗争が始まった。政治を叩くのに事欠かないメデアは一斉に紙面を増やしている。
 都会は太陽に照らされ地表温度はウナギ登り、その跳ね返しがきつく道を歩くと耐えられない。最高気温を記録する地域は都会の周辺に多い、これは午後都会で熱せられた空気が流れてきてなると聞いた。一方ではゲリラ雨、誰しもが今までに経験がないというドシャブリ、当然各地に被害をもたらしている。
 何かホッとするような清涼感のある話題がないのか?プロ野球も大量得点で勝負が決まる試合が今年は特に目立つ。何か選手がプッツンしやすくなったのだろうか。大荒れ模様は相撲界のみばかりでなくあらゆるスポーツ界に伝播した。
 スポーツに燃えることは良い事だがルールを無視した勝負はいただけない。
 このまま行くと取り返しのつかない結果になると言う。私はこれもまた日本人の奢りからきたものだと断言する。
政治不信は今に始まった事では無い。有権者自身も甘い汁を飲めないかと画策し、我が田への水引に躍起になってきた。いまそう簡単にいかなくなった。それは複雑になった事務手続き、1か所だけで許可がおりない仕組みになっているからだ。
何か許可申請を出すとなると時間と膨大な提出資料を必要とする。自分で申請するには無理があり、代行申請が常識になった。
 最近、特に思い悩む点は家族の役割とか地域の連携という事、障害を持つ人達の支援がいつの間にか圧倒的に大きな老人介護問題に押し切られ、そこで作られた介護をカネで買うルールに統一されようとしている。
 この点だけをみても国体が見えない。限度を弁えない競争原理主義、外見での評価と実態の乖離は相当進んでいる。以前として離職率が高い業種に福祉現場があると言われる理由が夢を描けない現実がある。
 人間は現状に満足できないと自暴自棄になったりそこから逃げ出そうとするものだ。しっかりと腰を据えて取り組もうという気持ちが薄れる。
 昔ならば誰もがやりたがらない仕事に燃える人間がいた。自らは清貧に徹し、事業経営を先頭にたって成し遂げる事業家がいた。いま、豊かさを経験した日本人の価値観が明らかに変わった。物が溢れている現実に何も感ぜず、より一層の利便性を求める。人間は楽をして得ることはない。生来の体の機能は使わないと退化する。汗して得た満足感には価値があるが楽して得た豊かさにはそれが無い。
 それは個人の価値観の問題さとクールに言うものが増え、いざ自分自身の事となると何がどうなっているのか分からない。このことが社会に対する不平不満となり、権利のみを主張する人間が増えた。
 本日、菅さんと小沢さんが代表選出馬を表明するという。果たしてどれだけの国民が指示していることなのか?国のトップにならんとする人を選ぶのに、国民が直接かかわる事ができない。この選挙制度そのものを変えないとなるまい。しかし、既得権を死守する議員ばかりで自らの議席を失いたい人間は皆無、いま、私がエールを送りたいのは名古屋市長、彼がもともと民主党にいた人間だと言う事を忘れてしまった。
 ○○チルドレンとかいう人達が周囲を固め、選挙突入だと気勢を上げている。この情景は仏教で言う末法の世そのものである。あんたら何の為にバッジをつけているんじゃい。ダンマリとヨイショの集団は異様にしか見えない。
 

1570:静けさ

フクロウ
「智恵の神様」
    ・・奥日光より・・
連日の暑さに誰しもが言葉を失う。この異常な気象は113年の気象台記録の中でも新記録となった。その中でも土浦周辺は全く雨が降っていない。雨雲が避けていってしまう。これも実に困ったもので、私は水道ホースをあちこちに繋いで夕方の水かけが日課となった。カチカチに乾燥した地面には多少の水では沁み込まない。表面だけを濡らす程度の水かけだ。それでもやらないより良いだろうという思いで続けている。
 例年ならば9月に入り、夏に消耗した体力を取り戻す時期なのだが、余計暑さが厳しくなっていると感じている。確かに木陰では風が気持ち良く感じる日もあるが、日差しに当たると紫外線が強いのだろうヒリヒリする暑さだ。
 月日が経つのが早い。立ち止まる間もなく過ぎ去っていく。
 奥日光からの便りが届いた。光徳小屋周辺は確実に秋が訪れていることを数枚のスナップから見て取れる。自然の営みは都会にいては感じづらい。幸いにも日光周辺は雨が良く降っている。その為だろう。小屋周辺や金精峠あたりの木々は緑豊かで元気に見える。森は保水力が大きい。雨水を一瞬に流してしまう平野部に比べれば自然の恵みを大切に保ち豊かな森を保つ術を心得ている。
 今の日本の政治には保水力が無い。ゲリラ雨と同じく派手に大騒ぎしたかと思うと裏工作で見えない動きが加速する。
保水力は人間力、人徳と言っても良い。それが近年の議員をみていると薄っぺらにみえてしまう。烏合の衆とでも言えば良いのだろう。一人一人は何を考えているのか分からない。強権を見せびらかす頭領に纏わりつく姿は、見苦しい。
 議員が正直多過ぎる。半分で充分だ。今回の代表選しかり、14日までは長過ぎないのかい。連日連夜、取り込み工作が続けられる。そうじゃーねーだろう。いまそんな事をやっている暇はねーはずだ。これが国民不在だということを何故分からない?
 いい加減、呆れてしまって言葉が出ない。挙党体制とか言葉では立派なことを言うがやっている事は正反対、仮に1年で3人も国のトップが変わったならば株安どころの話じゃーありませんよ。信用がた落ちだ。
 野党議員は何をやっているのか知らないが、もしや高みの見物ではあるまいな。これが実態だ。
 施設の裏手にある山の土取りも小休止、これは県道拡幅工事が近いうちにあるからということで前倒しで始まったこと。それが遅々として進まない。担当者からハッキリした確約を取る事は無理としてもいつ頃始まるかも知らされない。
 2週間以上大型ユンボで山を崩し、土を運んだ。今の日本ではやたら土を移動する事はできない。様々な規制があって、申請手続きが複雑、土質検査や境界確認、費用ばかりがかかって負担がすごい。周辺が農地だから農業委員会への申請も必要だ。面倒なこと。しかし、これをやらないと偉い事になる。
 施設現場は日々の利用者への支援が最重要、健康と安全の確保、それと誰かが将来を見込んだ準備をしないとならない。役割分担ができているかと言えば現実には難しい。そこまで頭が廻らない。余裕が無い。
 せめて、静かな気持ちで考える時間を持ちたい。情報を遮断し、山に籠る。アーシュラマ(四住期)の林棲期ならずともできれば斯様な時間を持ちたい。